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ひきこもりおじいさん#69明らかな嘘

その日の夜遅く、私は部屋の布団の中で様々な考えが頭をよぎり、上手く寝付けませんでした。どうして今日に限って寄り道などしてしまったのだろう?なぜ正ちゃんは私ではなく幸恵を選んだのだろう?そんな答えの出ない問いかけを繰り返していました。そんな時に当時一緒の部屋で寝起きを共にしていた幸恵が帰宅して部屋に入ってきたのです。
『八重ちゃん大丈夫?お母さんから聞いたけど、家に戻ってから、一言を喋らずご飯も食べないで、布団に入ったままなんでしょ?どこか具合でも悪いの?』
自分の布団を敷きながら、優しく幸恵が話し掛けてくれました。私は内心、先程のレストランで自分の姿を幸恵に気付かれたのではないかとヒヤヒヤしていましたが、どうも気付かれた様子はありません。
『うん、大丈夫。ちょっと疲れただけだから』
素っ気なく私は答えました。
『そう、それならいいけど。でも、あんまり無理しちゃ駄目よ。八重ちゃん、頑張り過ぎる所があるから』
『ありがとう・・・あのさ、さっちゃん』
『何?』
『今日はいつもより帰りが遅いけど、どこかに行ってたの?』
『・・・うん、ちょっと会社の人とご飯に行ったの。そしたら話に夢中になっちゃって、終電になっちゃった』
『そうなんだ』
明らかな嘘を幸恵は私につきました。そんな幸恵に対して私は彼女の優しさを感じながら、同時にこの胸の中に巣食う嫉妬心というどす黒い塊を自分の中でどう折り合いをつけたらいいのか分からず途方に暮れたのです。

#小説 #おじいさん #布団 #優しさ #明らかな嘘 #黒い塊

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