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『帰還の虹』上演台本

はじめに

2014年にタカハ劇団で上演された『帰還の虹』の戯曲を販売しています。
「横書きだと読みにくい!」「脚本のフォーマットで読みたい!」という方は、記事の最後にPDFファイルを貼り付けておきますので、そちらをダウンロードして下さい。

※戯曲の著作権は高羽彩に帰属します。この戯曲を許可なく掲載・上演することを固く禁じます。掲載・上演に関するお問い合わせはタカハ劇団 info@takaha-gekidan.net まで、お問い合わせ下さい。


あらすじ

昭和19年――
現実が、創造を超える時代
「戦意高揚画」を描き、日本画壇の寵児となっていた男のアトリエに集う、
若き才能達。
あの時代、彼らは何を描き、何を描くべきだったのか。


登場人物

藤澤 1901年生まれ。43歳。画家。

貞本 1926年生まれ。18歳。東京美術学校3年生。

キヨ子 1913年生まれ。31歳。藤澤妻。

内山 画家。東京美術学校講師。三十代。
熊本 画家。東京美術学校講師。三十代。

ちづ 藤澤家の世話係。
孝則 ちづの弟

近藤 中佐。陸軍報道部。

舞台

1944年(昭和19年)晩夏~晩秋
神奈川県疎開先
画家藤澤のアトリエ


■プロローグ

暗闇の中、水がひたひたとしたたる音。
うすらぼんやりと、女の姿が現れる。
女は、額縁の向こう側でゆったりと座っている。
女は一所に視線を定めたまま、微動だにしない。
かと思うと、静かに語り始める。

キヨ子「人は、生まれて、死ぬ。その間に、自分の姿を、自分の目で見ることはできない。
貴方は、他でもない貴方自身のものであるはずに違いないのに、その生涯で一度として、自身を見る、ただそれだけのことができない。
まさかとお思いでしょうか?
鏡がある、そう思う方もいらっしゃるかも知れない。
でも、左右反転した姿が、本当の貴方だなんて言えるでしょうか。
写真がある、そう思う方もいらっしゃるかも知れない。
でも、瞬間切り取られた光と影の残像が、貴方自身だなんて言えるでしょうか。
貴方の姿が見られるのは、貴方でないひと。
貴方の本当の姿を知っているのは、貴方でないひと。
そして貴方は、生まれて死ぬ。その間に、貴方でない人の目に自身がどんな風に映っているか、それを知ることはできない。
たった一つの方法を除いては…。

これは、私の絵。
随分昔に描かれた、随分昔の私の姿です。
私、美しく描かれているかしら。
私、幸せそうに描かれているかしら。」

女の背後に無数の額。
その向こうに、亡霊のごとく人々の影が浮かぶ。
暗転。


■1

藤澤のアトリエ。
無数の額が、雑然と並べられている。
描きかけと思われる大きなカンバスに、見られないように布がかけられている。
所在なさげに佇む貞本。
キョロキョロと辺りを見回す。

貞本「ごめんください…」

返答なし。

貞本「あの…」

返答なし。
貞本は興味深げにまわりのカンバスを見る。
絵の具を手に取り

貞本「すごい…。絵の具がこんなに…」

他にも画材を手にとって見ているうちに、布のかけられたカンバスに目が止まる。
おそるおそる、布に手をかけ絵を見ようとしたところ外から賑やかな声。
慌てて手を離し、ばたつきながら思わず身を隠す。
楽しげに話ながら、藤澤、内山、熊本、アトリエに入ってくる。

内山「なかなか立派じゃないか」
藤澤「もともと芋倉庫だったそうだがな。最近は芋掘る人手もないっていうんでアトリエに借りたんだ」
熊本「ああ、どおりで」
藤澤「芋くさいだろ! くさいんだ! でも、絵をかくぶんには申し分ない」
内山「そうだな。うちの学校の講師陣でもこれだけのアトリエをもってるやつはいないぞ」

