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地域ミュージアム・トークセッション[5]

「コロナ禍の中の地域ミュージアム:北斎・熊野筆・世界遺産-ローカル・ミュージアムの現場から-」

はじめに

「地域文化は知恵の源-Fountains of Wisdom-」
北斎・熊野筆・世界遺産のまちのミュージアム経営者が語る、今とこれからのトークセッション。
これからの地域のために、そのまちのミュージアムが、どんな知恵を絞り、チャレンジしていくか、その展望のお話です。

ゲスト
市村 次夫 氏(一般財団法人北斎館 理事長)
石井 節夫 氏(一般財団法人筆の里振興事業団 理事長)
仲野 義文 氏(NPO法人石見銀山資料館 理事長)
ナビゲーター
藤原 洋 (全国地域ミュージアム活性化協議会 事務局長理事)

地域ミュージアムの閉館

藤原: そういった形で、皆さん、次なる戦略を立てておられるわけですが、市町村合併を経てコロナの中にあって、自治体も非常に財政のひっ迫した状態にあるところが少なくないと思います。公設民営だったり、指定管理だったり、助成金を出している施設がなかなかスムースにいかなくなるということが起きてくると思うんです。そうしたときに、博物館経営、博物館運営を、どうマネジメントしていくかということも重要な課題になってくるんじゃないかと思います。施設を維持していくことの振興策もあると思うんです。私もオープンエアーミュージアム、あるエリアの中に様々な施設を配置してそれがリンクしていくような形を考えていたんですが、その全体を維持・発展させていくのは非常に難しい面があります。特に、今、私はそこから離れており、外部から見ています。ある日突然、その中の「鉄の未来科学館」を取り壊すという話が出てきたんですね。

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私たちは、ストーリーの中で位置づけたし、広域連合の中で鉄の道文化圏として、6市町村で、一つ一つ特徴のあるものでリンクしていこうという話でできたものでした。当時、吉田村の場合は、たたら製鉄の博物館はすでにあるので、次に未来を考えていくものとして鉄の未来科学館を位置付けたんです。しかし、近年、入館者が少ない、収益が上がらないということで、ある日突然、解体しますという報道が出たんです。我々、非常に驚いたんですけども、そういうことが起きてこざるを得ない状況というのも、いろんな所で出ると思うんです。今日のようにしっかりした経営者がいらっしゃる所がある一方で、かつかつとした施設もあると思うんです。そういう中で、そんなにうまく回っていかないときに、ミュージアム運営、経営をどう考えていったらいいか、市村さん、どうお考えでしょう?

ワーケーション先でのオフィスとして

市村: ずっと話しているミュージアムショップのことについても、経営ということを考えての話で一貫しているんです。基本的には、より、「Look at Me」じゃないですけど、地方ミュージアムの場合は、そのミュージアムも、その地域も、皆さん、見てください、注目してくださいということが基本なんだろうと思うんですね。例えば北斎館の場合、設立の時以外、公の資金は入っておらず独立採算ですから、非常に自由です。そうすると、いち早くレンタルオフィスとしての活用もできます。ワーケーション、バケーションだけじゃなくて旅先でちょっと仕事をする。つまり、地方で仕事をするレンタルオフィスやシェアオフィスの場所をどこに作るんだということなんです。これはまだプレスリリースしていないんですが、来年2月から、北斎館の2階の資料閲覧室をシェアオフィスにしようと考えています。入館料プラスアルファを払ってもらって、家族で温泉に来た時に、ちょっと、お父さんやお母さんが仕事をするために、2~3時間利用してもらおうということを考えています。本来は、行政や商工会議所などがやることでしょうけど、北斎館は独立採算で自由なので、いち早くそういう動きがとれるのです。北斎館がやるぐらいですから、全国のミュージアムの一角というのは、場所としてレンタルオフィスに向いていると思うし、これは必要な施設になると思うんです。そうすると、地域の中での役割として、形骸化した組織ではなく、ミュージアムが踏み出す、そういう役割なのではないかなと思います。小布施でまず最初にレンタルオフィスをつくるのは北斎館ですので、そういう気はしています。もう一ついいのは、借りた利用者が、通常のレンタルオフィスで仕事をしているのとは違って、「実は俺、こういうところで仕事してるんだよ!」と、北斎館内で撮った写真や動画を映すと、「お前、なかなかいい所で仕事やるな」ということになって、北斎館そのものの注目度が上がっていけばいいな、と思っているわけです。とにかく注目を集めていくのに、コストをかけずにできる方法はいろいろありますが、レンタルオフィスは最たるものかもしれないな、と思います。

