Education2030プロジェクトとウェルビーイング・SDGs⑴

 今後のウェルビーイング教育について考える上で、白井俊『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来一エージェンシー、資質・能力とカリキュラム』(ミネルヴァ書房,2020)は必読文献である。
 同書によれば、近年「ニュー・ノーマル〈新常態)」という言葉が、様々な領域で使われるようになった。既に多くの国や地域の学校で、「ニュー・ノーマル」な教育の萌芽が見え始めているが、OECDが示しているEducation2030プロジェクトの説明資料を参考にして、A,伝統的な教育とB,「ニュー・ノーマル」の教育とを比較すると、おおむね以下のように整理できる。

<伝統的な教育> 
⑴ 教育制度を単体として捉える
⑵ 一部の選ばれた人による意思決定
⑶ 役割分担
⑷ インプットとアウトプット
⑸ 生徒の直線的な発達を前提にした、標準化されたカリキュラム
⑹ 標準化されたテスト中心の評価
⑺ 説明責任とコンプライアンス
⑻ (教師の指示の)聞き手としての生徒

<ニュー・ノーマル(新常態)の教育>
⑴ 教育制度をより広い生態系において捉える
⑵ より広い関係者による意思決定
⑶ 責任の共有
⑷ インプット、プロセス、アウトカム(特にプロセスの重視)
⑸ 生徒の非線形の発達を前提にした、動的なカリキュラム
⑹ 「学習のための評価」、「学習としての評価」を含めた広義の評価
⑺ システムの改善のためのフィードバック
⑻ 能動的な参加者としての生徒。各生徒、各教師がエージェンシーを発揮

 そもそもOECDは各国の経済発展を目的として設立された組織であるが、近年ではOECDのミッション自体が、単純な「経済的成長」から「包括的成長」へと変化してきている。単に「経済的成長」を目指してGDPなどの経済指標を高めることだけではなく、究極的に人々が心身共に幸せな状態(ウェルビーイング)を作り出すことへと移行しているのである。
 OECD,2017bによれば、個人レベルの11の指標の中に「主観的幸福」が含まれており、個人レベルのウェルビーイングが、経済資本、人的資本、社会資本、自然資本として、社会レベルのウェルビーイングに貢献するとともに、そのことがまた個々人に還元されるという循環関係にあるとしている。
 「包括的成長」は「経済的成長」だけでは捉えることができない社会全体のとしての成長を含意するものであったが、この概念をさらに広げると、人間だけでなく、生物全体についてのウェルビーイングを考えることになる。
 現在、急速な勢いで生物多様性が減少しているが、そうした変化は今後の私たちの生活にも直接的な影響をもたらす可能性がある。それ故に、単に人間のウェルビーイングだけを考えるのではなく、生態系全体の大局的な視点が必要になってくるのである。
 Education2030プロジェクトにおいては、望ましい未来の在り方について、「私たちが実現したい未来」として議論を行ってきた。従来のコンピテシーに関する議論は、雇用可能性や生産性の向上という視点が中心で、社会経済の在り方に、教育がどう対応していくかという、「受身の”手段”」の議論であったが、社会に対応する手段としての教育という受動的な捉え方から、教育によって「私たちが実現したい未来」を創造していくという能動的な姿勢への転換を図ることが求められている。
 社会的なウェルビーイングの概念は、単なる経済的繁栄を越えた普遍的な価値を帯びるようになってきており、ウェルビーイングは、「私たちが実現したい未来」を考える上での、大きな方向性を示す枠組みとして理解されている。
 2015年に国連は持続可能な開発目標(SDGs)として17の目標を定めたが、OECDのウェルビーイング指標と国連のSDGsの関連性は,OECD(2019)によれば、次のように整理できる。

<ウェルビーイング(OECD)>
⑴ 仕事
⑵ 所得
⑶ 住居
⑷ ワークライフバランス
⑸ 生活の安全
⑹ 主観的幸福
⑺ 健康状態
⑻ 市民参加
⑼ 環境の質
⑽ 教育
⑾ コミュニティ

<SDGs(国連)>
⑴ 働きがいも経済成長も
  産業と技術革新の基盤を作ろう
⑵ 飢餓をゼロに
  人や国の不平等をなくそう
  貧困をなくそう
⑶ 同
  すべての人に健康と福祉を
⑷ 同
  ジェンダー平等を実現しよう
  働きがいも経済成長も
⑸ 平和と公正を全ての人に
⑹ すべての目標に関連している
⑺ すべての人に健康と福祉を
⑻ ジェンダー平等を実現しよう
⑼ 安全な水とトイレを世界中に、エネルギーをみんなに、クリーンに
  つくる責任 使う責任、気候変動に具体的な対策を
  海・陸の豊かさを守ろう
⑽ 質の高い教育をみんなに、全ての人に健康と福祉を、ジェンダー平等を
  実現しよう
⑾ 住み続けられるまちづくりを、パートナーシップで目標を達成しよう

 このOECDのウェルビーイング指標と国連のSDGsの理念が重なり合っていることが分かる。ちなみに、このEducation2030プロジェクトには、国連の組織としてはユネスコがパートナー機関として参画している。
  
 

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