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(10)続、教え子の成長が齎すもの

空港からの道中は降っていた雨も、あがった。

子どもたちは庭に出て、カブトムシとノコギリクワガタの巣箱を清掃する、2人の小学生の手の動きに注目している。
兄弟達の異母兄に当たる30過ぎのサッカー選手達が飼っていた昆虫の23年目、23世代の子孫にあたる甲虫たちだ。アユミの娘、蒼と翠の姉妹は、スズムシの卵が孵化して、透き通った色をした23世代の幼体の入ったケースを眺めている。姉妹はスズムシ等の秋の音色を奏でる虫達には関心があっても、幼虫期から常に戦う事を求められる甲虫には、何の関心も抱いていなかった。

「ダイチ、リアム、みんなをお願いね」
野菜の収穫に畑に向かう3人の母親が、2人の小学生にそれぞれ声を掛ける。人型ロボットのジュリア達も居るので心配はないのだが、子供たちの年長者である2人に声を届ける意味があった。
三世代目の児童の代表者としての意識を小学1年生の2人に持たせようとしていた。嘗て父親が火垂と歩の同じ年の異母兄弟に、弟と妹の面倒を見る責任感を植え付けたのと同じように。

実際、子供たちが夢中になっている昆虫の飼育を手がけているのはジュリア達なのだが、ヒトの子供たちの「思いつき」や「群れのリーダー」達の年長者としての自尊心が「飼育ケースの清掃」と「昆虫生育環境の改善」という、極めて突発的で衝動的な行動に出ているに過ぎない、とジュリア達のAIは認識していた。
子供達から特に質問をされなければ、アドバイスをする事も無く、ただ黙って作業を見ているフリをしている。実際は子供達一人一人の挙動と発言を絶えず分析し、群れから独立する子は誰が早いか予想し、群れの中でも劣っていると分析した児童には、どういった内容の学習プログラムを提供すべきか、案を幾つか練る。最終的に各児童がどの学習プログラムを採用するのかは両親が決定し、ロボット達は決定したプログラム通りに実行する。そして途中経過からAIの視点でレポートを作成し、両親へ報告する。
第三者から見れば単なる子守役であり護衛にしか見えないのだが、モリ家の大人たちが考案した教育方針に基づいたAIとなっている。
3名の、世界でも名の知られたITエンジニアが母親に含まれているのもプラスに作用した。
「男性遺伝子の極めて強い大家族」で「多くのデータが集められる児童数が好ましい」と母親たちが判断し、大勢の異母兄弟を父親に求めた理由の一つが育児用AIの開発なのだが、両親達の本音は肉欲に塗れたものだった。

多勢に無勢で母親たちに押し切られたように始まった家族計画ではあったが、父親にとっては欲求のはけ口とも言えるような状況となり、本音では歓迎し、受け入れている。
しかし、あまり本音を口にしない父親であり、夫だった。営業マンから始まり、教師、政治家と職を変える日々の中で己の本音を隠す能力を知らず知らずの内に身に付けていた。確かに3つとも本音と建前を使いこなす偽善的な職種だけに、上辺の面構えを活かしながら「本音」をオブラートにくるみ続ける術を得る事にモリは成功していた。

例を上げるなら、分かりやすい方が良いだろう。余り好ましい例えではないが、妻たちも自分と同様に歳を取り、老いてゆく。
幾ら美しかろうが、ヒトは経年劣化してゆく事実から避ける事は出来ない。それはヒトに限らず、栄枯盛衰があらゆる場面で起こり、職種、業界でも浮き沈みが生じる。

これはベネズエラ国内の戸籍を改竄して、合法的な一夫多妻制度を採り入れたモリ家の内部を念頭に置いたケースとなる。先ず端的に言うと、夫の中では妻達、子供達が複数存在すると順位付けが必ず生じる。
もし順位なるものを、夫であり父親が一度口にすれば、モリ家は崩壊するかもしれない。

