見出し画像

地域で、自分の希少性を作っていく

最近、農業にも手を出し、狩猟にも手を出し、釣りにも手を出し、忙しくなりすぎそうで心配になってきました。noteも始めるだなんて…You Tubeだけでもへとへと言っているのに…起業も控えているのに…

自分のキャパは分かっているつもりですが、やりたいので仕方がない。やってやろうじゃないか!という思いです。ただ、この思考に至るには、戦略的葛藤がありました。

僕は、地域で希少性のある人材になりたい、と考えています。物の価値は、ほとんどと言っていいほど希少性で決まります。需要が高く、供給が低い物ほど、価値が高いのは当たり前です。それは地域人材にも当てはまると思っていて、希少性のある人材ほど必要とされます。では、地域で希少性がある人材とは、どのような人物なのでしょう。結論から言うと、それは「全員」だと思います。

そもそも、僕が地域に移住を決めた理由として、住むだけで希少性があるから、というものがありました。東京で住んだところで、しょせん僕は1,400万人のうちの1人です。全く目立たないどころか、いてもいなくても変わらない存在です。東京では、僕は大多数のうちの一人なんです。

一方で、地域ではどうでしょう。僕が住んでいる村は、人口430人程度なので、僕は430人のうちの1人です。さらに言うと、高齢化率が約50%なので、33歳の僕は、村にとって希少性があります。

ここで、最初の話しに戻ります。地域では、みんな農業をしているし、狩猟をしているし、アユ釣りをしているし…僕は、これらのことは地域で希少性が低いから、やらないようにしていました。逆に、観光の資格を取ったり、経営の勉強をしたり、SNSで発信したり。これらをやることで、希少性を出しているつもりでした。しかし、ここで気づきます。

改めて辺りを見渡すと、農業や狩猟、アユ釣りをしている人は、みんな高齢者です。長年培ってきたであろう技術は、本当に尊敬します。しかし、年も年なので、その技術の終わりが来るのも、そう遠くないかもしれません。そう考えると、若手がその技術を受け継ぐことは、非常に価値のあることです。それが、地域おこしと言っても過言ではないと思います。

このことに気づくと、僕の考え方は誤りだったことが分かります。そもそも地域で僕は希少性があるのだから、そこで更に希少性のある人間になる必要はありません。自分がやりたいことをやるまでです。やりたい事をとにかくやってやる、という思考に方向転換しました。その結果が、やりすぎ症候群を起こしてしまっている、今です。

ここで、まとめます。

地域に移住した当初は、地域の中でも希少性のある人材になろうとして、行動を制限していました。しかし、地域での多数派は高齢者であり、その技術が途切れてしまう可能性があります。そのため、僕が地域で多数派になることは、地域の文化を残すことに繋がり、それこそは地域で希少性のある人材です。

自分の策に溺れていたことを知り、自分のキャパなんて関係ねぇ!やれるだけやってやろうやないかい!、という思考で、地域暮らしを思いっきり楽しんでやります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?