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公的年金の積立金の運用目標は?

「公的年金保険のミカタ」を読んで頂いている皆さま、お久しぶりです。前回投稿してから1か月が経ってしまいました。

サボっていたつもりでもないのですが、理由は、最近は巷に流れている公的年金保険に関する情報が、「公的年金は長生きリスクに備える保険である」とか、「パートでも厚生年金に加入して生活のリスクに対する保障の充実を図りましょう」という真っ当なものが増えてきたからです。

公的年金保険について誤解を与えるようなトンデモ記事を取り上げて、それを正すことを喜びとしている「公的年金保険のミカタ」にとっては、ネタが少なくなってきたというところが本音です。

なんて、思っていたら、私が愛読している日本経済新聞さまが、格好のネタを提供してくださいました。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に関する下の記事です。

「GPIF、日本株を売り越し」という見出しに目を惹かれて記事を見ると、次のような書き出しで始まっています。

公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が株高局面で日本株売りに転じている。運用資産全体の25%という目安から大幅に逸脱するのを防ぐためだ。7~9月の売越額は数千億円のもようで、足元も売りが続いているとみられる。上場投資信託(ETF)を大量購入してきた日銀でも見直し論が出る。公的マネーに転機が訪れている。

記事でも解説している通り、GPIFが日本株を売っている理由は、国内株式、国内債券、外国株式、外国債券からなる資産構成を、運用方針で定められている構成比率(各資産25%)に合わせるための調整(リバランス)なんです。

それを「日本株売りに転じている」とか「公的マネーに転機が訪れている」とか、意味もなく大げさに書いているところは、それがメディアの習性だと分かっていますし、まあ仕方ないとあきらめているのですが、記事の次の部分は誤解を招くもので、見逃すことはできません(太字による強調は筆者による)。

25%は厳密な基準ではなく、上下8%の乖離(かいり)を認められている。25%を超えても即座に売却する必要はない。にもかかわらず、売却を進めているのは、所管する厚生労働省から市場平均以上の成績を強く求められていることがある。
GPIFは運用成績を測る物差しとして「複合ベンチマーク」と呼ぶ指標を使う。投資する各資産の市場平均を25%ずつという資産配分の目安に基づいて加重したもので、GPIFは19年度まで4年連続でこの指標を下回った。

記事の太字で強調した「所管する厚生労働省から市場平均以上の成績を強く求められている」、「GPIFは運用成績を測る物差しとして「複合ベンチマーク」と呼ぶ指標を使う。」は、通常のファンドの運用のことであれば、まあ違和感はありませんが、年金積立金の運用について語る場合には、大変おかしく見えるのです。

その理由は、GPIFのホームページで「GPIFの運用目標」という解説を見れば一目瞭然です。そこには、「市場平均以上の成績」とか「複合ベンチマーク」なる言葉は、まったく見当たりません。

GPIFの運用目標は、以下のように定められています(GPIFホームページより抜粋)。

GPIFの運用目標は、主務大臣である厚生労働大臣が定めた「中期目標」において、「長期的に積立金の実質的な運用利回り(積立金の運用利回りから名目賃金上昇率を差し引いたもの)1.7%を最低限のリスクで確保すること」が要請されています。
GPIFの長期的な運用目標=賃金上昇率+1.7%

運用の目標というのは、通常は「市場平均」や「ベンチマーク」と連動する(インデックス運用)、あるいはそれを上回る(アクティブ運用)ことと定められているケースが多いのに、GPIFの積立金の運用目標は、なぜ「賃金上昇率+1.7%」なのでしょうか。

その理由は、同じくホームページに載っている下の図を見てください。この図は、年金財政の収入(財源)と支出(給付)のバランスを天秤に例えて表したものです。

収入(左)側の①保険料収入②国庫負担、そして支出(右)側の④年金給付は、賃金上昇に連動するものです。そうすると、天秤上の残りの部分である③年金積立金も賃金上昇に連動すれば、天秤のバランスが取れることになります。

そして、積立金の運用利回りが賃金上昇率を上回れば、年金財政の改善に寄与することになります。それ故に、積立金の運用目標は、賃金上昇率を上回る部分(これをスプレッド、あるいは対賃金上昇率の実質利回りと呼んでいます)に対して設けられていて、それが1.7%とされているのです。

GPIF積立金運用目標

このように、年金積立金の運用目標は、通常のファンドと異なるので、誤解をされやすいところですが、そのような事実こそ、メディアは一般読者に伝えるべきではないでしょうか。

年金積立金の運用を名目利回りで見るという誤った見方は、年金不安を煽って商売しようという輩には、絶好のネタなのです。下の図表は、某保険会社のホームページに掲載されていたものですが、2014年の財政検証における経済シナリオで、厚労省の元資料では、積立金の運用利回りをスプレッドで表示していたものを、わざわざ名目運用利回りに置きなおして表示しています。

そして、名目運用利回りの過去10年間の実績(2.3%)が、シナリオの一番悪いもの(シナリオH)と同水準であるとして不安を煽り、個人年金のセールスに利用しているのです。

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実際は、GPIFのホームページに掲載されている通り、過去19年間の実績ではスプレッドは平均2.39%で、目標である1.7%を上回っているのです。

スプレッドの理解は、年金財政についての理解度を測るリトマス試験紙のようなものです。公的年金保険についての記事を書く方は、以前ここで紹介させていただいた、「ちょっと気になる社会保障V3(権丈善一著、勁草書房)」を是非読んで頂き、年金不安を煽るセールス手法の片棒を担ぐような記事を出すことのないように、気を付けて欲しいと思います。

なお、私は度々日経の記事に対して異を唱えるようなことを書いていますが、日経の公的年金保険に関する記事のすべてが悪いものではなく、一般読者の生活設計の役に立つものも多くあるということを申し添えておきます。

年金積立金について知っておくべきこと

年金積立金については、これまで私のnote記事で度々取り上げましたが、改めて知っておくべきポイントについてまとめておきたいと思います。

1.年金積立金は過去の保険料で給付に回らなかった分を積み立てたもの。私たちが今納めている保険料を積み立てているわけではない。

2.年金積立金が将来にわたって給付の財源に占める割合は1割程度。7割が保険料で2割が国庫負担(税金)。

3.この先50年程は、株式の配当や債券の利息といったインカム収入で給付の財源を賄うことができる見込みで、すぐに取り崩すために売却する必要はない(今回の記事で書かれている売却は資産構成比率を維持するためのリバランスで取り崩しではない)。

4.年金積立金の運用評価は、スプレッド(対賃金上昇率の実質利回り)で行うべきで、名目利回りではない。

以上です。それでは、また年金トンデモ記事がでるまで、ごきげんよう!

#日経COMEMO #NIKKEI

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