第4期教育振興基本計画と「こども大綱」とウェルビーイング⑵

 こども大綱は「こどもまんなか社会」を実現するための重要事項をライフステージ別に提示し、昨年12月22日に、「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」を閣議決定した。

●「はじめの100か月の育ちビジョン」
 「はじめの100か月」とは、本ビジョンを全ての人と共有するためのキ―ワードとして、母親の妊娠期から幼保小接続の重要な時期(いわゆる5歳児~小1)までがおおむね94~106か月であり、これらの重要な時期に着目した。
 本ビジョンを策定し全ての人と共有する意義については、幼児期までこそ、生涯にわたるウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に幸せな状態)の向上にとって最重要であるとして、「誰一人取り残さない」ひとしい育ちの保障に向けては課題があり、誕生・就園・就学の前後や、家庭・園・関係機関・地域などの環境間に切れ目が多く、社会全体の認識共有と関連施策の強力な推進のための羅針盤が必要、としている。
 本ビジョンの目的は、全ての子供の誕生前から幼児期までの「はじめの100か月」から生涯にわたるウェルビーイングの向上にあり、こども基本法の理念にのっとって整理した5つのビジョンは、次の通りである。
⑴ こどもの権利と尊厳を守る
 ⇒こども基本法にのっとり育ちの質を保障
  *乳幼児は生まれながらにして権利の主体
  *生命や生活を保障すること
  *乳幼児の思いや願いの尊重
⑵ 「安心と挑戦の循環」を通して、こどものウェルビーイングを高める
 ⇒乳幼児の育ちには「アタッチメント(愛着)」の形成と豊かな「遊びと
  体験」が不可欠
 ⇒「アタッチメント(愛着)」<安心>
  *不安な時などに身近なおとなが寄り添うことや、安心感をもたらす経
   験の繰り返しにより、安心の土台を獲得

 ⇒豊かな「遊びと体験」<挑戦>
  *多様なこどもやおとな、モノ、自然・絵本・場所など身近なものとの
   出会い・関わりにより、興味・関心に合わせた「遊びと体験」を保障
   することで、挑戦を応援
⑶ 「こども誕生前」から切れ目なく育ちを支える
 ⇒育ちに必要な環境を切れ目なく構築し、次代を支える環境を創出
  *誕生の準備期から支える
  *幼児期と学童期以降の接続
  *学童期から乳幼児と関わる機会
⑷ 保護者・養育者のウェルビーイング成長の支援・応援をする
 ⇒こどもに最も近い存在をきめ細かに支援
  *支援・応援を受けることを当たり前に
  *全ての保護者・養育者とつながること
  *性別にかかわらず保護者・養育者が共育ち
⑸ こどもの育ちを支える環境や社会の厚みを増す
 ⇒社会の情勢変化を踏まえ、こどもの育ちを支える工夫が必要
  *「こどもまんなかチャート」の視点
  *こどもも含め環境や社会をつくる
  *地域における専門職連携やコーディネーターの役割も重要

●「愛着」が「安心」の土台
 私が特に注目したのは太字部分であるが、最も気になったのは、母親の妊娠期から小1までの「はじめの100か月」が生涯にわたるウェルビーイングの向上にとって最重要、と明記し、「不安な時などに身近なおとなが寄り添うことや、安心感をもたらす」「アタッチメント(愛着)」の繰り返しにより、安心の土台を獲得」と明記しているにもかかわらず、子供に安心感をもたらす『愛着」の要が母親であることに一言も言及していないことである。
 子育ては母親のみならず父親や養育者、地域ぐるみで「共同養育」していく必要があるが、「母親の妊娠期から」「こどもの誕生前」「誕生の準備期から支える」ためには、母親のウェルビーイングと成長の支援が『愛着』の基本となることは自明のことであろう。
 「性別にかかわらず」と敢えて明記し、「保護者・養育者」の多様性への配慮がうかがわれるが、ユネスコ元事務局長顧問の服部英二麗澤大学名誉教授が指摘されているように、横軸の多様性に通底する縦軸の共通性にも注目し、多様性と共通性のバランスを取る必要がある。

●「母親がいい!」が「乳幼児の思いや願いの尊重」
 かつて議員会館で開催した親学推進議員連盟の勉強会で、安倍晋三会長をはじめとする数十名の国会議員に対して、埼玉県のある保育園長が「皆さん、待機児童なんていません。待機親がいるだけです」と訴えたが、「乳幼児は生まれながらにして権利の主体」であるならば、「母親がいい!」という乳幼児の思いや願い、意見を尊重する必要があるのではないか。
 国連の児童の権利条約における権利の内容を大別すると、生存、発達、保護、参加の諸権利に分類できる。同条約では「保護を受ける権利」という言い方で、保護を受けることも権利の一部であると捉えており、同条約の前文には、「児童は、身体的及び精神的に未熟であるから、適当な法律上の保護を含む特別の保護及びケアが必要である」という基本的趣旨が明記されている。