熊本豪快にくしゃみ。

内山「おいなんだよ!」
熊本「ダメなんだよ、ほこりっぽいのは」
藤澤「相変わらずの神経症だな」
熊本「体質だ。神経は関係ない」
内山「俺は気に入ったぞ、芋の臭い。胃液が出る」
熊本「胃液が出たところで、肝心の胃に入れるものがない」
藤澤「あるぞ」
内山・熊本「え!」
藤澤「芋でよければな。帰りに適当に持たせてやる」
内山「悪いな」
熊本「疎開地の方が東京より多少は食えるってのは本当なんだな」
藤澤「君たちも来るといい。ここの地主はなかなか話の分かるヤツでな。このご時世ながら芸術への援助を惜しまんといっている」
内山「それは…」
熊本「それは君…」
藤澤「なんだよ」
熊本「藤澤大先生のご威光あってのものだろう」
藤澤「ふーん(得意げに)」
内山「そうに違いないよ」
熊本「藤澤君は、押しも押されぬ画壇の星だ。陸軍だろうが海軍だろうが、君の前で頭を下げない軍人はいないって聞くぞ」
内山「新聞社も出版社も君の奪い合いだっていうじゃないか。」
熊本「今時、金のかかる芸術家の疎開を受け入れるような殊勝な人間はそうそういないぞ。君だからさ」
藤澤「だったら僕の仲間といえばいいさ。そういえば、まず断られることもないだろう」

顔を見合わせる内山と熊本。

藤澤「なんだよ」
熊本「さすがさすが。ありがたき幸せなり」
藤澤「かまわないさ。立場こそ違ってしまったとは言え、画壇に名を連ねる仲間じゃないか」
内山「うらやましいな」
熊本「いろんな意味でな」
内山「なあここ座ってもかまわないかい?」
藤澤「ああ、すまんな気がつかなくて」

藤澤、ソファーの上のホコリを豪快に叩く。
熊本、ホコリにむせて窓の方へ。

熊本「ホコリは苦手だっていっただろう!」
藤澤「(わるびれず)ああ。(内山に)そこの瓶、動かさないで座ってくれよ」
内山「ああ(こしかけ)。静物、描いてるのか?」
藤澤「気分転換にな」
熊本「随分余裕だな。聖戦美術展に出す絵、もうかけたのか?」
藤澤「描けてはないが構図はできた。後はそう時間はかからんだろ」
熊本「へー……」
藤澤「そっちはどうだ」
内山「まあな……」
藤澤「進捗芳しくないって顔だな」
内山「分かってるならそれ以上聞くなよ」
藤澤「なんだよーどうしたー」
内山「聞くなっていってるだろ?! …なんだようれしそうな顔して!」
藤澤「同業者の苦悩する姿は創作の活力になるんだ」
熊本「笑えん冗談だ」
藤澤「冗談じゃないさ」
熊本「だったらただただ腹立たしいな」
藤澤「ふふん」
内山「なかなか難しいよ。最近はどうも、大本営のいうことが曖昧模糊として要領をえない。戦況もわからんのに、『前線で戦う兵の姿を国民に伝えよ』といわれたところでなにをかいたらいいのやら」
熊本「その上、描いて好ましいものそうでないものが決められているからな。結局どの絵も、似たような感じになっちまう。漢口従軍の時は良かったよ。何を見たって新鮮で。あの瞬間の感性をしがんでしがんで、今じゃ味のしなくなったガムみたいになっちまった」
藤澤「ゴミじゃないか」
熊本「ゴミだとも。ゴミみたいな感性で、ゴミみたいな絵を描く俺は、ゴミだ」
藤澤「(笑って)なかなか面白い感性じゃないか君!」
熊本「……天才先生にそう言ってもらえると、晴れ晴れとした気分になるよ」
藤澤「そうだろう」
熊本「天才先生の作品を拝見させていただこうかな」

熊本、カンバスにかかってる布に手を掛ける。

藤澤「やめろ!」
熊本・内山「……」
藤澤「作成中の絵は人に見せない主義なんだ。構図を盗まれたりしたらたまらないからな」
熊本「……俺が構図を盗むって言いたいのか?」
藤澤「煮詰まった画家なんて何をしでかすかわからん」
熊本「あのなぁ……」
内山「やめとけ。藤澤、お前だって画家だろ?」
藤澤「そうだが? だからこそいってるんだ。僕だって何をしでかすかわかったもんじゃないからな。なんでもするぞ?」