仮に、夫が年輩者を軽んじて若い娘達ばかり相手にすれば、問題が直ぐに勃発するのは誰でも容易に想像できる。モリ家のケースではベネズエラで孤児の女性を複数受け入れた後、懸念材料となる「差異」を生んでしまう。
具体的には、モリをベネズエラに根付かせる為に孤児たちが妹や親類を連れてくるようになった。中南米諸国の政治家達が、やはりモリを中南米に繋ぎ止める為に宴席を設けて、各国の女優や歌手を紹介し続けるのも一度や二度ではない。
公の場なので世界中に報道されると、「捨てられる可能性」を想像した孤児達が、限られた駒を使って背伸びを始めてしまう。

女優や歌手といったハニートラップまがいの籠絡劇を回避する事は出来たとしても、悲劇の渦中にあった孤児達をおいそれと追い出す訳にもいかない。同じ空間に居続ければ情も移り、結果的に籠絡されてしまう。男などそんなものでしかない。

ベネズエラ人女性と夫との間で生じた差異を日本人妻と養女は何故か理解してしまう。日本でモリを追い込んだ環境と大同小異だからだ。
「未亡人は良くても、孤児は駄目」と妻たちが本音では言いたくても、言えない。
しかし、差異が拡大すると妻達も穏やかではなくなる。ベネズエラ人の内縁の妻が増え、ハーフの児童が増加し始めると加齢してゆく妻達は、次第に警戒するようになる。
そして自分よりは若い娘を、絶えずベネズエラに送り込み、モリに付きまとわせようと画策するようになる。

大統領筆頭補佐官だった杏が妊娠して帰国すると、母親たちは玲子とあゆみを交代要員として要請してきた。夫は育児用AI開発ともども受け入れざるを得ない。
クドいようだが、受け入れ側の本音は明らかに歓迎していた
・・そして、場面は五箇山に戻る。
ーーー
ベネズエラ製AIを最近まで使っていた母親の杏は、
「エリア内に何人の児童が居て、どのロボットが誰と誰を常時監視するか役割分担している」のをスマホで確認してから、玲子と自分の長男に声を掛けると、玲子とあゆみと連れ立って、ムラの小道を歩き出す。

残暑の厳しい横浜に比べて湿度の低い五箇山の気候に、ホッとする。この土地で自分達がモリ家の一員として加わった自分史 的な想いも多分に加味しているのかもしれない。

「樹里とサッちゃんの迎えの車はもう出発したのよね?」
今朝、富山空港から乗ってきたマイクロバスが駐車場に無いので、前を歩いている玲子が隣のあゆみに声を掛ける。

「うん。さっき確認したら神通川沿いの国道を上流に向かってた。そろそろ着くんじゃないかな」住民登録名は祖母の旧姓を名乗っているアユミが応えると、玲子が笑みを返した。

3人は長靴に背負子を背負って砂利道を歩いてゆく。隣の田では青い稲穂が風で一定方向に揺れては戻っている。玲子と杏は順調に生育している「富山米・ふふふ」を見て満足する。
玲子は「今年も豊作だ」と思い、杏の場合は「採れたてのお米をサンマで食べるぞー」と、少々食い意地が張ったものとなる。妊婦だから・・なのかもしれないが。

最盛期を迎える秋茄子と終盤となりつつあるトマトときゅうりを収穫しようと、側道で立ち話をしてから3人が畑に入ると、畝に廃棄した茶葉に集って捕食しているダンゴムシが一斉に動いて逃げ出す。                   
本来なら害虫とされているダンゴムシの有効活用を見出したのはロボット達だった。富山市、金沢市の喫茶店や飲料メーカーが廃棄する茶葉やコーヒーがらを集めて、農地に散布したりして活用している。コーヒーのがらは畜産で出る排泄物に枯葉や落ち葉と混ぜて消臭、活性炭代わりに活用して堆肥作りをしている。この堆肥づくりの場所の側にクヌギの木があれば、カブトムシには格好の産卵場所となる。紅茶や緑茶の茶葉はダンゴムシの好物だ。ダンゴムシが害虫認定されているのは農産物の葉を食べてしまうのだが、キャベツやレタス等の球体になる葉物以外の野菜を除けば、茶葉のカスを好んで食べる。中南米・アフリカの沿岸部では海藻を作物の間に敷き詰めると、海藻に夢中になって作物には手を出さない。