●「保護を受ける権利」と「子供の権利」の関係
 従って、児童が同条約に規定されている権利の主体であることは当然であるが、あくまでも児童は十分な保護や愛着を受けるべき対象であることを前提に、権利保障をするというのが同法の趣旨である。ヘルムス米上院外交委員長は「同条約は自然法上の家族の権利を侵害する」として批准に反対し、親の権威や家族の統合を破壊するという理由で、アメリカは未だに同条約の締約国ではない。
 また、当時の西ドイツ政府は同条約の「批准議定書」に「子供を成人と同等の地位に置こうというものではない」と明記し、子供の権利の概念を「保護を受ける法的地位」に限定した「解釈宣言」と細かな「覚書」を付して、子供の「自律権(オートノミー)による保護の解体」に歯止めをかけた。

●家庭・家族の役割を重視する国際的法律文書
 我が国の未成年者保護法の権威である森田明お茶の水女子大学・東洋大学名誉教授は、同権利条約の批准によって「保護の理念、家族の理念が腐敗する危険が出てきた。権利が栄えて人間関係が衰弱するという危険がある」「法と権利は、人間関係を強制力によって破壊することはできる。しかし、法は人間関係を形成することはできない」と警告した(森田明・石川稔『児童の権利条約一その内容・課題と対応』一粒社、髙橋史朗『児童の権利条約』至文堂、参照)。
 国際的法律文書は、家族が教育において演じる役割の重要性を強調しており、世界人権宣言は「家庭は、社会の自然且つ基礎的な集団単位」と定め、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約も、「保護及び援助が、家族の形成のために与えられるべき」と明記している。

●他律から自律、自律から自立へ向かう発達段階
 スイスの心理学者のピアジェは、「子供の精神的機能の全面的発達と道徳的価値の獲得を保証してやること」が子供の権利を肯定することであり、他律的段階から中間的段階、自律的段階へと進む発達段階に適合する形で教育的配慮を加え、適当な指示及び指導を与えることが重要であると力説している。幼児期までの「はじめの100か月の育ち」は、他律的段階から中間的段階へと進む時期であるから、家庭における愛着と躾が必要不可欠であり、発達段階に応じた「意見表明の権利」を児童の権利条約は認めている点を見落としてはならない。
 「こども大綱」における「こども施策に関する基本的な方針」には、「自立した個人として自己を確立していく意見表明・参画と自己選択・自己決定・自己実現」の「自由」を有した「権利主体」であることが強調されているが、福沢諭吉は『学問のすすめ』で、Rightを「権利」と訳すと「必ず未来に禍根を残す」と警告し、「権理」と訳し、「自由独立」を力説し、独立心に基づく自由の重み、重い責任を説いた。
 こうした視点から、他律から自律、自律から自立へと向かう発達段階と、とりわけ「性別」などの自己決定の権利との関係に関する見解を文科省とこども家庭庁に質問したが、回答は得られなかった。「こども庁」から「こども家庭庁」になった背景には、他律から自律へと導く保護者や家庭の役割が重要であるという共通認識があったが、今日のこども家庭庁の論議には、以上指摘してきたような視点が欠落している。

●「親になるための学び」が必要不可欠
 「こども誕生前」から育ちを支えるためには、助産師でもある光武智美上智大学助教が実践されている胎児人形を中高生に実際に持たせて命の大切さを体験させたり、赤ちゃんを抱っこしながら、母親から話を聴くなどの「親になるための学び」が必要不可欠である。
 こども施策に関する「ライフステージ別の重要事項」には、「結婚を希望する方への支援」が明記されているが、「結婚や恋愛はめんどくさい」と答える若者が4割を超えている現実を踏まえて、結婚に夢や希望がもてるような「親になるための学び」に力を入れる必要があろう。

●専門家のヒアリングを要望
 以上のような問題意識から、専門家のヒアリングを行っていただくように要望した。とりわけ、第一次安倍政権下の政務官会議「あったかハッピープリジェクト」が「経済の物差しから幸福の物差しを取り戻す」と明記した点を踏まえて、現政権が掲げている「新しい資本主義」と第4期教育振興基本計画との関係を捉え直すために、他者と共に人間的になっていく「変容」を重視する教育、経済と倫理・道徳を融合させる「人の資本主義(Capitalism for Human Co-becoming)」を提唱する東京大学東洋文化研究所の中島隆博教授と、横軸の多様性に通底する縦軸の共通性(「共生の縦の線」)を強調する麗澤大学の服部英二名誉教授、東大大学院「道徳感情数理工学」講座をリードする鄭雄一教授と光吉俊二特任准教授のロボットを制御するための「道徳エンジン」をAIロボットに搭載する研究、「切算」「動算」「重算」「裏算」「混算」「繋算」「鍛算」という新しい和算を駆使した「トロッコ問題」のジレンマを解決する「AIを超えた哲理数学」として完成した「ウェルビーイングの数式」などの専門的知見についてのヒアリングを要望した。
 光吉は人類が最低限の科学のルール「医師の道徳や哲学」を捨てたと批判し、「四則和算」に「混算」「繋算」「鍛算」を加えた新たな「哲理数学」を提唱し、「ウェルビーイングの数式を完成した」というが、高度の数学を駆使して目に見えない意識や哲学的課題「存在」の解明を試みており、一般的理解を広げるためにはハードルが高いため、髙橋塾の塾生有志によって「理論と実践」の往復を積み重ねて、子供のウェルビーイングの向上につなげていきたい。「四則和算」のわかりやすい講座が光吉研究室の田中大「ユーチューブ」番組で公開されているので、参考にしてほしい。
 
 


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