藤澤、内山に迫る。

内山「おいじゃれつくなよ」
藤澤「人だって殺しかねん」
熊本「もういいよ」
藤澤「本気にしてないな。僕は本気だ!」
熊本「わかったよ。さすが先生は気迫が違うな。俺には到底真似できん(慇懃無礼に)」
藤澤「おい」
熊本「内山、要件済ませてさっさとお暇しようぜ」
藤澤「ゆっくりしていけよ。まだ芋も用意させてないし」
熊本「結構だ」

藤澤、拗ねたようなそぶり。

熊本「おい」
内山「ああ……。藤澤、これ見てみてみてくれないか」

内山、スケッチブックを藤沢に渡す。

藤澤「なんだよ。僕に添削をたのみにきたのか?」
内山「まあいいから」

藤澤、スケッチブックを開く。
すぐにその中身に夢中になる。

藤澤「……」
内山「どうだ?」
藤澤「……」
内山「おい藤澤」
藤澤「ん? ん……ああ……。で、デッサンはなかなかだな」
内山「なかなか?」
藤澤「いや、かなりうまい……」
熊本「珍しいな。君が人の絵を褒めるなんて」
藤澤「いいものは素直にいいと言うさ。どうしたんだこれは。君が描いたんじゃないよな」
内山「残念ながらその通りだ。藤澤、君、学生を一人預かってくれないか」
藤澤「学生を?」

窓の外をちづが横切る。
息も絶え絶えである。

熊本「ん?」
内山「どうした?」
熊本「いや……」
藤澤「預かるってどういうことだ」
内山「助手でも、書生でも、なんでもいい。君のところへ置かせて欲しいんだ」

再びちづが横切る。

熊本「ん?」
藤澤「あ?」
熊本「いや、気にせず続けてくれ」

熊本、窓の外を眺める。

内山「去年、学生の徴兵猶予が撤廃されたのは知ってるよな」
藤澤「ああ……」
内山「うちの学生も随分持って行かれたよ。まあ……美術学校なんていかにも実益が見えにくいところだからな。だったら手っ取り早く実弾として働けってことだ」
藤澤「(自分のスケッチブックを手に取りながら)実益、ねえ」

ちづが横切る。

藤澤「君、神宮は行ったのか?」
内山「もちろんいったさ」
藤澤「それは羨ましいな。僕は都合でいけなくてね。随分壮観だったそうじゃないか」
内山「壮観というかあれは……。なんといったらいいのかな……」
藤澤「なんだよ」
内山「圧倒されたのは確かだよ。なんといってもあれだけ大勢の人の行進は見たことがなかったからね。鉛色の空から雨粒が降ってきて、あの暗い軍服のカーキをよりいっそう暗く重くしていくんだ。それなのになんだろう、若いからなのか学生達の顔が妙に白く輝いて浮かび上がるようになっていてね。米粒みたいなんだ。米粒が一糸乱れぬ隊列を組んで競技場を右へ左への大行進で、なんだかファンタジーなんだ。でも途中で思い出すんだよ。あの中に教え子がいるぞって。そうなると途端に今度は現実が大きな波みたいになって押し寄せてくる」
藤澤「それで?」
内山「それでって……。それで……その大きな波に、なんだか根こそぎもってかれちまったような気持ちになるのさ」

藤澤、内山の話を聞きながらスケッチブックに鉛筆を走らせる。

藤澤「それで?」
内山「それで?」
藤澤「どんな絵を描いた?」
内山「……いや……とても……そんな……」
藤澤「なんだ。やっぱり僕も神宮に行くべきだったな。僕ならいい絵を描けたに違いないよ」
内山「そうだろうな」
藤澤「(描き上がり)うん」
内山「なんだ」
藤澤「君だよ。師思う、学徒の君、筆を置きて、今南方のいずこに立つや。なかなかいいんじゃないか?(引いてみたりして)いや、わかりにくいか。こういう絵は女の方がいいんだ。ただ、金策に頭を抱えるおっさんに見えちまうかも。見るかい?」
内山「見たくない」
藤澤「ふん」

