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適用拡大について今一度議論を

前回のnoteで、”おまけ”として、年金法案の政府案(被用者保険の短時間労働者への適用拡大)に対する野党案を紹介しました。

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でも、”おまけ”というのは失礼な言い方だったと反省しています。野党にはこの点について、徹底的に議論をして欲しいと思っています。

適用拡大の重要性については、これまでの記事で何度も説明してきましたが、今回の政府案では、企業規模要件が完全撤廃されず、2022年に100人超、2024年に50人超の事業所を対象とする、不十分なものになってしまいました。

そこで、まずは、どのような議論を経て政府案に落ち着いたのか、確認してみたいと思います。

年金部会における議論

まず、昨年9月27日に開催された第10回社会保障審議会年金部会で、適用拡大について議論された内容を振り返ります。

適用拡大については、多くの委員の方がその重要性を認め、経過措置として設けられた企業規模要件の撤廃を支持するものでした。一方、一部の委員からは次のような、中小企業の負担増に配慮し、慎重な検討を要するという意見もありました(議事録より抜粋)。委員の方の肩書を見ると、なるほどなぁと感じますね。

諸星委員(社会保険労務士)

これが企業規模の引き下げを行う場面では、先ほど最初からすべて撤廃しろという御意見もあったようなのですが、従来の適用方法から見ていくと501人からまず301人、そして、次に101人と規模を下げていって、ある程度の準備期間を設けていただくことはやはり必要ではないかと私は考えます。

細田委員(日本商工会議所)・・・この回の部会は欠席し、意見書を提出

適用拡大は、中小企業の経営に大きな影響を及ぼす懸念があり、加えて、前回の適用拡大時に第3号被保険者を中心に就労時間を抑制する動きが見られたことから、人手不足を助長することになりかねない。
したがって、被用者保険の適用範囲の拡大については、中小企業経営に与える影響や就業実態等を十分に踏まえ、慎重に検討すべきである。

全世代型社会保障検討会議での議論

厚労省が主催する年金部会と並行して、首相官邸が主催する「全世代型社会保障検討会議」においても、適用拡大はメインテーマの一つで、11月21日に開催された第3回の検討会議では、中小企業団体の代表を招いて、議論が行われています。

以下は、適用拡大の対象となる中小企業側の代表3氏による発言内容です(議事録より抜粋)。

三村明夫氏(日本商工会議所 会頭)

この問題は、受益する側と負担する側のバランスを考える必要があります。また、適用拡大による影響は、業種によっても異なります。特にパート比率の高い卸売・小売業、あるいはサービス業などで深刻と思われることから、そうした業界の声をよく聞きながら検討いただくことが必要であり、安易な適用拡大は適切でないと考えます。
さらに専業主婦層をはじめとする、適用を望まない方々による就労調整がさらに進むことも懸念され、人手不足を招くおそれもあると考えております。
こうしたことから、本件については、中小企業経営に大きなインパクトを及ぼしかねないため、慎重な議論が必要と考えております。

三村氏の提出資料中の意見をまとめた部分を見ると、医療、介護、年金、高齢者雇用という大項目と並列で、適用拡大についての意見がまとめられています。いかに、適用拡大が大きな問題であるか分かると思います。

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森洋氏(全国中小企業団体中央会 会長)

仮に社会保険の従業員規模を見直す場合には、対応への理解や準備が必要なことから、ぜひとも施行の時期の配慮や段階的な実施が必要なことを御理解いただきたいと思います。一方で、適用拡大を検討するに当たりまして、従業員が年金保険料などの負担増を嫌がり、雇用関係を変更するなどの悪影響が生ずる可能性もあり、そのような影響が生じないように、十分に検討、配慮をしていただきたいと思っておるわけでございます。

森義久氏(全国商工会連合会 会長)

資料2の6ページでありますが、したがいまして、雇用と地域を守る意味でも、被用者保険の適用拡大は慎重な議論が必要であるとともに、医療給付の効率化等を通じて、社会保険料負担の伸びを抑制していただくことが必要と考えます。また、社会保障改革と同時に、小規模企業の生産性向上に向けた支援も強力に進めていただきたいと存じます。

上記の3氏による意見陳述と質疑の後、連合の神津委員長が招かれ、適用拡大について以下のような意見を述べました。労働者側の代表として、当たり前ですが、適用拡大については前向きな意見です。以下は、議事録からの神津氏の発言と提出資料の抜粋です。

神津里季夫氏(日本労働組合総連合会 会長)

