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「アイドル事務所のプロデューサーになった!」の災難。

あまりにも日常的に暇すぎるため、Nintendo Switchのゲーム「アイドルマネージャー」を購入した。

このゲームはその名の通り「アイドルのマネージャー」になるゲーム・・・ではなく「アイドル事務所のプロデューサーとなり、いかなる手段を用いてでもアイドル業界でのし上がっていく」ことに重きを置いた珍しいタイプのアイドル育成経営シュミュレーションゲームだ。

アイドルのオーデションに始まり、営業、レッスン、CD作成、フォーメーション、歌詞はもちろん、お決まり事であるアイドル同士のごたごた、スキャンダル、SNSの炎上・・・等々、数々のトラブルに見舞われつつも、それを上手く乗り越え、アイドル事務所の運営と彼女たちの成功を目指していくことがこのゲームの主な目的となっている。

何やら、その過激かつリアリティな内容が一部のアイドルファンにウケ、絶大な人気を得ているそうである。
余談ではあるが、自分の育て上げたアイドルと結婚するだって可能なんだとか。


ゲームを開始するとさっそくこのゲームの要となる「アイドルグループのオーデション」を開催することになった。

オーディションは着々と進み、ルックス重視でお馴染みの私のお眼鏡に叶った3人の女の子を無事に合格させると、次はいよいよ彼女たちの命とも言える「アイドルグループ名」をつけることに。

残念なことに私のアイドル知識は”加護&辻”が所属していた頃のモーニング娘。で止まっているため、近頃のアイドル事情はまったくと言っていいほどわからないのだが、”新しい学校のリーダーズ”や”BISH”といった「奇抜で個性的なアイドルが流行っている」という情報は耳にしたことがある。
もはや、アイドルは”可愛さ”だけではやっていけないのだ。
個性やユーモア、つまり”可愛さ+α”が必要になっているのだろう。

私は考え抜いた。

ここまできたら自分の子供に名前をつけるようなものだ。
ゲームと言えど、いい加減な名前を命名することはできない。

考えに考え、寝る間も惜しみ考え抜いた末。
私は眠り眼でペンを持つと、ノートの片隅にこう書いた。

「親指de目潰し」

そう、彼女たちを「親指de目潰し」と名付けることにしたのだ。
キャッチコピーは「アイ(目)にいけるアイドル」である。
意味とかは自分でもよくわからない。
しかし、この世には意味も成さないアイドルグループなんてごまんといるのだ。
今更、細かいことを気にしてもしょうがないのである。

グループ名を決めると次は「デビューシングル」の作成に取り掛からなければいけない。

モーニング娘。のデビュー曲が「モーニングコーヒー」であったように、やはりデビューシングルはアイドルグループ名にちなんだほうが良いだろう。

こちらも考えに考えた末に「親指からアイlove you☆」と命名した。
言うまでもないだろうが、アイと目がかかっているという抜群にセンスの良いネーミングとなっているのだ。

その他、諸々を決めると「このデビューシングルを何枚刷るか?」という大人の話になった。

今後、我らがアイドル事務所の大黒柱となる「親指de目潰し」の初陣だ。
ここは、彼女たちに少しでも自信をつけてもらうためにも弱気なことは言っていられないだろう。

ここに至るまでの間、彼女たちの努力は並大抵のものではなかった。

毎日深夜に渡るレッスン、営業、そしてファンとの交流、SNSの更新・・・。
彼女たちに「休み」なんて言葉は存在すらしなかったのだ。

「彼女たちの頑張りを私はずっと見てきた・・・彼女たちならば・・必ずや売れる!」

私は右手に決意の握り拳を作ると「5000枚」を刷ることをスタッフに指示した。
本当は10000枚を刷ってやりたかったのだが、まだまだ弱小事務所である我々の城。
残念なことに10000枚を刷るような大金は持ち合わせていないのだ。

そして、いよいよ待ちに待ったデビューシングルの発売日となった。
この発売日に至るまで各所への宣伝はバッチリ行った。
聞いた話によるとグループ名やデビューシングル名のインパクトによってネット上を大いに騒がせているんだとか。
いや、これからはネットだけではない。
間違いなくデビューシングルはオリコンチャートすらも大いに騒がせることになるだろう。

私は一人、笑みを浮かべた。

事務所の片隅に目をやると緊張しながら売り上げの発表を待つ彼女たち3人の姿が目に入った。

私は彼女たちに近寄り、肩にポンと手を置くとこう言った。

「さあて、一緒に見届けようぜ・・・伝説の始まりを」と。

彼女たちの肩からスッと力が抜けていくのがわかった。
そして3人の目には薄っすらと光るものがあったのだった・・・。

いよいよ運命の売り上げ発表の瞬間になった。

売り上げ枚数が発表されると、事務所スタッフ全員から驚きの声が上がった。

売り上げは・・・なんと驚異の”38枚”であった。

「え・・・38ま・・・おい、お前らバカ!親族に1人100枚ずつ買えってちゃんと言ったのかよ!!?」

私の怒号が事務所の隅々まで響き渡ったのは言うまでもない。
怖ろしいことにデビューシングルから4962枚もの在庫を抱えることになってしまった我々。

それからというものアイドル事務所の経営は大きく傾き、いつからか彼女たちの目から生気という生気が消えはて、レッスンにも力がまったく入らないようになっていった。
社員たちも心なしか元気がない。

それから融資に頼りながらもどうにか踏ん張っていたものの、事務所は爆発的な赤字により、とうとう倒産となった。

これにより「親指de目潰し」も事実上の解散だ。

私は事務所にある私物をまとめる彼女たちに声をかけることもできなかった。

彼女たちは荷物をまとめ終わると、私の前にやってきて一礼をして、手紙を渡すとそそくさと事務所から去っていったのだった。

まったく、あれだけ可愛がってやったのに最後は素っ気ないもんだ。

私は重いため息を吐くと静かに渡された手紙を開いた。

ぱらり。

そこにはこう書いてあった。

「本当は、あなたに”I love you”」

ったく、あの生意気なガキたちめ。
気づくと、私は大粒の涙を流していたのであった。
どうやら涙という名の”目潰し”をくらってしまったようだ。

わずか数か月でありながらもインパクトを残した彼女たち「親指de目潰し」

そんな彼女たちが数十年後、アイドルオタクたちの間で「伝説の幻アイドル」と言われ始めるのはまだまだ先のことであった・・・。


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