藤澤、また別のページにさらさらと絵を描き始める。

内山「それで、そのスケッチブックの話なんだけどな」
藤澤「ん?」
内山「いや、君のじゃなくて、俺が持ってきた方だよ」
藤澤「ああ……」
内山「彼も僕の教え子なんだ。君に、彼を預かってほしい。実力は君も見ての通りだ。側に置いてつまらんことはないと思う」
藤澤「君の教え子だろう? 君が面倒を見てやればいいじゃないか」
内山「いや、俺ではダメなんだ」
藤澤「君も書生一人持つぐらいの余裕はあるだろう」
内山「彼も来年十九になる」
藤澤「……」
内山「召集がかかることは間違いない。俺は、この才能を前線で散らせたくはないんだ。君は軍部の覚えもめでたい。君のもとで働かせれば兵隊にとられることはないはずだ」
藤澤「僕に、君の教え子の兵役逃れに協力しろっていうのか?」
内山「みんなやっていることだ……」
藤澤「神宮で二万五千人の学徒を、諸手を振って送り出しておきながら自分のお気に入りは行かせたくないっていうのか」
内山「惜しい才能と……惜しくない才能がある。俺も、君も、熊本も」
熊本「へっ?」
内山「そうやっていま、生かされているはずだ」

沈黙。
窓外に再びちづ。

藤澤「ちづさん!」
ちづ「あっ! はあ! せんせぇ」
藤澤「ちょっと気が散るなぁ! 僕のいるときはあまりアトリエのまわりに近づかないでくれっていってありますよね」
ちづ「あのっ、すいませんっ、でもあの」
藤澤「お客様にお茶か何かだして」
ちづ「あ! お客様!!」
熊本「なんだ今気づいたの?」
ちづ「すみません、ただいま……。でもあの」
内山「気にしないで。用事があるようだったら先にそっちを済ませてください」
藤澤「なんだよ」
ちづ「奥様が……」
藤澤「えっ」
熊本「あ! そうだ! 奥方に会いたいな! 二科展のパーティーでお会いして以来だ」

藤澤、ちづに視線を送る。
ちづ、黙って首を振る。

藤澤「キヨ子は今……、ふせってましてね。今日お会いするのは難しいかな」
内山「だいぶ悪いのかい?」
藤澤「いやー、明日の朝にはけろっとしているんじゃないか?」
ちづ「(ウンウンと頷く)」
藤澤「それよりなんだ、さっきの話だが……」

ちづ、またその辺を行ったり来たりし始める。

内山「ああ」
藤澤「君はそう言ってくれるけどね、僕だって、味方ばかりという人間ではない」
熊本「そうだろうな」
藤澤「この時局じゃ、危ない橋はわたれんよ」
内山「もう少し考えてみてくれ。彼の絵を見れば君も考えを変えるよ!」
藤澤「もう見たよ」
内山「油絵を見てくれ」
熊本「あ、奥方の病気ってアレじゃないか? あの有名な」
内山「なんだよ話に入ってくるなよ。彼に、作品をいくつか持ってくるようにいってあるんだ。それを見て、もう一度考えてくれ! もう、もうそろそろついていていい頃なんだがな……」
藤澤「きっとかわらないさ」
熊本「パリっ子癇癪だ」
ちづ「あーーー! 奥様いけませんっっ!」

