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ショートストーリー・僕はぎりぎりくん

 僕はぎりぎりくん。朝はぎりぎりまで布団の中。毎日、小学校に着くのもぎりぎり、夏休みの宿題が終わるのも、いつもぎりぎり。
 お母さんには「もっと時間に余裕をもって行動しなさい」と言われる。僕としては、時間ちょうどになるようにと計算してぎりぎりセーフを狙っているんだけど、なぜか、けっこうな確率でぎりぎりアウトになっちゃうんだよなあ。
今朝もお母さんに何回も名前を呼ばれて、やっと起きた。よし、今からならぎりぎり間に合うぞ。急いでご飯を食べて、ごちそうさまでした~。いってきまあ~す。と家を出る。
学校へと向かう大通りに出ると、バス停の近くに見慣れない女の人がいた。朝のこの時間は人も車も忙しそうなので、立ち止まっている人は珍しい。女の人はなんだか困っているみたいだ。
「あのう・・・」
白い杖を持っている女の人に、思い切って声をかける。僕のおじいちゃんも白い杖を持っている。目が悪いんだ。
 女の人は僕の声に、こっちの方を向いた。体を少しかがめて、僕ににっこり笑う。
「あら、こんにちは。あのね、このあたりにそろばん教室があると思うんですが、どこを曲がったら良いか分かりますか」
そろばん教室なら僕も週に一回通っているから場所は知っている。ここからちょっと行ったあの角を曲がって、またちょっと行ったとこなんだけど、言葉で説明するのは難しいから、そこまで一緒に行くことにした。
えーっと、手をつなげばいいのかな、と思ったら、女の人が案内する方法を教えてくれた。僕が一緒に歩くだけで案内できるんだって。女の人は杖を右手に持っているから、左手を僕の右肩に乗せてもらう。それだけ。もし身長が同じくらいだったら、腕を組んだり、ひじをつかんでもいい。
「あら、ランドセルね。何年生ですか。時間は大丈夫なの」
 僕の肩に手を乗せると、女の人が言った。
「だいじょうぶです」
 肩に乗せられた手を感じながら、僕は自然と胸を張って答えた。
 途中、少しだけおしゃべりした。女の人はキタノさんという名前で、僕と同じ小学三年生のカナデちゃんという娘がいるんだって。そろばん教室で午前中にやっているパソコン教室に習いに来ているんだけど、いつも降りるバス停が少し移動したから道が分からなくなって困っていたのだと教えてくれた。
角を曲がると、道の先にそろばん教室の先生がいた。キタノさんを待っていたみたい。
「おっ、ぎりぎりくんが案内してくれたのか」
もー、キタノさんの前でそのあだ名で呼ばないでよ。でもほんと、時間ぎりぎりだ。僕は二人にぺこりと頭を下げて、そうだキタノさんには言葉で伝えなきゃと「じゃあ学校にいってきまあ~す」とあわてて言った。
「いってらっしゃい。どうもありがとう」
 キタノさんの声を背中に受けながら、僕は学校へと急いだ。
 結局、登校時間はぎりぎりアウト。教室にはもう担任の先生がいて、朝の会が始まる寸前だった。怒られるかなと思ったら「はい席について」でおしまい。
 後で休み時間に担任の先生が教えてくれて、僕が登校する前に、「ぎりぎりくんという親切な少年に道案内をしてもらった」とキタノさんから学校に電話があったんだって。
「でもな、その時間にバス停のあたりにいたということは、道案内をしていなくてもぎりぎりだ。もっと時間に余裕をもって行動しなさい」
 厳しい声で言った担任の先生は、それから僕の両肩に手を乗せて、ぼくの目をじっと見つめて、うん、うん、とうなずいた。

 日曜日、僕は家じゅうで一番早く目を覚ました。いつもならあっという間に出かける時間なのに、顔を洗っても、ご飯を食べても、なかなか時間が過ぎない。もしかして時計が壊れているんじゃないかと確認したけれど、どの時計も同じ時間を指しているから合っているみたいだ。
 あれから、そろばん教室の先生からお母さんに連絡があって、キタノさんとお母さんは友達になったみたい。キタノさんはパソコンもスマホも詳しくて、お母さんはいろいろ教えてもらっているそうだ。
 今日は、キタノさんがカナデちゃんと一緒に家に遊びに来る。僕はバス停まで迎えに行く係だ。
「いってきまあ~す」
「あらもう出るの。気を付けてね」
まだ時間には早いから、ゆっくりゆっくり歩いたけれど、すぐにバス停に着いた。
待っていればそのうち、バスが来る。
ぎりぎりじゃないのも、楽しいな。

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