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藤原: ミュージアムという機能を主体でやってきたんですが、補完する機能としての活用があるということですね。

市村: そうなんです。似たような施設で図書館があるんですが、図書館は静寂を求めるものですから。それに比べると、美術館や博物館は展示以外の部屋では、弾力的に使えるのではないかなという期待はありますね。

地域づくりにおける評価指標

藤原: ありがとうございます。石井さん、お願いします。

石井: 鉄の未来科学館を取り壊すという騒ぎを見て改めて思ったんですが、ミュージアムは地域づくりに不可欠だということを、地域住民の方に理解してもらわないといけない。うちは公設民営ですから、どうしても役所の財政支出に頼るわけで、市村さんや仲野さんのように入館料だけで運営しているのは素晴らしいですが、残念ながら、うちの場合は入館料収入から経費を引くと、赤字になるわけです。公共施設の運営コストではありますが、入館者数や売上高といった定量化・数値化できる成果だけでなく、定性的な地域貢献を指標化して、「何でこんなに赤字なんだ」と言われたときに、ちゃんと説明できるようにしています。
定性的な地域貢献には何があるかというと、独自に考えてやっていることですが、例えば広報、人脈づくり、鑑賞教育の効果、住民参加、行政効果、そういったミュージアムを運営する上で入館料や入館者数には反映されないものです。広報効果では、展覧会一本やると、テレビ、雑誌、新聞に露出しますが、これをもし、広告やコマーシャルに換算したらどうなるか。新聞社に広告が出た場合の紙面のサイズと、展覧会に出た記事のサイズと比較して、効果を(無理やりですけども)指標化しています。また、人脈作りについては、ミュージアムとか展覧会などを運営しているとさまざまな方と巡り合うことができる。こういったことを、もし、企画会社に同様のアドバイスを依頼するとしたら、いくらぐらいかかるとか。人的な無形の資産も評価の対象です。鑑賞教育にしても、学校運営費の一時間・一人当たりの単価を出して、40人来館して1時間やると、これに対していくらぐらいの効果があったと。また、行政が共催に入ってくれることで、本来なら行政がするべき事業を肩代わりしてやっていますよ、とか。あるいは住民参加については、賛助会員(最盛期は1,000人ぐらい、今は700~800人)の方々が講演会などの事業に参加された時、これがもし、他の場所で講演会を聞くとしたら3,000円払わないといけないけども、うちで同程度のものが1,000円でできました、その差額については、地域貢献ですよね、というものです。
入館料とか入館者とか、売上といった数字だけではない、ミュージアムの効果というのを強く地域の方々や行政や議会へ説明できる体制を整えていかないと、これから、財政的にひっ迫したときに、「お前のところ、何やってるんだ」と言われかねないので、その準備も兼ねて、定性的な地域貢献ということも明確に指標化して整理することに、今、取り組んでいます。

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地域ミュージアムは観光施設?

藤原: 先ほど私がお話ししたのは、島根県雲南市の例ですが、公設民営の場合、ここに、気を付けなければいけないことが共通してあります。博物館事業としてではなく、観光施設として見る場合が非常に多いわけです。そうすると、入館者数や入場料収入、販売額のみで評価される。それが定量性という形での評価です。石井さんが言われたように、定性性が評価されたんでしょうか、と詰めたんですが、その視点がないんです。今、石井さんが、そこが説明できるようにしなければいけないということが非常に重要で、今は、取り壊しではなく、皆さんと一緒になって保存して考えるということまで持っていきました。定性性をきちんと説明できないものは、取り壊しが決められてしまうとことを考えると、やはり、きちんとした理論武装が必要です。合併の際に、いろんな施設を整理するリストがあるんですが、どんどん削減するリストに優先的に入ってくるんです。そういうことを考えると、博物館活動をしっかりするということ、定性性を認知されるようにしておくことが、文化財を守り、維持していくために非常に大事なことだと思いました。では、仲野さん、お願いします。

