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2021/07/14 長岡技大停電まとめ

 7月14日水曜日。学部4年生で、特に忙しくもない日々を送っている私は、趣味で取っている授業を終え、アニメを見ていた。外から雷の音が聞こえる。昨日は大雨だったが、今日の天気はそんなに悪くなかったはずだ。実際、外の様子も落ち着いている。不思議な気分だった。

 私は雷が苦手だ。雷の大きな音が聞こえると、声を上げてしまう。もっとも怯えているのは、稲光が見えてから、雷鳴が鳴り響くまでの時間だ。実際に落雷しているのは光が見えたときなのだから、この時間を怖がることなんて無意味だというのはわかっているのだが、あの恐ろしい大きな音がいつ聞こえてくるのかと思うとびくびく震えてしまう。

 突如、部屋の電気が消えた。停電である。久々に体験した。大阪の住宅にいたとき、前にもこんなことがあった。その時はデスクトップPCを使ってプログラミングをしていたのでデータが飛んだのだが、数分で復旧したのを覚えている。今回もそんなものだろう。私は停電自体に焦ることはなく、Twitterで「停電!w」とつぶやきながら、アニメの視聴を続けた。バッテリーつきのノートPCなので、残り数分のアニメを視聴し終わる程度は余裕なのだ。

 それにしても、大して悪い天気でもないのに落雷で停電とは変わったこともあるものだな。電気が落ちて少し暗くなった部屋の布団に寝転がり、WEB上で見られる雨雲レーダーを開くと、技大の少し南、来迎寺駅のあたりに赤い塊が見えた。なるほど原因はこいつか。いわゆるゲリラ豪雨というやつだ。ここで悪い予感がした。雨雲レーダーの時系列を未来に動かしてみる。そう、この赤い塊がこっちに「来る」のである。ただでさえ雷に怯え、文字に起こせない声を挙げているのに。

 数分後、部屋の中にいても大きな音として認識できる土砂降りの雨が降り出した。雷が鳴っているのだから雨が降っているほうがむしろ普通だ。妙な安心感を覚えたが、問題は停電である。前ほど早く復旧しないな。さらに少し後、強い風が吹き出した。窓がガタガタと音を立てる。窓の外を眺めると、木々が揺れている。私はベッドの上を転がり、この状態から早く抜け出せることを願いつつツイートを続けた。とにかく雷は怖いのだ。

 しばらくすると、天候は回復に向かっていった。ゲリラ豪雨などこんなものである。だが、停電は治る気配がない。時刻は17時を過ぎており、大学の職員が退勤しているために対応ができないのではないか。そんな噂が流れている。まさかそんなはずはないと思いたかったが、私はこの大学の職員の仕事を全く信用していないので、ないとも言い切れなかった。もし明日の朝まで復旧しなければどうしよう。自分はネカフェに行くことは可能だが、冷蔵庫の食品は……。いろいろ面倒なことを考える。

 大雨の音が収まったあたりで、トイレに行きたかった私は部屋の外に出てみた。薄い雲に覆われているが、太陽の光が差し込んでいる。寮の通路は非常灯が点灯しており、非日常感を演出していた。共用棟に向かってみると、変電設備から警報音のようなものが鳴り続けている。エネルギーセンターの連絡先があったので電話を試みてみるが、繋がらない。なるほど停電しているのだから電話もつながらなくて当然だ。トイレの水が正常に流れることを確認してからトイレを使う。

 雷の音が静かになると、怯えの感情がなくなった私は妙な興奮を覚え始めた。天気はせいぜい小雨といったところ、ただ電気だけがない。今はまさしく非日常である。そう、不謹慎オタクの血が騒ぐのだ。私は幼少のころから大きな災害があるたび、テレビに張り付いて災害の情報を逐一確認するような人間だった。今でもTwitterで同じことをしている。精神的に辛い部分も確かにあるのだが、心のどこかで非日常感を楽しんでいるのである。一度は人生が変わるレベルの災害を経験してみたい、などと思ったこともある。停電時の学内の様子がどうなっているのか、探索してみることにした。

