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『プール』上演台本

はじめに

2008年にタカハ劇団で上演された『プール』の戯曲を販売しています。
「横書きだと読みにくい!」「脚本のフォーマットで読みたい!」という方は、記事の最後にPDFファイルを貼り付けておきますので、そちらをダウンロードして下さい。

ジャンルはホラーです。お化け等は出てきませんが、グロ描写が苦手な方はお気をつけ下さい。

※戯曲の著作権は高羽彩に帰属します。この戯曲を許可なく掲載・上演することを固く禁じます。掲載・上演に関するお問い合わせはタカハ劇団 info@takaha-gekidan.net まで、お問い合わせ下さい。


あらすじ

ここは、日東大学医学部旧館地下室。
ここに、大学関係者の中でもごく一部しかその存在を知らない『プール』が存在した。
ある日、日東大生の望月峯夫は『高額時給』の張り紙につられて地下室を訪れる。
望月が目にした光景とは……


登場人物

望月 峯夫
大学内の求人掲示を見て「支援室」を訪れた、日東大学の大学生。ちなみに文学部。
 
朝利 聡史
支援室で死体洗いのバイトをするフリーター。一番の古株。
大泉 慧
支援室で死体洗いのバイトをするフリーター。絵本作家の卵。
豊島 弘信
支援室で死体洗いのバイトをするフリーター。かつては日東大学の医学部生であったが、とある理由でドロップアウト。
神田 彰三
支援室で死体洗いのバイトをするフリーター。
 
尾白 長助
日東大学医学部卒の研修医。現在大学敷地内の大学病院で勤務中。豊島の同期。
栗田 薫
日東大学医学部卒の研修医。現在大学敷地内の大学病院で勤務中。豊島の同期。

安倍川 真希子
日東大の大学病院の患者。若年性糖尿病。糖尿病性閉塞性動脈硬化症発症。切断手術を控えている。

中村 一樹
大学から委託されてこの支援室の一切を取り仕切る人。色んな人間の仕事の手配師をしている。趣味はボランティアらしい。
 
目黒 健
大学内に出入りしている宅配便の人。中村の友人。

山田 美紗
大学の事務員。中村に金を渡しているのはこの女。


舞台

日東大学医学部形態構造医学(解剖学)等支援室分室。

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○プロローグ

日東大学医学部旧館地下一階。
形態構造医学(解剖学)等支援室分室。
崩れたような壁に囲まれた一室。背後にはうっそうと蔦が茂っている。
さらにその奥には高み。
この高みは、この部屋へ続く廊下や、外、または地下プールの縁として用 いる。
全体的に暗く、じっとりとした湿度を感じさせる。
上手には職員達のロッカーなど休憩所的なスペース。廊下へ続くドア。
下手には作業着などを洗う洗い場。
蛇口から流れる水は、床の排水溝から流れでる。
高みの壁に『高額時給!』のチラシがはってある。
流しに置かれたブリキのバケツに、したり、したり、と蛇口の水滴がしたたる音。

やがて暗闇。

蛇口をひねる音がし、激しく水が流れでる。
明転。
男1が一心不乱に手を洗っている。といってもその手はゴム製の手袋でおおわれてる。
胴付きゴム長靴の上にフード付きのゴム製上着を着、顔にはガスマスクを装着している。
男1の背後から声がかかる。

男2「済んだ?」

男1、驚き一瞬静止するが、静かに振り向く。
作業着の腹部には血がべっとりと付いている。

男1 「うん…」

男1疲れているのか、うなだれながらマスクを取ろうとする。
高みを望月が通り過ぎ、下手のチラシに目をとめ、壁からはがし取る。
暗転。


○1.作業準備室兼、休憩所

舞台に望月が所在なさげに立っている。
しばらく立っている。
廊下から声。
望月ちょいビビる。あたふたしつつも結局元の感じで佇む。
廊下を、話しながら尾白と大泉が横切る。

尾白 「だから、ウチらが使う死体ってのは基本三年ものなわけ」
大泉 「はい」
尾白 「血管から薬入れて、」
大泉 「はい」
尾白 「こう、薬しみこませた脱脂綿?」
大泉 「はい」
尾白 「あちがうわ、ガーゼだ。ガーゼでこうぴたーっとまいてさぁ」
大泉 「(ドア開け、誰にともなく)はよーざいまーす」

大泉、尾白、部屋に入ってくる。
大泉、望月に気づくが、曖昧に会釈するだけ。
尾白は早々と椅子に座り、大泉は荷物を置いたり、仕事の仕度。

尾白 「まあそんで色々してだ、あとはこう、じぃーっと待ってるわけ、順番を。ほぼ三年」
大泉 「うわー」
尾白 「どうよ。(ちょっと誇らしげに)」
大泉 「どうなんですかねー」

