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「肩書きを忘れて来る場所」コタさん(バーテンダー・国分寺 穴蔵)


はじめに(編集)

駅前の再開発で様変わりした国分寺だが、駅を出て通りを歩けば、古くから愛されているお店がたくさんある。北口の大学通りの地下にあるバー・穴蔵(あなぐら)も、毎晩常連客が集い酒を酌み交わすお店のひとつ。雑多なアンティークで飾られた薄暗い店内は、店名の通りまさしく穴蔵。そんなディープな雰囲気の店のカウンターに立つのは、柔らかい人柄と親しみやすい笑顔でお客を迎えるバーテンダーのコタさん。筆者が20代の頃からお世話になっているコタさんに、話を聞いた。

インタビュー本編

編:レコーダー(録音機)って、これまで向けられたことありますか?

コタさん:ないね。事情聴取の時ぐらいかな、されたことないけど(笑)

編:ですよね(笑)引き受けてもらってありがとうございます。早速ですけど、すでに私が気づいたときには、コタさんが穴蔵のバーテンだったんですけど、店に立ってどれくらいになるんでしたっけ。

コタさん:7年くらいかな(※2024年1月現在)。俺の前にも色んな人が店に立ってたんだけど、10年くらい前に今のオーナーが前の経営者から店を買い取って、そのオーナーに誘われて店に入ったのがきっかけだよ。

編:バーテンをやる前、仕事は何かしていたんですか?

コタさん:高校を卒業して、しばらくは表参道のカフェで働いてた。大学行こうかなとも一瞬考えたんだけど、俺絶対勉強なんかせずに遊んじゃうなと思って。15年以上前だけど、表参道はやっぱりファッションやカルチャーが最先端って感じで、当時ちょうどラルフローレンができたり、表参道ヒルズができたりした時に、その近くの店で働いてた。

編:当時のコタさんて、どんな雰囲気だったんですか?

コタさん:銀髪に色黒でジャージ着て出勤して、店ではほとんどギャル男みたいな見た目で働いてたよ(笑)その店のオーナーは、仕事に厳しい人だったんだけど、本人も真っ白なスーツを着るような派手な人だったから、割と自由にやらせてくれて。「見た目が派手でも、仕事ができればかっこいいし、評価も上がって得なんだ。だから仕事はしっかりやれ」って(笑)

編:めっちゃいい人ですね。それにしてもまさしくギャップというか・・・

コタさん:そうそう。その時に接客について厳しく教えられたことが、今の仕事の仕方にも影響してるなって感じるんだよね。まだ高校卒業したばっかりで若かったから、調子に乗ってふざけたり、お客さんに失礼な態度取って怒られたりしたなぁ。やっぱり店員の距離が近すぎると、やりづらいって思うお客さんもいるじゃない。

編:分かります(笑)でも今のコタさんは、どんなお客さんに対しても押し引きが上手いなぁって見てて思いますけど。

コタさん:んー、お互いが自然体でいられる距離感って、大事だと思うんだよね。だから、押しが強い人には少し引いてみたり、逆に初めて来たお客さんは、このお店の雰囲気にビビっちゃうこともあるだろうから、少し押してみたり。

編:確かにこの店に初めて来る人って、雰囲気にびっくりすると思います。かっこいいけど、ちょっとダーティな感じ。それがいいんですよ。

店に降りる階段にある看板

編:ちなみに表参道のカフェの後は別のところで働いていたんですか?

コタさん:うん。他のところも経験したいなと思って、病院内の喫茶店で働いたよ。場所も小平にあったから、表参道とも、ここ(穴蔵)とも客層が全く違ってた。体が不自由だったり、ハンディキャップを持っていたり、色々な人が来てたけど、全体的にお年寄りが多かったかな。

編:病院内の喫茶店、あんまり想像つかないです。確かにバーや都心のカフェとは、全く違いそうですね。

コタさん:病院だから、もちろん中には亡くなる人もいて。店にずっと通ってくれてたおじいさんがいたんだけど、急にそういうことがあったんだよね。少し経ってから、親族の方がわざわざお店に来て『生前は大変お世話になりました』って、お菓子を持ってきてくれて。おじいさんとは、店に来たら他のお客さんと同じように世間話してただけで、特別何かしてあげられた訳でもないんだけどね。あとは、通院の方のお子さんが、保育園で作った工作をプレゼントしてくれたこともあったなぁ。

編:いい話だなぁ。年齢も性別も関係なく好かれる喫茶店のコタさん、すごく想像できるし、しっくりきます。そのあとに、ここ(穴蔵)ですか?

