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【ダイバーシティ】多様性に対する肯定的な信念はどのように形成されるのか?(Vongswasdi et al.,2023)

多様性に対する肯定的な信念は、どう形成されるのでしょうか?今回はこの多様性信念が形成される要因や効果について解説した論文を扱います。

Vongswasdi, P., Leroy, H., Shemla, M., Hoever, I., Khattab, J. (2023). Influencing diversity beliefs through a personal testimonial, promotion‐focused approach. Journal of Organizational Behavior, 44(1), 1-18.


どんな論文?

この論文は、チームの肯定的な多様性信念に焦点を当て、予防的/促進的なアプローチが多様性信念に与える影響と、多様性信念が及ぼす効果について調べたものです。

この論文における「多様性信念」の定義は、(Homan et al., (2007)を参照し「多様性信念とは、特に集団機能における多様性の価値に関する心の現れ」とされています。
言い換えると、メンバーが多様であれば、チームが有効に機能する、という信念、と言うことかと思います。

こうした多様性信念を高める要素や、多様性信念による効果を検証するために、以下のモデルが想定されています。

多様性信念を促進するものとして、「知識の種類」や「多様性に対する制御焦点*」が考えられ、
多様性信念が影響するものとして、「チームにおける情報の精緻化」や、「チームの統合的複雑性」が考えられる、
と言うのが、著者の仮説です。

*制御焦点とは、目標達成の動機には、2つの「促進焦点」と「予防焦点」があるという「制御焦点理論」から援用している考え方です。

仮説検証のための実験対象は、オランダにおける724名の組織行動学を履修した学生を175のチームです。これらをさらに4グループに分け、テーマとして、①促進焦点×経験談、②予防焦点×経験談、③予防焦点×事実情報、④促進焦点×事実情報をもとにしたチームでの意思決定を行うタスクが与えられました。

こうしたタスク実行(介入)の前後で、アンケートを取り、その回答を統計的に分析した結果、多様性信念を促進するものとしては以下が示されました。

  • 知識の種類としては、事実情報よりも個人的な経験に基づいた情報が有効

  • 多様性に対する制御焦点としては、予防焦点より促進焦点が有効

また、多様性信念による影響としては、以下が示されています。

  • 「タスクに関する」チーム内情報の精緻化

  • チームにおける統合的複雑性(後段で詳述します)


多様性信念はどう形成されるのか?(知識の観点)

個人的に興味があったのは、この部分です。特に日本で過ごしていると、なかなか多様性が有効である、というよりも、むしろ人と同じことが是とする信念が育ちそうです。(最近でこそ、変わってきていると思いますが)

本論文では、日本だけでなく、他の国でも類似性が好まれる(自己カテゴリー化理論)ため、多様性信念はなかなか形成されにくいものだ、と紹介されています。

人は通常、これまでの人生で自分とは異なる人に遭遇し、社会的分
類や社会的同一化の過程(Tajfel & Turner, 1986)により、異質な
他者に対して消極的、あるいは否定的な態度をとるようになった経
験を記憶している(Williams & O'Reilly, 1998)。このような一連の
個人的経験が、多様性は望ましくないという個人の思い込みの基礎
を形成している可能性がある( Hewstone et al., 2002; van
Knippenberg et al. 2007)

著者らは、過去の先行研究をレビューし、人の「多様性信念」をどのように形成するかを調べ、事実情報と経験談という、2つの情報(Type of Knowledge)による影響を仮定しました。

  • (事実情報の有効性)Homan ら(2007)は、 多様性がチームのプロセスや成果に有益であるというエビデンスを報告する論文を読ませることで、チームメンバーの多様性信念をプライミングすることに成功した。

  • (経験談の有効性)他方、van Knippenberg et al. (2007)は、個人的な経験から引き出された知識(経験談)が、多様性信念の源になりうると提唱。この提案は、経験学習の価値に関する先行研究と一致しており、偏見の低減に関する先行研究では、過去の多様性体験における個人の実際の行動と望ましい行動との間の不一致を系統的に内省することで、個人の信念と行動を変えられることが示されている(Lindh & Thorgren, 2016; Lindsey et al.)。つまり、人々が意図的に多様性の経験を振り返ることで、多様性に対する認識を高め、多様性に対する理解や態度を向上させることができる

著者らは、経験談の方が、事実情報よりも多様性信念に影響を及ぼすという仮説を立てました。結果、こちらの仮説は支持されています。

多様性信念はどう形成されるのか?(動機付けの観点)

また、制御焦点理論の観点も、多様性信念の形成に影響するのではないか、と想定されました。

この制御焦点理論を少し補足します。
この理論はHiggins教授(1995)が提唱した、人の自己制御に関するシステムについてのものです。人は、単純な「快・不快」ではなく、利を得ることを志向する「促進焦点」、もうひとつが損失を回避することを志向する「予防焦点」によっても、自分を動機づける、と説明されます。

著者らは、予防焦点と促進焦点では、促進焦点の方が多様性信念の形成に影響する、としています。その理由は、促進に焦点を当てると多様性のメリットが強調される一方で、予防に焦点を当てると、多様性に関する否定的な考えが強化され、潜在的な課題への警戒が生まれるとのこと。

なお、この理論は個人の動機付けに関するものですが、これをチーム行動に当てはめると、過去の研究から、以下の特徴がわかっているようです。

  • 予防に焦点を当てたチームは、警戒心と現状維持を特徴とする

  • 促進を重視するチームは、探索と代替的な選択肢や多様な視点の探索を特徴とする熱心さを示す

感覚的にも、石橋をたたいて渡るような予防が重視されると慎重さが求められ、促進が重視されると「やってみなはれ」といった探索行動やダメなら次、という行動に繋がりそうな気がします。


多様性信念の効果

本稿では、多様性信念による効果として、情報の精緻化と、チームの統合的複雑性が高まる、という仮説を立て、支持されています。

チーム情報精緻化とは、タスクに関連するアイデア、知識、洞察について、グループメンバーが交換、議論、統合することを指します(van Knippenberg et al. 2007)。

また、統合的複雑性とは、一言でいえば、どれだけ物事を複雑に捉えられるか、という思慮深さを表すものとされます。

これをチームレベルで表現すると、「チームが、多様な視点を活かし、調整することで、統合的な解決策、包括的なルール、斬新な表現などを建設的に提起し合い、競合する視点を熟慮し統合すること」とのこと。

チームの情報精緻化や、統合的複雑性は、ともに多様な意見や視点によって高められるものです。
本研究により、多様な視点を好意的に捉え、価値があると信じているチームの方が、これらの効果が高くなるということが実験結果から示されています。


感じたこと

多様性信念の促進要因として、事実情報より経験談、予防焦点(回避的な動機)でなく促進焦点(良い面を探す)という点は大変参考になりました。

参観日などで小学校の教育を見ていても、違う意見が歓迎されるというより、「皆さんどうですか?同じです!」といった発表がフォーマット化されており(その授業だけかもしれませんが・・・)、多様性を好意的に受け止める信念はなかなか身につかない、と感じています。

だからこそ、多様な人たちとの交流を留学等で経験することは重要だと改めて感じました。自分も、学生時代にカナダに留学したことは、多様性を受け入れる価値観の形成に大きく寄与した、と感じます。

本研究の示唆を活用するなら、多様性信念を形成するためには、他者の留学経験を聞く(経験談)、あるいは、多様な方との交流機会を内省し、経験学習を行う(制御焦点理論の促進要因)と言うことを、価値観が固まってしまう前の若いころから行っておくのが良さそうです。

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