尾白部屋を見回し

尾白 「なんだひろさんまだ来てないの?」
大泉 「(さして確かめもせず)あー、みたいですねぇ。(望月に)こんにちわぁ」
望月 「ああ、はい…あの…。(チラシを見せる)」
大泉 「(チラシをみて)あー!もしかして新しいバイトの人?佐伯さんのかわりの」
尾白 「(おざなりに)あー新しいバイト?どーもー」
望月 「いや、あの、」
大泉 「よろしくでーす」
尾白 「(望月の事は気にせず)でね、待ってるわけ」
大泉 「ああ」
尾白 「解剖学教室で他の死体解剖してる俺たちをさ、こう、じーっと見てるわけよ。(いびつな感じで立って)こんなよ」
大泉 「立ってるの?!」
尾白 「立ってるの!」
大泉 「どこに?」
尾白 「こんな(部屋にあるロッカーを示し)ロッカーに」
大泉 「ロッカーなの?」
尾白 「ロッカーなの!」
大泉 「うわー」
尾白 「どうよこんな死後」
大泉 「最悪ですよ」
尾白 「医学の発展に貢献しませんか?」
大泉 「ないですって」
尾白 「なんでよ」
大泉 「いやですよー。だってロッカーでしょ?」
尾白 「いや、ロッカーじゃないよ?厳密にはこういうロッカーみたいな、」

豊島やってくる。

豊島 「おはよー」
大泉 「あ、おはようございまーす」
尾白 「おーひろさーん!」
豊島 「…(無視)」
尾白 「おいなんだよ、露骨だなーそれ」
豊島 「…なにやってんだよ」
尾白 「仕事だよ仕事。(大泉に)ねー?」
大泉 「(聞いてない。望月に)こういう仕事、初めてですよね?」
望月 「え、ああ…」
大泉 「頑張ってくださいねー」
尾白 「(大泉にも無視されるので)なんだよ」

その隙に豊島、着替えスペースへ。

尾白 「なんだよー」

廊下を歩いて朝利がやってくる。

朝利 「はよー」
大泉 「あおはようございまーす」

朝利、一歩歩いたとたん、

朝利 「あ、最悪だ今日永遠に足の関節が鳴り続ける日だ」

朝利、片足をあげて足首をくるくる回す。
顔を近づけて耳を澄ませる大泉。

大泉 「あーほんとだー」
尾白 「なんだよそれ」
朝利 「(尾白を見て)暇な研修医だなー」
尾白 「優秀といってくれ。あ、そだそだ、これはーい」

茶封筒を朝利に渡す。
中には札が入っている。朝利黙ってそれを数え、

朝利 「どーもー」
尾白 「慧ちゃんも、はい」
大泉 「わーい、やったー」

望月、驚きつつも、興奮。求人広告を見直したりして。
朝利、望月に気づきちょっと驚く。

朝利 「おわ、びっくりしたー」
尾白 「あー、なんか新しいバイトの人だってよ?」
朝利 「え!あ、なんだ、まじで?(さりげなく封筒をしまう)」
尾白 「(望月に)なんだよね?」
望月 「(起立)宜しくお願いします!!」
尾白 「あの、誰だっけ、ホラいたじゃん、バイトの、さ、」
朝利 「佐伯?」
尾白 「そー佐伯のかわり」
朝利 「あ、まじで?今日から?もう細かい話とか通ってるよね?なんかいきなり重労働だけど大丈夫?」
望月 「いや!(大丈夫、の意)」
朝利 「ほんとに困ってるのね今日!人が全然足りなくて!」
望月 「はい!」
朝利 「うち、ガンッガン人がいなくなるからさー、今日みたいな日はほんと困っちゃうわけ。先月いた人が、あれ、いない!みたいな」
望月 「はあ!」
朝利 「たのむよー、がんばってね。てか、尾白さんも手伝ってってくださいよ今日」
尾白 「やだよ、なんでだよ」
朝利 「ええ?暇でしょ?」
尾白 「ばか、忙しいよ。(テーブルの上にある漫画を読みながら)」
大泉 「仕事しにきたんでしょー?」
尾白 「(茶封筒を示し)仕事しに来たでしょ~?」
朝利 「あーもう最悪だ。虚弱体質に磨きがかかる」
尾白 「いいでしょ、新しい人入ったんだから」
朝利 「ああ、そうだ。(望月に)何君?何さん?」
望月 「望月です」
朝利 「望月さん。なに、今日来いって言われた?」
望月 「や、なにも」
朝利 「あー、そう。まあ、一番大変な日が初日ってのも良いんじゃない?逆に後が楽だから」