 TwitterのTLは技大生でにぎわっている。これをいいことに、見つけた技大生の面白そうなアカウントを適当にフォローしていく。学内を歩いているとふと放送が聞こえる。放送に使っているのは非常電源だろうか。福利棟で弁当を臨時で販売しているという案内だった。そろそろ空腹が気になる時間であり、炊飯器も使えないとなると確かに飯のことは考えないといけないのだが、それ以上に停電の復旧見込みの情報が欲しかったのが本音だ。

 福利棟に行ってみると、停電しているのにもかかわらずロウソクを明かりにして食堂が営業しており、放送通り臨時の弁当販売も行われていた。売店ではアイスの冷凍庫の前に人が集っていた。確かに停電が続けばアイスはダメになるから割引販売でもされていないかと思って集まったようだが、そういったことはなく普通に販売していた。それでもアイスを買い求めている学生や教職員は実際多かった。彼らも非日常を楽しんでいたのではないだろうか。私もそこに加わりたかったのだが、うっかり財布を忘れてしまっていたので、いったん寮に戻ることにした。

 寮に戻って財布を回収してもう一度売店に向かうと、アイスの前の人混みはなくなっており、普通に買い物をしている人影がまばらにあるのみだった。アイスの冷凍庫に目を向けると、どうも正常に稼働しているようだ。外に発電機を繋いでいたのである。なるほど、準備がいい。こうなれば大して暑くもないのにアイスを買う理由もなく、外に出てなんとなく研究室に行ってみる。扉の電子ロックが開かないことを危惧していたが、普通に開けることができた。中では作業がストップしてしまった修士の先輩がアニメ鑑賞会を開いていた。ずっとここにいたようで、雨が収まっていることも売店が営業していることも知らなかったようだった。

 時刻は18時を過ぎ、夕日が美しく輝いている。黄昏という言葉が似合う空だ。大学の建物の明かりは全く点いておらず、不思議な雰囲気だ。このまま停電が復旧しないとなれば、どこか別の場所に泊まることを考えなくてはいけない。尤も簡単な方法は、バスに乗ってネットカフェに向かうことだ。最終バスの時間は19:40。落とすと面倒なことになるかもしれない。いや、天気が快方に向かっているから自転車での移動も選択肢か。明日も降水確率は低い予報だ。どうせ外泊するなら、いっそのこと電車に飛び乗って足を延ばすのも考えていいかもしれない。私の頭はとっくに、非日常を楽しむモードに切り替わっていた。狭い寮を脱出してどこに行くか、そういう冒険だ。相変わらず、電気が点く見込みはない。私はまた寮に戻り、コンセントをすべて引き抜いた(何故このときまでしていなかったのだろう?)。そして、暗い部屋で着替えとノートPCをカバンに詰め込み、外に出た。19時20分ごろのことである。

 バス停に向かって歩いていた私はあることに気づいた。売店のある福利棟の電気が点いているのである。もしや、復旧したのか?作業着を着た人々が何かを話している。もし復旧していなければ、今すぐバス停に向かわないと終バスを逃す時間だ。直後、この電気が落ちたのを見た。今はどういう状況だろうか。Twitterを開いたところ、「電気がきた」との報告が上がっている。もう一度辺りを見回すと、大学の建物の明かりが点いているではないか。そう、電気が来ていたのである。私は感動した。「電気がある」ということに、ここまで感動したことがかつてあっただろうか。まあ、この天気なら何かあっても自転車で出かけることができる。私の決断は一つ、「寮に戻る」だった。

 19時40分ごろだったと思う。寮に戻って電気をつける。部屋に明かりが灯った。そこには日常があった。お腹は空いているけど、今日は米が食べたい。炊飯器に米を入れてスイッチを押し、ノートPCをケーブルに繋いで開いた。戻った寮でいつもと違ったことは、お風呂にお湯があまり溜まっていなかったことだけだった。それ以外、普段の夜と何も変わりはない。数時間にわたって私の感情を突き動かした非日常は終わりを告げたのである。


 

 


 


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