ミュージアムが福祉活動を支援

仲野: 私は、雇われた側から理事長という経営者になって、毎日、下を向いて、お金落ちてないかなと歩いたりします。実は、市村さんがお考えになられたようなことを考えていまして、施設の資料館の一部をIT企業の方のレンタルオフィスにすると、それによって、我々が苦手な部分がコラボでできるんじゃないかと、そんな思惑もあって考えたりしています。要は、今までの博物館の考え方から、脱却して、それぞれが思ってもみないようなことをやっていくことが重要じゃないかなと思っています。実は、福祉の活動を支援している団体が島根県内で一団体選ばれるんですが、それに石見銀山資料館が選ばれたんです。普通、博物館と福祉ってつながらないと思うんですが、歴史的なものを福祉の中で生かすこともできるんじゃないかと思い、視覚障がい者の方とワークショップを行ったりしています。地域にあるいろんな課題を、博物館が積極的に関わったり、課題解決に向かっていく取り組みを、もっと積極的にやっていったらいいいと思うんです。今まで博物館は、来てもらうのが当たり前でしたが、これからは、我々がもっと外に出て、外の人と交流したり関係をつくっていくことが自分のところにかえってくるんじゃないかと思います。社会に積極的に働きかけるような活動もやっていかないといけないと、特にクラウドファンディングをやって、つくづく思いました。残してほしいと思ってもらえる施設にどうやってなっていくかが、指定管理の施設もそうですし、我々のような民間の施設もそうなんですが、そのことが博物館を守っていく最も重要な視点だと考えています。

子どもたちへのレクチャー風景

まちの人をつなぎ、ともに活動する

藤原: ありがとうございます。地域への社会貢献、身近な人たちとの連携というお話が出ました。文化や芸樹や暮らしやものづくりを市民協働で考えることで、新しい文化を創出できないだろうか、と思っていました。そうすることで、ミュージアムが社会発展のための装置になれないかと思います。そこで、ミュージアムとコミュニティ、ミュージアムと地域協働という視点で、お話をしていただきたいと思います。仲野さんからお願いしたいんですが、石見銀山の大森の町に、さまざまな傑出した人がおられて、そうした人たちが個々に活動しているように思っていましたが、最近、お話を伺う中で、みんな連携してやってコラボレーションする事業が生まれてきたと、まさしく、ミュージアムコミュニティ、地域協働への準備ができたのではないかなと思います。そのあたりから、お願いします。

仲野: 全国的に有名な企業が石見銀山にはありまして、一つは、中村ブレイスさんという義肢装具の会社です。その会社の中村俊郎会長がずっと空き家を買って修理し、社員住宅、オペラハウス、飲食店をつくったり、ドイツのパン職人の方をこちらに招いて来られたり(すごく流行ってるパン屋さんです)、まさに大森のまちづくりを推進された方がいらっしゃるんです。もう一つは、群言堂さんという生活雑貨やアパレルで、全国に30店舗ぐらいお店をもってらっしゃる松場大吉さん、登美さんという方がいらっしゃいます。その方は大森の暮らしを発信しながらまちづくりに取り組んでいらしたわけです。そういう方々が今までずっと取組んでこられて、皆さん、少しずつ年を取られて、世代交代の時期に差し掛かっています。それぞれが独自にいろんな活動をやってきたんですが、一方で同じ方向に向かって一緒に町をどうしていこうかと、地元の飲食店の人や私たちを含めて、月に1回勉強会を開いて、これからの大森の観光や交通、福祉、まち全体のことについて議論を始めたところなんです。ミュージアムに立ち返っていくと、施設があるというのは大きいと思います。会議する施設があるというのは重要で、うちも会議室として使ってもらえますし、地域を考えるための情報も博物館にあり、その専門家もいるので、博物館は地域のことを考える、まちづくりの拠点になりうる場所ではないかなと思っています。私も、二十数年ここに居ますから、町の人たちもよく知っているので、町の人とどう交流していくかというのも重要な視点で、職員も町の人と交流しながら、町のいろんな課題も共有したり、その解決に向けて、町民の一人として考えていく形になれば、非常に嬉しいなと思います。

大森の町並み

藤原: 僕らが大森を思う時に、中村さんという人がいらして、片方で群言堂さんがあって、両雄が別々にあるように見えていました。ところが、ミュージアムを中心にして、そこに役員で入っていただいたり、協力していただいたり、連結する役割を果たされた。そこに、ミュージアムという母体をもって進んでいく姿を、これからものすごく楽しみにしています。これから、密接な関係になって、ミュージアムコミュニティそのものの手本になっていただけるとありがたいと思っています。

