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ひきこもりおじいさん#68 カウンターパンチ

またよくよく耳をすませると、正ちゃんは本気で東京帝大に行きたい訳ではなく、出来れば受験勉強などしたくないということでした。ただ父である田中喜一郎氏の府議会議員や経営者としての体裁や立場上、自分が東京帝大に入れさえすれば、それで跡目をいつでも継げる準備になると考えられ、そんな事の為に自分はしたくもない勉強をずっとしていると本音を吐露していました。また普段から家に帰ると浪人生である自分は肩身が狭く、優秀な兄弟からは見下されているとも言っていました。あんな家には戻りたくないし、これ以上はもう我慢出来ない。こんな事を続けていたら自分はおかしくなってしまう。だから自分の事を一番理解してくれているさっちゃんとどこか遠い場所で一から始めよう。そんな事を正ちゃんは幸恵に熱く語り、何を言うでもなく幸恵は優しく頷いていました。
一方で私はそんな事を聞くとは思ってもみなかったので、まるで突然のカウンターパンチを当てられたボクサーのように激しい衝撃を受け、目の前を霞が掛かったように白くぼやけて上手く焦点が合いませんでした。そしてそんなショック状態の私はどうしてもこのまま二人と同じ空間にいることが堪えられなくなり、まだ注文前でしたが近くの店員に幾らかのお金を渡すと、すぐに席を立って逃げるように店を出てしまいました。それから後、どうやって家まで帰ったのかあまりのショックな出来事に記憶はすっぽりと抜け落ちています。

#小説 #おじいさん #衝撃 #記憶 #カウンターパンチ

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