豊島出てくる。
入れ替えで大泉はいる。

朝利 「なんだ、来てたんですか」
豊島 「うん」
朝利 「ほら新しい人」
豊島 「宜しく」
望月 「俺まだ面接とかしてないんすけど…」
朝利 「面接?面接なんてしないから。しました?」
豊島 「いや」
朝利 「うん」
望月 「あー…マジすか」
朝利 「ん?」
望月 「ああ、じゃあ、おれ、これ採用ってことで良いんですかね」
朝利 「全然(そうでしょ。の意)」
望月 「(ホッとして)そうですか。お給料って毎回手渡しで」
朝利 「うん、そうだよ」
望月 「へー!(尾白に媚びて会釈)」
尾白 「?」
朝利 「事務の山田さんておばさんがね、毎回手渡しでドーンと!」
望月 「え?あ、ああ」
朝利 「前は?何のバイトやってたの?」
望月 「あー、そこのマックで」
朝利 「え、じゃあもしかしてここの?」
望月 「はい」
朝利 「あたまいーんだねー」
望月 「いや…」
朝利 「豊島さんと尾白さんの後輩なんだ」
尾白 「ああ?学部は?」
望月 「文学部です」
尾白 「ああ、じゃあ全然わかんねーな」
豊島 「おまえ、もういいから戻れよ」
尾白 「ああ?」
豊島 「仕事始まるんだからさ」
尾白 「俺だって仕事だよ」
豊島 「今日中村さん達来るぞ」
尾白 「俺はお前がやるっつったら帰るよ」
豊島 「俺はやんねーよ」

豊島、作業着のメンテナンス始める。
大泉、出てくる。

朝利 「今日、着替えとかもってる?」
望月 「すいませんなにも…」
朝利 「いやいや、(自分のロッカーをあさり)たぶん俺のねー替えがあるはずなんだよね」
望月 「なんか持ってきた方がよかったですか?」
朝利 「んーまあそのままでも大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど、(まだ探してる)」
豊島 「着替えたほうがいいよ。私服に匂いついちゃうから」
望月 「匂い」

下手のドアが開きゴム製の作業着で身を包んだ神田が現れる。
強烈な薬品臭に思わず顔をしかめる望月。

豊島 「こういう」
朝利 「おはようございます」

神田、ガスマスクをはずす。
〈作業着の処理方法…ガスマスク→顔につけていた面を軽く水で洗い流し霧吹きに入っているアルコールを吹きかけ、所定の位置にかける。
上着と胴付きゴム長靴→流し場で着たまま水でじゃぶじゃぶ洗い、脱いだら内側にアルコールをかける。大雑把な人はそのまま吹きかけるし、几帳面な人は一度ひっくり返してかけたりもする。所定の位置にかける。
ゴム手袋→捨てる。〉

神田 「うん。(作業着洗ったりしながら)」
朝利 「早いですね」
神田 「みんな遅いよ…」
朝利 「良いじゃないですか、これでいいか…(望月に着替えを渡してやる)」
望月 「あ、有難うございます」
朝利 「待たせてるわけじゃないんですから」
神田 「うーん…」
朝利 「そこで着替えちゃって」
望月 「はい。(着替えスペースへ)」
神田 「新しい人?」
朝利 「えーとなんだっけ」
大泉 「望月君?」
朝利 「望月君。始まる前に彼にちょこちょこ教えてあげてくださいよ」
神田 「いや、でも時間が…」
朝利 「薬だって、まだ来てないんだし」
神田 「みんな遅いよ…」
朝利 「神田さんだって大泉が教えるより自分が教えたほうがいいって思うでしょ?」
大泉 「ええ?」
神田 「今日は結局何人?」
朝利 「ここにいるのと、(尾白を見る)」
尾白 「(手で×マーク)」
朝利 「…。あと中村さんですかね」
神田 「あの子ダメだったんだね」
朝利 「佐伯さん?」
神田 「うん」
朝利 「全然。ね、今日から働いてもらったほうがいいでしょ?」
神田 「…」

望月が出てくる。

神田 「はい(ガスマスクを望月に渡す)」
望月 「…」
神田 「身長は?170くらい?」
望月 「あ、はい」
朝利 「(神田に)あざーす」
神田 「(何着かある作業着から選んで)じゃあこれ着て」
望月 「あの…」
神田 「薬の入れ替え始まっちゃう前に一通り教えちゃうから」
望月 「あ、ああ、はい。(慌てて着る)」
朝利 「似合う似合う」

