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大学生日記 #30 幻惑

「あ、そうです。一度、ここで会っていると思うのですが・・・」
広司も何とか話を繋ごうと声を張った。過去の記憶を手繰り寄せ、以前に結衣を送るために玄関先まで来た時のことを思い出す。確かその際に二人とは会っていた。ただしその時は夕刊の配達があったので、会話らしいことはせずにすぐに帰っていたのだ。その茶髪の女性も結衣とは雰囲気こそまるで違うが、顔立ちは似ていて健康的な美人だった。だからそんな一瞬の出会いでも、その美しさが広司の記憶に印象的に残っている。
「そうだ思い出した。結衣が連れて来た人だ!どんな人だろうと思って興味あったから覚えてるよ。確か、名前は・・・」
「岡田広司です」
「そうだ岡田君だ。えっと、私は結衣の姉の咲で、こっちはお母さん」
「母の安藤清美です」
紹介された清美が頭を下げた。
「う~ん、まぁ、同じ岡田でもV6の岡田君とは、大分違うね」
咲の品評するような視線が広司に突き刺さる。
「はぁ」
「で、その普通の岡田君がこんな時間にどうしたの?」
いつの間にか会話が咲のペースになっていた。妹の結衣はどちらかと言うと、相手の言葉を待っているタイプなのに対して姉の咲はどんどん喋っていくタイプのようだ。同じ環境で育った姉妹でもこれだけ性格の違いに差が出ることに今更ながら広司は不思議な感銘を受けた。
「いや、今日一緒に桜を観に行ったんですけど、突然、結衣さんが先に帰ってしまったので、心配で来てみたんです」
「え?そうなの?結衣が桜を観に行ってたなんて、今、初めての知ったんだけど」
咲が意外そうな表情をして清美を見た。
「咲はいつも夜更かしして、昼過ぎまで寝ているから気がつかなかっただけよ」
清美が呆れたように言った。
「なるほどそういうことか。結衣も前もってデートに行くとか言ってくれれば、私もこっそり隠れて付いていったのに」
世の男性を幻惑させるような魅惑的な表情をして無邪気な視線を咲が広司に送ると、思わず広司は視線を逸らしてしまった。

#小説 #過去 #記憶 #感銘 #幻惑 #視線

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