中南米・アフリカの虫やミミズは日本のものより大型なので、一時は国産のダンゴムシとミミズの輸出量が増大したほどだった。

ダンゴムシが茶葉を食べて、そのフンが肥料となる。土中ではミミズが土壌を更に豊かなものにしてゆく。家庭菜園レベルでは、クズ野菜も廃棄しておくとダンゴムシも味の変化が楽しめるのか、食べて分解してゆく。わざわざ肥料を買わずに済む。
五箇山のこの集落の田畑は全てモリ家で買い取ったので、創業事業でもある所有する喫茶チェーン店の茶葉やコーヒーかすを活用している。

「杏ちゃんは茄子を採ってね。お腹に触るといけないから、上の方になっているモノだけ取るんだよ。座り込んだり、前かがみにならないようにしてね」
去年の今頃は臨月だったアユミが、野菜の中でも軽い茄子の採取を指示しながら、まだたわわに実るトマトの方へ向かうと、アユミの行き先を見た玲子は、キュウリの方へ向かった。
秋茄子の栽培エリアでぽつんと取り残された杏は、「そう言えば、妊婦姿で農作業するのは初めてではないだろうか?」と回想し始める。

「アユミはどんな細かな事でも記憶している子だが、まさか、私の前の妊娠期間まで把握していないよね?」と思いながら、背負子を背から下ろす。採ったナスを入れる小さな採取箱とハサミを背負子の中から取り出して作業を始めようとしたのだが、そこで再び思い悩んでしまう。トマトとキュウリに比べれば、ナスの苗の背丈は低い。

「どうしても前かがみになっちゃうな。仕方ない、始めるか・・」と杏が思っていると、バギータイプのロボットがやってくるではないか。

「まさか!」と思っていたら、杏の前で止まって「どうぞ、お乗りください」と宣った。

「さすが、平良農場だね。ロボットさん達が優秀すぎる!ありがとう!」と杏が言うと、

ロボットは無言だったが、杏がシートに座ると苗ごとに移動して停車を繰り返してゆく。杏は座ったまま手の届く範囲で茄子を取り続ける。

作業をしながら杏は想像する。
昨年はサチも妊娠していたので、あゆみと2人でAIを調整したのではないか、と。
「最強のエンジニア達の手に掛かれば、こんなのお手の物だよね」と杏が呟くと、

「ものの数分だったでしょうか・・あ、調整作業を私達に施したのはスワン・ファイブです」とバギーロボットが応えた。
娘達は年齢順に番号でAIに管理されており、アユミが「5」杏は「2」で、玲子は「1」となる。近隣の飛騨地方に出張中の2人は高校のクラスメート同士で、サチは「3」、杏の実妹の樹里が「4」となる。日本を離れてフィリピン国籍を取得後下院議員になった綾乃が「6」としてAI上で管理されている。

「そのナンバーファイブの名前で、クイーン・ワンが党首になっちゃってるのは、どうなんだろう?」とフィリピン社会党を思い出す杏だった。

フィリピンでは7聖人と呼ばれだしており、蛍ママは中南米軍からはセブンス・ワンのコードネームが付けられたようだ。妻や娘のカテゴリーがグチャグチャになりつつあるモリ家では、政治家のコード付けの方がスッキリしていいのかもしれない 
ーーー

地下7千メートルに拡がる空間を、2人の経営者が息を呑んで見つめていた。

ナイターの試合で使われている照明が空間全体を照らすことが出来ずに、周囲の岩盤だけを照らしている。空間中央は薄ぼんやりとしているが、2人の養父が見たなら、老眼の為にただの漆黒の空間かブラックホールのように見えた・・かもしれない。