キヨ子が、肌着姿(?襦袢か?)で、着物を抱えて飛び込んでくる。

キヨ子「しんっじられない! こんなのパリじゃ考えられないわ!!」

藤澤、内山、熊本は黙って驚くが、

貞本「(物陰から)おわっ」
内山「ん?!」
ちづ「(追ってきて)奥様!」
キヨ子「あなた! 聞いて! ちづったら酷いのよ?! 私の着物全部、もんぺにするなんていうのよーーー!」
ちづ「奥様、皆さんの前でそんな格好は!」
キヨ子「ん? (今気づいて)あらごきげんよう」
熊本「相変わらずご機嫌麗しゅう」
キヨ子「麗しくもなるわ。日本に来てから毎日毎日、喜劇みたいな出来事の連続よ」
ちづ「奥様」
キヨ子「気にすることないわよ。この方達、藤澤の作品で私のもっとあられもない姿ご覧になってるわ、ねえ?」
熊本「ありがたく、拝見させていただいております」
ちづ「まあ……」
内山「さっきなんか声しなかったか?」
藤澤「……」
キヨ子「恥ずかしいことなんてないのよ? もんぺを着ることに比べたらね!」
熊本「しかし、もんぺは随分動きやすいと聞きますよ」
キヨ子「それがなによ。私はあんな、川に流す呪われた紙人形みたいな格好するくらいだったら一生裸で過ごすわよ! 動きやすいことでいったら同じだもの」
熊本「呪われた紙人形って」
ちづ「とにかく奥様、一度お下がりになって……」
キヨ子「田舎に来たら、隣組やら防火訓練やらに煩わされなくてすむかと思ったのに。どこもかしこも酷いことばかりだわ! パリだったら」
熊本「パリだったらこんな思いしなくてもよかったのに?」
キヨ子「その通りよ。よくおわかりね」
内山「なんか声しなかったか?」
藤澤「なんだよ」
内山「いや、貞本の声がしたんだよ一瞬。あいつ近くまで来てるんじゃないのか?」
藤澤「悪いが、今日はひとまず帰ってくれないか……」
内山「まってくれ」
キヨ子「どうかなさって?」
ちづ「どうかされてるのは奥様です」
内山「藤澤くんに、一人学生を預かってほしいんです」
藤澤「無理だといったろう」
内山「たぶんすぐそこまで来てるんです! (窓の外に向かって)さだもとーーーー!」

みなの視線、窓外に。
貞本、申し訳なさそうに部屋の隅から出てくる。

貞本「はい……」
熊本「おいなんだよ!」
貞本「すみません、早く着いちゃったみたいで。出るに出られなくなってしまって」
内山「貞本君! ほら藤澤、彼が貞本君だ。そのスケッチブックの持ち主だよ。」
藤澤「ああ……」

藤澤、手にしていたスケッチブックを置く

内山「彼はな、君がパリから帰って最初の個展を見て以来、君の熱烈なファンなんだ」
貞本「はい!! まだ十かそこらでしたが、先生の作品一つ一つを今でもはっきりと覚えています。特にキヨ子夫人の肖像は」
キヨ子「あら」
藤澤「……」
内山「貞本君、あれ、見せてくれよ。いくつか作品持ってきてるんだろ」
貞本「それが…」
内山「うん?」
貞本「こないだ、出征するっていう友人に、全部やっちまって」
内山「おい……」
貞本「新しいヤツ描こうと思ったんですが、絵の具がなくて」
内山「……」
貞本「すみません……」
藤澤「さ、ちづさん、芋をいくつか包んで彼らに持たせてやってくれ」
ちづ「えっ……、あ、はい」

ちづ、去る。
会話のよきところでキヨ子、貞本のスケッチを広げる。

貞本「あの! 絵の具を、いただけないでしょうか! そうしたら数週間、いえ、数日で納得していただける作品を仕上げて見せます!」
藤澤「なんで僕が、君に絵の具を恵んでやらなきゃならんのだ。兵役を逃れようとする卑怯者の君に」
貞本「お願いしますッ……!」
内山「たのむ……!」
藤澤「……」
キヨ子「(スケッチブックを閉じ)置いてあげましょうよ」
藤澤「あ?」
キヨ子「(スケッチブックを貞本に返してやりながら近づいて)見て。この子、可愛い顔してるわ。二人で、裏の雑木林でも散歩したらすごくいい気分になれそう」
貞本「雑木林をですか…?」
キヨ子「このあたり、芋みたいな顔した爺さんと、芋みたいな顔した女子どもしかいなくて退屈なのよ。ねえ、つきあってくださるでしょ?(手を取って)」
貞本「あ、あの……」
キヨ子「あなた、かまわないわよね」
藤澤「……好きにしなさい」

藤澤、去る。

内山「……」
貞本「……」
熊本「よかったじゃないか」
キヨ子「離してくださる?」
貞本「あッすみませんッ!」

キヨ子、手を離すとさっさと行ってしまう。
取り残された三人、顔を見合わせる。
暗転。


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