社会保険の適用拡大について、全ての労働者を原則適用させ、また、企業規模や非適用業種の要件を撤廃し、そして、労働時間と年収、勤務期間、学生除外の要件も緩和すべきだと考えます。また、健保と年金は、現行どおり、セットで適用すべきだと考えます。

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また、検討会義の議員である有識者の方も、適用拡大については賛成の立場で、まずは企業規模要件の撤廃を訴えています。

遠藤議員(国立社会保障・人口問題研究所所長)

社会保険の適用拡大は、国民の老後の生活を考えると極めて重要です。特に就職氷河期世代は、40代後半になりつつあり、年金改革は5年に一度しかチャンスがないことから、今回、少なくとも規模要件の撤廃に向けてのスケジュールを明らかにすることが必要だと思います。

翁議員(株式会社日本総合研究所理事長)

ただ、(三村会頭は)短時間労働者の被用者保険の拡大適用には、慎重な考え方を示しておられます。
しかし、適用拡大は、就職氷河期など、正社員になれなかった方たちの将来の安心のために必要ではないかと思います。また、適用拡大は、基礎年金の将来の所得代替率を引き上げることが厚生労働省の試算でも明らかになっており、相対的に水準が低い基礎年金対象者の格差縮小にも効果があると思います。

清家議員(日本私立学校振興・共済事業団理事長)

その上で、ただ1点だけ、既に他の議員からもございましたけれども、三村会頭が御指摘になりました被用者保険の適用拡大に関しては、私も労働経済学を長年研究してきた者として、同じ仕事をしている人で、たまたま働いている企業の規模によって、老後保障に格差があってよいとは言えないわけであります。特に遠藤議員、翁議員も指摘されましたように、今、非正規で働いている人も多い団塊ジュニア世代の老後保障を考えますと、被用者年金の適用拡大は、待ったなしの課題ではないかと考えております。

11月26日の検討会議においても、議員の方からは適用拡大に前向きの発言がありました。

中西議員(日本経済団体連合会 会長)

年金の受給開始時期の弾力化というのは、当然やっていくべきことだと思いますし、厚生年金の適用範囲の拡大について、中小企業の方々は、大分抵抗感を示されましたけれども、同じような働く環境の中で、中小企業で働いている方だけがデメリットがあるという制度は、やはりおかしい。これは拡大していくべきだと思います。

しかし、会議の終わりで発言された梶山経産相の意見は、適用拡大に対して慎重な立場をとるものでした。結局ここら辺が、今回の適用拡大に関する議論の結論を方向付けるものだったのでしょうか。

梶山経済産業相

私からは、厚生年金の適用範囲の拡大について、発言をさせていただきます。
人生100年時代を迎え、ライフステージに応じた働き方の多様化が求められています。
このような中、正規・非正規を問わず、厚生年金の適用範囲を拡大し、老後の安心を確保していくことは大変重要なことであります。
他方で、この会議でも、中小企業団体から、適用拡大による事業主負担の増大について、意見がありました。
適用拡大による影響は、業種によって異なり、パート比率の高い小売・卸売業、飲食業では深刻だと思われます。
そうした業界の声をよく聞き、丁寧に議論を進め、段階的な対象の拡大なども図る必要があると考えております。
経済産業省としては、生産性を向上させるための設備投資、IT投資、販路拡大などに対する支援など、中小企業施策の拡充を図り、小規模企業については特段の配慮を行い、全力で環境整備を進めてまいりたいと考えております。

自民党社会保障制度調査会における議論と提言

さて、上の2つの会議体の他に、さらに自民党の社会保障制度調査会という場で、適用拡大について議論がされていたようです。しかし、その内容は公開されていないようで、以下のようなニュースが漏れ伝わってくるだけです。ここでも、中小企業サイドの地道なロビー活動が垣間見えます。

そして、11月29日に適用拡大を事業所規模の完全撤廃ではなく、段階的に50人超の事業所を対象に拡大していくことが提言としてまとめられました。

これは、中小企業サイドの言い分が通ったような感じで、提言に至った議論は公表されていないので、適用拡大を支持する立場からすると、その不透明さに不満が残ります。

新聞やテレビなどのメディアも、適用拡大については断片的な報道をするだけで、年金制度だけでなく、国の経済成長に関わる適用拡大について、国民的な議論に基づく世論の形成がされるような情報提供をして欲しいところです。中小企業側の言い分も、下の表のようにまとめると、それが妥当か否か見えてくるのではないでしょうか。

適用拡大反対意見検証2

本国会における年金法案の審議の中で、適用拡大に関する議論が野党の対案をきっかけに、今一度しっかりと行われるか、期待し、注目していきたいと思います。

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