仲野: そういった方々に理事として加わっていただいて、うちとしては幸いというか、良かったなと思います。

藤原: 新しい出発ができそうですね。では、石井さん、お願いします。

まちのブランドを、多面的な分野から高める

石井: まちづくりにおける地域ミュージアムの役割ですが、一番大事な点は、地域づくりの拠点であると常日頃、考えています。地域の特徴を生かしたまちづくりのために地域ミュージアムはある。地域ブランドは(いろんな考え方があると思いますが)その町が何で生きていくのかというアイデンティティと、それを伝えるためのイメージだと考えています。日本一の筆の産地でありながら、「何故筆なんですか?」という質問を住民から受けたりして、アイデンティティのコンセンサスづくりは、なかなか難しいと思います。ミュージアムには、地域の歴史、文化、さらには価値観、美意識(言い過ぎかもしれませんが)、そういったものが蓄積されていると思います。それらは地域社会にとって特徴的で、こうした有益な地域資源、有形無形の資産を地域づくりに活用するのが地域ミュージアムの役割だと思います。中途半端ではなく、地域資源が世界に通用するようにブラッシュアップする作業が必要だと思います。こうした活動が、地方ではなく、地域であり続けるための重要な点だろうと思います。この地域資源を世界に通用するためにブラッシュアップするためには、日本各地のさまざまな研究者の方、実践をされている方とのネットワークづくりが不可欠だし、地域ミュージアムはその舞台になりうる。職員だけでなくて、いろんな方々の協力が得られる体制づくりもミュージアムの役割だろうと思っています。
筆は、時空を超えて過去の人類のメッセージを今の時代に伝えてきたコミュニケーションツールであると思います。ITが進化しAI社会になっても筆の役割は変わらないと考えていて、5Gの時代になろうが、やはりアナログ文化は必要で、逆に手書きの優位性を筆の里から発信したいと思います。
繰り返しになりますが、地域ミュージアムの役割は、地域特性を活かした地域ブランドづくりのために貢献していくこと。二つ目は、先ほどの仲野さんのお話にもありましたけど、地域ブランドをミュージアムだけでなく、福祉とか観光とか産業とか地域の課題の中に多面的に政策に活用することを提言していく、あるいはパイロット事業に取り込んでいく、そうすれば文化施設にとどまらずに、身近なシンクタンクとしての役割も果たせる可能性もあります。
このことを実現するには、事業継承が大切です。そのためには、やはり人づくり、人材育成、後継者育成ができる持続可能なミュージアムマネジメントが重要な視点だと思っています。

③伝統工芸士による書筆(熊野町には、1,500人の筆づくり職人がいる)

藤原: ありがとうございます。最後に市村さん、お願いします。

まちのブランドを維持する監視役

市村: 先ほど、仲野さんのお話にありました、中村ブレイスさん、群言堂さん、実は、仲野さんより古く三十数年前から石見銀山には行っていたんですよね。二つの有力な企業があって、そしてすてきな町並みがどう変わっていくんだろうな、とずっと三十数年間見せていただいてきました。お話の中で、そろそろ代替わりだということで、そうか、小布施もそろそろ代替わりなんだなとしみじみ考えさせられました。そういう意味で言うと、小布施は栗菓子屋が引っ張ってきた部分があります。ただ、石見銀山ほど、地域を何とかしようということではなくて、栗菓子屋がそれぞれ商品を何とか売っていこうというので一生懸命にやってきました。そういう中に、あるグレード感が必要だろうということで、町並み修景事業などをやってきました。そろそろ代替わりの時期になって、どうするかというと、やはり北斎館のような自立性の高い美術館が、一つの合議制の推進母体、ブランドを維持するための、あらゆる面でのクオリティを下げないようにしていく監視役のような役割があるのかもしれないなと思っています。約10人ほどの理事なんですが、徐々に若手を入れて、北斎館を通じて、小布施のブランド維持ってどういうものなんだと毎月1回以上、理事会を開いています。決して、運営上、毎月開かなきゃいけない必要はないんですけども、外の動きはこうなんだけれども、小布施はどう対応していくのかという観点から、理事会をやっているのは、もしかしたら、本能的に私も代替わりということを考えてやっているのかな、と。そういう意味で言うと、小布施もこれから、いよいよ北斎館というミュージアムの役割は大きくなっていくなと、そんな気がします。

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藤原: ありがとうございました。地域力を育んでいくためのプラットフォーム的な役割をミュージアムを中心とした文化施設が持っているのではないかということと、3館とも、やはり世界と対話するというところが、将来に向かって大きなはばたきになると思いますし、それだけの魅力を持っていらっしゃいます。ぜひ、日本の地域文化を普及する役割を、3館の皆さんに、果たしていただきたいと思います。そして、ミュージアム活性化協議会の皆さんも、先進的な皆さんを参考にしながら、頑張って運営をしていただきたいと思っています。今日は、三人の方にディスカッションいただいたわけですけども、私もこのような立場で聞かせていただいて、意義のある話し合いだったと思っております。コロナの心配事はまだまだ尽きませんけれども、みなさんも気を付けながら、今のような希望をもって、ミュージアム活性化協議会の皆さんと連携していきたいと思います。こういったメンバーと一緒になって、議論できればいいと思っています。本日は、どうもありがとうございました。

(このトークセッションは、2020年11月25日にオンラインにて開催されました。)

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