学ぶに暇あらずと言う者は、暇ありといえどもまた学ぶこと能わず(准南子)
学ぶに暇あらずと言う者は、暇ありといえどもまた学ぶこと能わず(准南子)
前漢の武帝の頃、淮南王劉安(紀元前179年 - 紀元前122年)が学者を集めて編纂させた思想書。日本へはかなり古い時代から入ったため、漢音の「わいなんし」ではなく、呉音で「えなんじ」と読むのが一般的である。『淮南鴻烈』(わいなんこうれつ)ともいう。劉安・蘇非・李尚・伍被らが著作した。
大学を出た時は、駅前の一等地に大きなビルを構える大規模予備校に勤務しようと思った。そのビルは勝者の証に見え、そこには輝かしい未来があると信じたからだ。そして、念願がかなって大規模予備校に勤務することになったが、すぐに失望した。
そこにいると信じた勝者の人たちの下劣な品性に気づいたからだ。確かに、大都市の駅前に一等地に構えるのは巨額の費用が必要だろう。生徒が10万人を超えるマンモス予備王だから、そこに働く人たちも多い。その人たちの給与を何がなんでも稼ぐ必要もあろう。
しかし、予備校だけでは稼ぎが足りず下は幼児から上は社会人教育まで見境なく事業を広げていく様は無責任と言わざるをえない状況だった。私は「こんなはずはない!」 と、7つの予備校・塾・専門学校を渡り歩いた。そして、働くのをやめた。実現不可能な「絶対に合格させる」といったキャッチフレーズは、ほとんどサギだと思ったのだ。
生徒にも失望した。予備校や塾がありえないキャッチフレーズを用いるのは、生徒や保護者が
「絶対に合格できる方法を教えてください」
と、強く求めるからだ。その心情は理解できるけれど、そんなものがこの世に存在するわけがない。
学校も共犯者だ。「勉強と部活の両立だ」「文武両道だ」と、99%の生徒には実行不可能な目標を叫び続ける。アメリカで教師をしたことがあるけれど、アメリカには部活など存在しないし、文武両道などというスローガンを聞いてもキョトンとするだけだろう。
多くの生徒は
「部活のせいで勉強をする時間がない」
と、言い訳ばかりする。そんな生徒は、たとえ時間があっても勉強などしない。
「学ぶに暇あらずと言う者は、暇ありといえどもまた学ぶこと能わず」
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