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ひきこもりおじいさん#28 百人町

「やっぱり、もう無いみたいですね」
隆史が少し諦めた口調でとぼとぼ歩きながら呟いた。
「う~ん、そうだね」信之介が答える。
二人で交番に行ったものの、財布はやはり届けられていなかった。隆史は交番の警官に事情を話して紛失届を書くと、再び西新宿の繁華街に戻り、行方不明の財布を捜索していた。信之介も一緒に探してくれている。夜になっても東京の蒸し暑さは変わらず、まるでサウナに入っているようだった。
「隆史くん。もうそろそろ今日は遅いし、やめにしようか」
自転車を押していた信之介が言った。そう言われて隆史が腕時計を一瞥すると、既に時刻は午後九時になろうとしていた。
「そうですね。あの松田さん、ここまで付き合ってもらって本当にありがとうございます」
「だから、そんなお礼はいいから!それよりも、これからどうするの?」
現実的な問いかけに隆史はたじろいだ。
「あの・・・もし良ければ、テレフォンカードか小銭を貸してもらえませんか?公衆電話で伯母さんに連絡しようと思います。さすがにこれだけ遅いと心配してると思うので・・・」
不幸中の幸いと言うべきか、由美子の住所と連絡先を書いたメモは財布には入れていなかった。
「う~ん。じゃあ、この際だから、俺のアパートに来るか?ここからなら自転車で十分くらいだし、部屋には電話もあるからさ」
「いやでも、さすがにそこまでは・・・」
恐縮したように隆史が言った。
「だから、これも何かの縁なんだから気にするなって!ここまで探すの付き合ってさ、はいサヨナラって訳にはいかないよ。あと実を言うとさ、今、手元にテレフォンカードも小銭も無いんだ。とにかく出発するから、さぁ、早く乗って!」
そう言って、信之介は半ば強引に隆史を自転車の後部座席に乗せて、新宿区百人町にある信之介のアパートに向かった。

#小説 #おじいさん #ひきこもり #財布 #百人町 #自転車

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