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ココアは甘いはずなのに(note de ショート #14)

「ねえ、リコ」
 
 僕は隣に座ってノートパソコンで作業しているリコに聞いた。
 
「なに?」

 視線はディスプレイを見ながら、リコは耳だけをこちらに傾ける仕草をした。

「このココアさ、甘くない」

「ん? 甘いよね?!」

「いや、『甘くない?』じゃなくて、甘くない」

 いつも飲むココアはとても甘いのに、さっき入れたココアは何故か甘くなかった。

「え、甘くない?」

 リコは初めてこちらを見た。クリっとしてキラキラした瞳。少し茶色がかった長い髪の毛を後ろでくくり、馬のしっぽみたいになってる。まるでリスみたい。かわいい。いつもリコはかわいい。ココアが甘くないことが、一瞬どうでもよくなる。

「だって、いつものココアだよ。ユータが『甘いねー』って言ってる、いつものあれ」

 ちょっとだけ低い、柔らかな可愛いリコの声で言われると、甘くなくていいかと思いそうになる。

「そうなんだ?! いつものやつから変えたのかと思ったよ。同じなんだね」

「うん。同じだよ」

 そうかー。ココア味の風味の濃厚さは同じなんだけれど、なぜか甘さだけあまりない。

「そうかー。ま、いいか」

「ちょっと飲ませて」

 リコが僕の方に体を向けてきたので、僕はリコにマグカップを渡した。リコはそのマグカップを底から両手で持った。僕の使うマグカップは大きくリコの手は小さいので、リコはいつもこんな風に、両手でマグカップを抱える。リコはココアをコクっとひと口飲んだ。

「ん、甘いよー」

「え、そう?」

「うん。いつもとおんなじだよ」

「そっかー」

「うん」

「ユータ、何か食べた?」

「いや、食べてないよ」

「ほんとー? 知ってんだよ、わたし。たまに隠れて、コンビニの一口スイーツ食べてるの」

「え? 知ってたの?!」

「ユータが『ダイエットするー』って言うから、家にスイーツを持ち込まないようにしてたのに、この前ゴミを捨てようと思ったら、スイーツのラッピングが入ってたから、あれーっ? て思って」

 「あれーっ?」というリコの言い方がかわいい。でもそれを言ったら怒られるので。

「あ、たまーにね。たまに。甘いものが欲しくなってさ。基本的にダイエットは続行中だよ。成果出てきてるよね?」

 リコは少し離れて、僕の上半身をじーっと見た。

「そーだねー、うん。その調子だねっ」

 リコは笑顔で言った。僕はもう一回ココアを飲んでみた。やっぱり甘くなかった。

「じゃ、そろそろ行こうか」

僕はリコに言った。

「うんっ」

と、リコは笑顔で返事をしてくれた。

 昨日の夜に、しばらく行ってなかった古着屋に行こうとリコと盛り上がった。春めいて暖かくなってきたし、ぷらぷら散歩がてら行くのはいいよね、と。その古着屋のスタッフは、愛想はいいけれど無理に商品を勧めてはこないし、そういう雰囲気も出さない。こちらが話かけたら話をするし、話かけない時に客を観察し過ぎて無言の圧をかけてくるなんてこともない。広すぎない店内ということもあって、たくさん服を持ってる友だちの部屋とか、どこかの屋根裏部屋のような感じだった。店の名前は「attic」と名付けられてた。

「あ、リコちゃん!いらっしゃいー。ユータくんも」

「クーミさん!」

 リコはこの店の店長のクミさんを呼ぶ時、なぜか「クーミさん」と伸ばす。

「今日は1人なんですか?」

 店内を見回すと、いつもは2人で店をまわすのに、今日はクミさんだけだった。

「そーなの。シフトに穴開いちゃって。て言うか、わたしが組むの間違えただけ(笑)」

 クミさんはそう言って、大きく口を開けて笑った。こういう笑い方をしても下品にならないのがクミさんだ。

「クーミさん、今日の服もかわいー」

 リコはそう言って、クミさんの服の袖を摘んだ。白くモコモコしたニットのセーターに、色が落ちたフレアデニム。クミさんみたいに身長が高くないと、なかなか似合わないコーデだ。

