スマッツの『ホーリズムと進化』思想を解説する

 ホリスティックという言葉は、もともと「ホーリズム的な」という意味で、ギリシャ語の全体を意味するホロスを語源としており、全体的、包括的、総合的、全人的、全連関的というような意味である。ホーリズムという言葉は1926年に、J.Cスマッツが『ホーリズムと進化』(ロンドンのマクミラン社発行)という著書で初めて使った言葉である。

●「ホーリズム」とは何か?

 スマッツによれば、ホーリズムという言葉は、宇宙における種々の全体の形成、あるいは創造に向けて働いている根本的な動因を表すために造り出した言葉である。ここでいう「全体」は哲学上の全体または絶対と混同してはならないとスマッツは指摘しており、全体主義の語源であるtotalityと明確に区別して、wholenessという言葉を使うことによって全体主義との混同を意識的に避けようとしている。
 この「全体」をどうとらえるかがホーリズムの核心であるが、宇宙の究極的実在は、物質でも精神でもなく全体であるという考えを表明するために考え出された言葉がホーリズムであり、スマッツは「世界における実在の究極的創造的中心である全ての全体を含むもの」がホーリズムであるとして、同書で次のように指摘している。

<全ての有機体は、ある内的な組織と自己管理の基準と有機体自身の個々別々の性格を持った一つの全体である。…全体の進化における活動的要因としてのホーリズムは、宇宙の究極的原理である。全体性は、時間における前進運動の中の宇宙の本質を顕著に表現するものである。全体の背後にある創造的原理としてのホーリズムは、進化の背後にある働く力である。ホーリズムは明確な性質をもち、宇宙の中の全ての性質を生み出し、宇宙の発展の全過程に関して結果と意味に溢れた特別な傾向である。>

 ここでいう「進化」は、単なる変化や古い形態から新しい形態への再編の過程ではない。スマッツは進化の哲学に多大な影響を与えた代表的人物であるベルグソンの「創造的進化」の理論に注目しているが、彼が「創造的原理を持続の単なる空虚な形式に還元することによって、創造的原理を矮小化してしまった」「知性を知覚し得る物体あるいは事物の形式や構造の唯一の原因とすることは重大な間違いである」と厳しく批判している。
 スマッツは、機械論やベルグソンらの生気論を乗り越えるものとしてホーリズムを提唱し、アインシュタインの相対性理論などによって、ニュートンやカントなどの空間と時間の概念、物質や有機体の概念を再構築しつつ、ダーウィンの進化論を乗り越える、成長、復元、再生のユニークな事実を適切に説明し、物質と生命と精神を統合的に説明しうる原理を明らかにするために、『ホーリズムと進化』という大著を出版したのである。
 
●複雑系的世界観への転換の新潮流

 スマッツが提唱したホーリズムは究極的、合成的、組織的、規則的で秩序のある宇宙の活動であり、その活動は組織的集団と、そこにある統合体、原子と物理化学構造から、細胞と有機体、動物の精神を経て、人間の人格性に到達し、ホリスティックな宇宙までを説明するものであった。それはシステム論として受け継がれる一方、北米においてベイトソン、ケストラー、ヤンツやマズローの人間性心理学等によって受け継がれ具体的に展開されていった。
 この思想的新潮流は、相互に影響を及ぼし合いながら絶えず変化を続ける多様なシステムの集合体を意味する「複雑系」という新しい自然観へと発展し、非連続的世界観を反映した機械論的世界観から、部分と部分、部分と全体の包括的な関係性に注目して、生命の自律的秩序形成機能を総体的に把握する連続的自然観を反映した複雑系的世界観への転換の新たな潮流をもたらした。
 この20世紀後半の歴史的潮流は非連続的世界観に立脚する西洋近代文明の限界を示しており、近代化の中で日本人が見失った感性を中核とする伝統文化を見直すことが21世紀の日本人と日本の教育の急務の課題であることを示唆している。

●自律的秩序形成機能=「産霊(むすび)」

 「近代化」と「民主化」に代わる21世紀の「第三の教育改革」は、自律的秩序形成機能に注目した複雑系的世界観、ホーリズムの視点から感性を中核とする日本文化の価値を再発見、再評価することによって、日本人のアイデンティティーを再確認する必要がある。20世紀の現代科学が辿りついた複雑系の自律的秩序形成機能を日本人は「産霊(むすび)」というコンセプトとして2千年以上も前から尊重し、それを活かそうとする文化を育んできたのである。
 中国の古典『易経』によれば、「感」とは宇宙全体を構成する陰(女性的原理)と陽(男性的原理)の二気が相互に感じ合い、喜び合うことを表す。陰陽の二気は宇宙の根源であることを、『易』は「天地が感して万物が化生する」と表現しており、二つのものが感じ合うことを「感応」や「交感」という。
 東洋医学の基礎にある「陰陽五行説」は、陰陽の気が凝集して物質的機能をもったものが木火土金水の五行という基本的な物質の在り方となり、対立するエネルギーの状態の陰陽の相互作用からすべての現象を説明する。この相互作用を「感」という語で表す。生物の発生は、雄と雌、男と女という対立原理の相互作用によって成立し、人間と宇宙、人間とすべての生物はこのような意味で連続している。

●「宇宙の化育に賛ずる」「色心不二」「心身一如」

 このような中国の感性哲学から感性の意味を捉え直すことによって、ホーリズムやホリスティック教育と感性の関係について考察することも意義深いと思われる。中国の古典にある「宇宙の化育に賛ずる」という思想はホリスティック教育や廣池千九郎博士の道徳科学に直結する。こうした中国の感性哲学者たちの思想は日本の近代化に伴う西洋思想の流入によって全く排除されてしまい、封建思想として葬り去られてしまった。
 「色心不二」を説いた空海、「心身一如」を説いた道元は、心と身体を分離して考える弊に陥ることに警鐘を鳴らしたが、近代化によって、理性は心に、感性は身体に引き付けられて解釈され、理性と感性は対立的に捉えられ、感性は理性に従属する低次の能力と捉えるようになってしまったが、ホリスティック’(包括的)に「感知合流」の視点から捉える必要がある。
 ホーリズムを思想的原点とするホリスティック教育は、理性と感性のつながり、心と体のつながり、「情動的共感」(ミラーニューロン)と「認知的共感」(メンタライジング)のつながり、生徒と教師、親と子のつながりなど様々なレベルにおける「関係性」を重視する教育である。このような特質に注目するならば、ホリスティック教育は連続的世界観に基づく東洋的・日本的な教育の伝統の意味と価値を再発見、再評価する作業として大きな意味を持っていることが分かる。

 

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