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「価格が高くて売りづらい」と営業が言い出したら

皆さんが発明した新しいビジネスアイデアやプロダクトも、事業の成長とともに市場が形成され、競合も増え、次第に受注率が低下しだす局面が訪れます。そんなとき営業から上がってくるのが「競合と比較して価格が高くなっていて売りづらい」という声です。

この声を真に受けて、脊髄反射で値下げや商談時のディスカウントをし出してはいけません。本記事では、この典型的なシチュエーションを通じて価格戦略のエッセンスを解説していきたいと思います。

階層型価格設計に見る価格戦略のエッセンス

以下はセールスフォース社の代表的プロダクト”Sales Cloud”の価格表です(2022年8月2日現在)。

このような段階的に複数のプランを提供する形式を「階層型価格設計(Tiered Pricing)と呼びます。

この価格表に記載されている情報から、以下の通り4つのエッセンス(赤字部分)を抽出し、一つ一つ解説していきます。

①Segment(提供プラン)

1つ目のエッセンスはセグメント(提供プラン)です。
皆さんが提供するプロダクトが誰を対象としているのか、それをペルソナとして記述したものです。

同社の例では例えば以下のように記載されています。

Essentials
シンプルに始められる、ユーザー数10名までのCRM

セールスフォース社のSales Cloudは営業支援を目的ととしたプロダクトのため、営業に携わる人数が10名以下の小規模な企業を一つのセグメントとして定義していることがわかります。これ以外にも価格表を見る限り4つのセグメントを定義し、提供機能や価格を区別しているということがわかります。

②Packaging(提供機能の組み合わせ)

2つ目のエッセンスはパッケージングです。これは提供する機能の組み合わせを意味しています。

ここで大事なのは、セグメント毎に提供する機能の組み合わせを差別する場合があるということです。セールスフォース社ではユーザ規模(=組織の規模)に応じてセグメントを4つに分けていますが、各セグメントでニーズが異なることが想定されます。その個々のニーズを満たすための機能の組み合わせは自ずと異なります。そのため、セグメント毎に提供機能の組み合わせを最適化する必要があります。これは提供価値の最適化に他ならず、プライシングを検討する上で非常に重要な論点となります。

単純に機能のリストを充実させればよいわけではなく、

  • この組み合わせだからこそ、この価値を提供できる

  • この機能(コア機能)が提供されるから、このポジショニング(上位プラン)を選択する

といった問いに明確な解を持つことが重要です。

③Price(価格)

セグメントとセグメント毎のニーズを満たす機能の組み合わせ(=パッケージング)を決定したら、それぞれのセグメントに対していくらで提供するのか、つまり価格を検討します。パッケージングはすなわち提供価値の最適化とお伝えしましたが、提供価値に見合った納得感のある価格を設定することが肝要です。これが「Value-Based Pricingが最良である」と語られる根拠となっています(Value-Based Pricingについては別の機会に詳述したいと思います)。

④Value Metrics(価値指標)

最後のエッセンスはバリューメトリクス(価値指標)です。

セールスフォース社の例では、営業組織全体が同じプロセス、同じプラットフォームに従って効率よく業務を遂行し、管理することを理想としています。そのため、同社のプラットフォームに依存するユーザが増えていけば行くほど、ユーザ企業として最適な営業組織を運営することができるようになり、セールスフォース社の収益も拡大していきます。このようにユーザ価値と提供企業の収益が連動して増大していくような変数をバリューメトリクスと呼びます。

セグメントをいくつかに分解する際、バリューメトリクスの値が増加するに従ってより上位のセグメントに移行していくような設計になっていると、自然にアップセルが狙えるようになります。セールスフォース社の場合、セールスフォースを活用することで顧客の事業が成長し、営業組織が拡大していくと、ユーザ数が増加し、上位プランへのアップグレードが必要になります。顧客企業としても同社ツールが成長を支援していると感じるからこそ、ユーザ数の増加に従って上位プランにアップグレードすることに納得してくれることでしょう。

このように、自社プロダクトにとってバリューメトリクスが何かを特定することはとても重要なことです。これに失敗すると思うようにエクスパンションが実現されず、NRRが低下する要因ともなりうることに注意しましょう。

「競合と比較して価格が高くなっていて売りづらい」という声への回答

ここまでプライシングにおいて重要な4つのエッセンスを実際の価格表に基づきご紹介してきました。

ここで冒頭の営業の声に戻りましょう。

「競合と比較して価格が高くなっていて売りづらい」

「価格が高い」というのは、上記エッセンスのうち「Price」のことを指摘されていると捉えるのが普通でしょう。しかし考えるべきはそこだけではありません。

見込み客がなぜ皆さんのプロダクトを「高い」と感じるのかというと、多くの場合、何かと比較して「高い」と言っています。何に比較しているかは「競合プロダクト」であったり、「代替ソリューション」であったり、様々です。

いずれにせよ、他の選択肢との比較の中で「高い」と感じられているとしたら、問題なのは「他の選択肢と価値に差がない」と評価されているということです。

競合プロダクトも当然のように想定顧客(セグメント)と、彼らに対する提供価値(パッケージング)を模索しています。皆さんが想定するセグメントとパッケージングの組み合わせが競合他社と比べて差がないとしたら、「プロダクトの独自性が損なわれている」あるいは「独自価値が伝わっていない」ことが想定されます。

ここで皆さんが取り組むべきは、以下を検証することです。

  1. 自社プロダクトは誰にどのような独自価値を提供しているのか

  2. それは今も独自価値として機能しているか(他社に追随されていないか)

  3. 独自価値を提供するためのコア機能および機能の組み合わせは適切か

これらの問いに明確に応えることができない場合、やるべきことは値下げではなく、プロダクト価値の見直しと強化です。これをせずに安易に値下げをしてしまうと、価格競争のカオスに身を投じる事になります。値下げしたところで価値に差がないことには変わりが無く、大幅な受注率改善にはつながりません。値下げの効果で一時的に受注率は改善するかもしれませんが、LTVが確実に低下するためユニットエコノミクスは低下します。その中で独自価値を提供する新しいプレイヤーに市場を乗っ取られてしまうのが関の山です。

また、プロダクト価値があるにも関わらず見込客に正しく伝わっていない場合、価格表におけるセグメントとパッケージの組み合わせが最適でない可能性があります。バリューメトリクスを正確に見極め、それに沿っていくつかのセグメントを再定義し、各セグメントに対して提供すべき価値とそれを実現する機能の組み合わせを再検証しましょう。

これらを検討してなお打ち手がなく売上が停滞する場合、競合の価格を参考に、値下げを含めた価格の最適化を検討するのが適切な順番です。

プライシングの要諦とは

これまで見てきたように、プライシングの要諦は上記4つのエッセンスを一つ一つ検討し、全体の整合が取れた料金表を作ることにあります。
今回は営業の声をきっかけに価格を見直すアプローチを取り上げましたが、新規プロダクトの初めての料金表を作る際も考えるポイント(エッセンス)は同じです。

セグメントの捉え方、提供価値の定義と機能への落とし込みなど、一つ一つにまた深い議論がありますが、それらはまた別の記事で詳述していきたいと思います。

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