「ありがとー」

 クミさんはそう言った。

「わたしもクーミさんみたいに高かったらなー」

 身長が150センチのそこそこのリコは、クミさんを見るといつもそう言う。

「リコちゃん、かわいいわよー。 『おんなのこ』って感じがしてとても羨ましい」

「デニムのロングスカートとか、ブーツカットのパンツとか穿いても、クーミさんみたいにカッコよくなんないもん」

「わたしだって、リコちゃんがやってるようなガーリーなコーデ、全く似合わないよ(笑)」

 お互いを羨ましがるこの感じが女性の会話だなーと思いつつ、僕は話を聞いていた。2人が正直に話をしているのを知ってるから、聞いていて悪い気はしない。男同士ではなかなかこうはならないなー。褒めるってことを、男性ももっと自然にできたほうがいいのかも。

「クミさんのそのパンツ、この前も穿いてましたよね?!」

 僕は見覚えがあったような気がした。

「いや、これ今日初めて穿くよ」

「えっ? そうなんですか?」

「うん。このまえ買ったばかり」

「前見たやつと似てるなー」

「前にユータくんが見たやつは、もっとフレアが開いてなかったと思う」

「そうかも... 。色味が似てるから同じやつかなーと」

「確かに色味は似てたかもしんないねー。でも違うやつ」

 思い出してみると、前にクミさんが穿いていた印象は、もう少しシャープなシルエットだったように思う。

「ファッションはちょっと変えるだけで印象が変わるし、そこが楽しいんだよね」

 クミさんはニコっと笑ってそう言った。

「クーミさん、わたしこれにするー」

 リコがベージュのカーディガンを持ってきた。

「あ、これ、メチャいい! 仕入れで入ってきた時、すぐ目に止まったもん」

「クミさん、ほんと上手いですね(笑)」

 僕は感心してそう言った。

「上手くないよー。本心から正直に言ってるだけ。正直すぎて怒られることの方が多いよ(笑)」

 置いてある品物のセンスの良さと、このクミさんのざっくばらんな感じが本当に心地良い。

「クーミさんありがとう!また来ますー」

「リコちゃんユータくん、ありがとー!」

 店を出てリコと手をつないで、家までの道のりをプラプラ歩いた。ポカポカ暖かい陽差しがいかにも春で、まわりの景色は、ピンク色のかすみがかかっているような気がした。リコは繋いだ手をブンブンと大きく振って、笑顔で楽しそうだった。僕はそれを見ているだけで嬉しくなった。


 家に戻って、何か飲み物が欲しくなった。そういや、さっき飲んだココアが甘くなかったのは何でだろう?

「ココア飲む?」

 僕はリコに聞いた。

「うん、飲む!」

「でも、甘くないかも」

「ユータ、さっき言ってたよね」

「うん」

 2人でキッチンに来て、どちらともなくココアを入れようとしていた。

「これ。これを入れたんだよなー」

 リコはその袋を見て、キョトンとしていた。

「ユータ、これ入れたの?」

「うん」

「ユータ、これココアパウダーだよ」

「えっ?」

「ココアじゃないよ。似てるけど、ちがうやつ」

「え、ちがうの?」

「うん。私がお菓子を作ろうと思って買ったやつだよ」

「ココアパウダーって甘いんじゃないの?」

「甘くないよ。お菓子に混ぜたりお菓子の上に振ったりするから、あんまり甘くないよ。ほら、トリュフチョコレートとかによく振ってあるじゃん」

「えー、そうなんだー」

「これ飲んでも、甘くないよ(笑)」

 リコはニコニコ笑った。

「なにげにおっちょこちょいなユータらしいね(笑)」

「でもさー、リコが飲んだ時、甘いって言ったじゃん」

「あー、あのとき、直前まであまーいチョコレート食べてた(笑)」

「そーなんだ(笑)」

 僕たちはキッチンで顔を見合わせて笑った。

〈書き終わってから、久しぶりにUAさんの「ミルクティー」を聴いたら、僕の見ていた世界観とあまりに近くてびっくり。ショートストーリーのタイトルを「ミルクティー」にすればよかった(笑)〉


〈このエピソードの他にも、「note de ショート」というシリーズで2000文字〜8000文字程度で色々なジャンルのショートストーリー(時にエッセイぽいもの)を、月10話くらいのペースで書いていますので、よろしければお読みください。〉


 

 

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