コタさん:そうだね。その喫茶店でいろんな人の話を聞いたり、あと地元の友達がスナックとか飲み屋をやってるのを見たりして、あと俺がやったことない仕事って、こういう夜の店だなぁって思って。こういう店に来る人達も見てみたかったし。で、そのタイミングで今のオーナーから誘ってもらえて店に入ったって感じ。

編:色んな店で色んな客層を相手にお仕事されてきたから、お客さんとの距離感をつかむのが上手なんですね。

コタさん:うーん、でもね、こんな商売をしていて言うのも難なんだけど、俺自身はそんなに人が好きじゃないっていうか。別に人が嫌いってわけじゃないんだけど(苦笑)。

編:先の話じゃないですけど、近すぎる距離感が苦手みたいな感じですか?

コタさん:うん。よく「俺たち友達だよな、親友だよな」って世界があるじゃない。それがすごく苦手で。そんなもの言葉にしなくたって、今こうして楽しい空間にいて一緒に飲んでたら、明確な言葉にしなくても、別にいいんじゃないのって思ってる。人との距離の詰め方ってやっぱり繊細なことじゃない?女性だったり子どもだったり、年配の方だったり、自分と違う人がいっぱいいるわけだしさ。

編:確かに。私も結局、コタさんとはここ(穴蔵)で、客としてしか会わないから、心地いい距離感で付き合いができているんだよなって思います。

コタさん:俺もこのカウンターがあるから、お客さんとして接することができるけど、じゃあいざ二人でどこか行きましょうとかってなったら、人見知りしたり、気を遣ったりすると思うよ(笑)
自分の同級生が店に来ても、カウンターに座ったらそれはお客さんであって、話す内容がいつもと違ったりする。でも不思議とふだん二人で話すより、リラックスして話せたりするんだよね。ある意味、このカウンターがあって助かってるところがある。

編:面白いですね。距離が近いことが、心地いいとは限らないですもんね。

コタさん:でも、これはあくまで俺のスタイルというか、やり方だから。それが正しいなんて思ってないし、それしか俺にはできないからね。もっとガツガツやった方が商売的にはいいだろうし、そういう意味じゃ(商売)向いてないんだよ(苦笑)

編:いやー、もしコタさんがガツガツしてたら、私通ってないだろうな…。

長年店を見守ってきた、ルイ・アームストロングの置物。

コタさん:ここに立つ人が変われば、お客さんだって変わっていくからね。バーテンにもいろいろスタイルがあって、店主がビシッとしててお客さんも背筋を伸ばして酒を飲むような店もあれば、めちゃくちゃカッコいいバーテンが、女の子を何人もカウンターに並べて座らせるようなところもある。
でもこういう飲み屋には、仕事で疲れてやって来る人も多いじゃない。俺はそういう時、自然に話せる空気感がないとダメだよなって思うから、その雰囲気を壊さないようにしてる。

編:それにすごく助かっているし、コタさんに甘えている自覚のある私みたいな人はいっぱいいると思います。ここは本当に色んな人が来ますしね。

コタさん:そうだね。国分寺は変な人も多いけど、悪い人はいないよ(笑)色んな人と話せるがこの仕事の良さだね。俺より全然年下の人と話してても、みんなすごい仕事してんなぁ、大人だなぁって思うし。「甲子園見てると、みんな自分より大人に見える」ってよく言うけど、まさしくあれだね。
ここにいると普段会えない人に会って話を聞けるのが面白いし、お客さん同士で普通は交わらない人が話しているのを見るのもうれしいよ。

編:分かります。ここのカウンターで飲んでると、自然と友達が増えていきます。

コタさん:酒場って、肩書きを忘れて来られる場所だから、そういう店であり続けられたらいいなって思う。お金じゃ買えないもの、それこそ人のつながりとか、そういうものをお店に来て感じてもらえたらうれしいなぁ。俺は「その中心になる!」みたいなのはできないんだけど、カウンターに立ってお酒出すぐらいのことはできるんで(笑)

編:あー、コタさんらしいですね。一杯何か飲んでください。私もビールをもう一杯いただきます。

あとがき(編集)

居酒屋で「何か次(のお酒)飲まれます?」と聞かれるのがちょっと苦手だ。空いたグラスを気遣ってくれているのも分かるし、逆に客としてちゃんと店にお金を落とさなきゃとも思う。ただ、余計なことを考えれば考えるほどお酒はおいしくなくなるもので、そういうことを考えなくてすむ店にばかり足を運ぶようになっていく。

穴蔵で飲んでいて、「何か飲む?」と聞かれたことが無い。いや、厳密に言うと、聞かれた記憶がないだけで、おそらく聞かれてはいるのだろう。ただ、それに対して変な気遣いを感じることもなければ、余計な気遣いを自分がする必要も感じないのだ。飲み足りなければ「同じものをください」と答えるし、飲みすぎているときには「コーラ飲みたいなぁ」とか甘えたことをほざく。どんな注文にもコタさんは変わらずに「はいよー」と飲み物を注いでくれて、また私は気持ちよくグラスを傾ける。

何か話をしたい時もあれば、したくない時もある。どんな心境の自分で行ったとしても、心地よく飲ませてくれるから、私はまた穴蔵の階段を下りる。いや、もぐるのだ。

写真・取材・文・編集=たかはし


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