神田再びガスマスクを付け、作業棒を持つ。

望月 「(朝利に)あの…単純作業、ですよね」
朝利 「単純単純」

下手のドアに消えていく望月と神田。
入れ替わりで、中村と山田が上手のドアから現れる。

中村 「おはよー」
朝利・大泉 「おはようございまーす」
中村 「あー、尾白ちゃん、また遊びに来てるのー?」
尾白 「ああ、どうも…」
中村 「だったらちょっとは手伝ってってくれないかな。君だってねぇ、世話になってるんだから」
尾白 「(若干動揺して)え?やだな、全然世話になんてなってないッスよ」
中村 「ひろーい意味でよ?ひろーい意味で」
尾白 「はぁ…」

山田、ちっちゃい金庫のようなものと書類をテーブルの上に広げている。

山田 「大泉さん」
大泉 「はい。(山田の前へ座る)」

金庫の中には、大量の札が、束でなくザックリ入っている。
山田何枚か札を数え大泉に渡し、

中村 「(尾白に)バイトの子がさ、またいなくなっちゃって大変なのよー。ねえ?」
大泉 「(自分の鞄から印鑑を探しながら)あ、新しいバイトの人来てましたよ」
山田 「これ枚数確認したらここに判子貰える?」
大泉 「あ、はーい」
中村 「え?」
大泉 「(机の上に置きっぱなしになっていたチラシを中村に渡し)ほら。広告なんていつから始めたんですか?ウチらこの仕事見つけるの超大変だったのにーねえ?」
中村 「これ違うよ…」
大泉 「え?」
中村 「ウチは僕のツテでしか…人とらないもん。広告なんてうたないよ」
朝利 「え?」
中村 「その人今どこ?」

朝利、下手のドアをさす。
舞台奥から望月の叫び声。

大泉 「え、これ違うんですか?!うそ!」
中村 「そんな、こんな広告出すわけ無いだろ!」
朝利 「ええ?(広告のぞき込んで)」
中村 「あ~!」

下手ドアから神田が駆け込んでくる。

神田 「あの!」
中村 「大変?」
神田 「はい!」
中村 「やっぱり!」
神田 「望月君驚いてマスクとっちゃって!」
朝利 「ええ!!」
中村 「ちょっと!」
朝利 「はい!」

神田、朝利、大泉、豊島ガスマスクを付けて下手ドアへ。

中村 「医者でしょ!頼むよ!」
尾白 「ええ?」
中村 「早く!」

尾白も後に続く。

中村 「困るよこういうの…」
山田 「だって人足りてないんでしょ?」
中村 「そうだけどさぁ、こういうやり方は…」

山田金庫の中の金をわしづかみにして中村に押しつける。

山田 「前金で六百万、もらってるんだよね」

中村黙ってその金を自分のポケットに入れる。
むせるわ嘔吐するわで大変なことになっている望月をかかえて、神田、朝利、大泉、豊島、尾白戻ってくる。

尾白 「水水!水かけろ!」

流しまで望月を運んでいってホースで顔に水ぶっかける。
望月むせて大変。

尾白 「ほら!ちゃんと目ぇあけろ!」

目を洗い流してやってる。
望月、支えている朝利と神田を振り払い、

望月 「…!!…!」

何か言おうとするがむせてしまう。

尾白 「ほら、口開けろよ!」

口に勢いよく水を流し込む。
望月むせる。

望月 「死体!あれ死体ですか!!プールに浮かんでるの全部!!」

望月ふたたびむせる。今度は自分で、ホースを口に持って行く。

山田 「大泉さん」
大泉 「あ、はい」
山田 「お金」
大泉 「ああ…」

大泉、山田から金をうけとる。
それを見ている望月。

中村 「君ダメだよ、マスクとっちゃ。ホルムアルデヒドは揮発性の猛毒なんだよー」
望月 「…」
山田 「朝利さん」
朝利 「はい」
山田 「これ、今日の分です。金額確認したらここに判子ください」
朝利 「はい。(紙幣を数える)」
望月 「…」
中村 「あのー、まあね、いわゆる死体洗いのバイトって言うのが、僕らの仕事なんだよね。なれれば、結構良い仕事だと思うけどね、うん。君さえよければ」
山田 「望月さん」
望月 「…」
山田 「これ、今日の分です。金額確認したらここに判子ください」
中村 「どうする?」
望月 「やります」

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