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【マルチレベル】アイデンティティを、集団レベルと個人レベルに分けてモデル化した文献(尾関&吉田、2011)

すっかり筆が遅くなってしまっています。データ分析、遅々としてなかなか進まずですが、ちょっと目先を変えて気分転換(!?)として、久々に論文レビューです。
といっても、まだまだデータ分析月間ですので、最近集中して紹介しているマルチレベルに関する文献を紹介します。

尾関美喜, & 吉田俊和. (2011). 集団アイデンティティ形成による集団実体化過程モデルの提唱―マルチレベルの視点から―. 実験社会心理学研究, 51(2), 130-140.


どんな論文?

この論文は、ある集団における人のアイデンティティが、集団による影響と、個人的にその集団に感じる誇りなどの感覚が、それぞれ異なるプロセスによって作用し、集団が形成されていくという過程を示したものです。

それまでは、集団が形成されていく(「集団実体化」というようです)過程において、集団レベルと個人レベルでの相互作用に関する研究もあったようですが(以下図)、集団レベルと個人レベルの影響を分けて分析されてはおらず、本文献の試みである、マルチレベル分析が有効なようです。

集団アイデンティティは、ある特定の集団に対して個人が抱いている社会的アイデンティティです。元来「自分はこの集団の一員だ」という個人の認知であり、その集団に属することで得られる社会的評価の認知を含むものとのこと。(NPOに所属すると、社会的意義や貢献を大事にしてそうだ、というブランドイメージがつくようなもの)

従来の研究は、集団アイデンティティ=個人で認知される集団アイデンティティ、で捉えていました。しかし、個人一人ひとりの認知の集合としての集団アイデンティティだけでなく、集団全体でまとまったり、集団で同じような行動を取るといった、個人の認知の集合だけでない、集団レベルでのアイデンティティの共有度合いもまた、集団アイデンティティを形成する要因ではないか、と説明されます。

このように、個人レベルと集団レベル、それぞれの影響を分けて分析することで、集団がどのように集団としてのまとまりを強めるかを示したのが本論文です。

マルチレベル分析のプロセス

実際に、この論文で行われた分析(マルチレベルSEM)のプロセスを以下の通り箇条書きにします。このマルチレベルSEMという手法は、さまざまな変数間のモデルを作り、各モデルの適合度を見て、最も適合度のよいモデルにおけるパス(変数と変数の間の関係の矢印)係数を示す、というものです。

  • 各尺度の記述統計量、級内相関係数、相関行列を記載

  • 仮説にもとづいてパスを引き、仮説では言及しなかったパスを加え、適合度指標(カイ2乗値、GFI、AGFI、CFI、RMSEA、AIC)を参考にしながら採択するモデルを検討(採択したモデル以外は論文に記載せず)

  • 因果モデルの成立を立証するために、逆因果のモデルを検討。具体的なパスを示して分析し、不適解を生じたためモデルを棄却。また、集団レベルのみ、因果の方向を逆転させたパスもモデル化したが、非有意、適合度指標も十分でなく棄却。

  • この研究デザインでは、集団レベル変数が、個人レベル変数に与える影響(クロスレベル交互作用)は考慮されていない

この図を見ても、なんのこっちゃ、、、という方も多いかもしれません。上の平面が集団レベル、下の平面が個人レベルですが、集団形成のプロセス(集団実体性)は、個人と集団で引かれた矢印が異なる、ということは何となくお判りいただけるかと思います。

分析結果

マルチレベル分析は、解釈もなかなか難しいのですが、集団レベルと個人レベルのパスが異なることから、著者らは「個々の成員がうち集団はまとまっている、と認知する過程と、集団のまとまりが実際に強くなる過程は全く異なる可能性があることを意味する」と述べています。

こうした違いから、マルチレベルで捉えた集団形成のプロセスを、著者らは以下図のように提唱しています。

ポイントは、

  • 個人レベルの誇りが、成員性に影響する(誇りと成員性は、集団アイデンティティの下位尺度)

  • 個人レベルの成員性が、集団レベルの成員性に影響を与える

  • それぞれの成員性は、個人・集団それぞれのアイデンティティ形成に寄与し、その後一体感を生む

というあたりかと思います。他成員との相互作用という網掛けの矢印は、先行研究から得られた示唆を示しています。

このように、人は自分の所属意識を高めるうえで、個人的な認知の影響と、集団レベルの影響が分かれることが示されています。もう少し踏み込んだ解釈として、集団アイデンティティは、全体として一定以上の集団意識があることで、まとまりが強くなる、という集団のメカニズムにも影響を受ける、というのが筆者の導き出した示唆となります。


感じたこと

この文献のように、1つのデータから、集団と個人、それぞれの影響を分離して分析するマルチレベル分析は、今後、組織行動論の分野において益々重要になってくるように感じます。

一方、モデル適合度などは、なかなかあてはまらないことも多いので、数値的なモデルで実証されるものは、そう多くない気もします。ものすごい小さな発見を、過去の研究の中でどう新しい・ユニークなものだと示せるか、という勝負を求められているのかもしれません。

もう少し、数学に強くなっておけば、データ分析や統計の理解も早く、もっと使いこなせるのかもしれない、、、という想いです。
数学の強い高校に合格した長男には「父のようになるなよ。苦労するぞ」とアドバイスしています。



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