空間の巨大さが目につくのも、そこかしこで作業をしている20mと5mサイズのモビルスーツがとても小さく見え、比較対象物のようになって空間全体がジオラマ模型のようだった。
強化コンクリートの5倍の強度を持つ飛騨片麻岩で構成される岩盤層を持つ神岡の地中は、断層の多い日本では珍しく強固な地盤で構成されている。地震源にならず、能登半島、新潟、濃尾平野といった断層地帯や震源地から離れており、周辺が大きく揺れたとしても、分厚い片麻岩の岩盤層が一帯の震度を軽減する。

かつては日本最高峰だった国立大学が、地下千メートルに「カミオカンデ」なる施設を作り、あらゆる物質をすり抜けると言われるニュートリノの解析に取り組んでいた。地下千メートルに施設を作ったのも、地盤の耐震性を評価したからだ。 

その後、人型ロボットのリモート利用による火星での探索、研究活動が始まり、ニュートリノ等惑星爆発により生じるとされている物質の研究は火星で行われる様になった。火星上での研究活動は各国科学者の共同体制で行われるようになり、カミオカンデ、スーパーカミオカンデと2世代続いた研究施設は、その役割を終えている。

令和日本政府は震災などで首都機能が被害を被った際に、機能存続するための施設を何処に置くべきか極秘理に検討し、富山、岐阜の旧県境となる神岡市を選定し、臨時首相官邸、合同庁舎などで構成される地下防災都市の建設を始めていた。

マスコミや住民には知られないように、地上にはダミーとなる施設を同時に建造している。
サハラ砂漠や月面基地で使われている、チタン製の太陽光自家発電密封型倉庫「コロニー」を並べて太陽光発電を行い、政府、防衛省向けデータセンター棟の建設に始まって、A5肉で全国的にも知られている飛騨牛、ホルスタイン種等の乳牛飼育宿舎を建設し、周辺の耕作放棄地を牧草地や農地に変えて、牛達の放牧も行う。国道 41号線の道の駅「神岡」と神岡と富山市内の地場のスーパーで、牛乳、ヨーグルト、チーズ、アイス等の販売を行い、ソフトクリーム、飛騨牛カレー、飛騨牛バーガーを道の駅や市内の飲食店でメニューとして加える計画だ。
農林水産省ブランドの初の商品となるので、霞が関の各省庁合同庁舎、国会議事堂内のコンビニ、赤坂、虎ノ門界隈のスーパーでも購入出来るよう進めている。合同庁舎と国会内の食堂の牛肉と乳製品は農水省ブランドで統一されるようになるかもしれない。

農水省ブランドが実現できるのも、牛の生育、乳製品製造の一切をAIと人型ロボットが司るので人手を必要としないのと、商品のパッケージ製造や梱包、商品流通の一切合切を半官半民のプルシアンブルー社の流通子会社PB Grocery社のプライベートブランド商品扱いとして委託するので、役人は関与する必要がない。寧ろ農水省 畜産担当部門の研究対象となり、役人達の畜産への理解度が具体的なものとなると期待されている。

コロニー建設とデータセンター内のAIとシステムはベネズエラ企業Gray Equipment社が、牧畜と乳製品製造は日本のプルシアンブルー社が入札受注したが、受注額が公表されたのは「うわモノ分」だけとなる。それ以外の極秘プロジェクト全てを半官半民企業であるプルシアンブルーのグループ会社が指名入札で受注したのも情報漏洩を警戒した為だ。
地下7千メートルで地下都市の建設が行われているとは誰も気付かないように作業が進められている。財源は各省庁の財テク部門が稼いだ兆円単位の資金を投入しているのだが、プロジェクトの機密上、費用総額は伏せられている。
上モノのデータセンター棟や牛の施設は内閣官房機密費から捻出され、政府広報オンラインで公表されているが、地下都市の費用は極秘扱いとなっていた。

上モノのダミー事業を知ったマスコミも、そして国民も情報を寛容に受け入れる。国家の年度予算と防衛費減額を実現した政府、各省庁がそれぞれ財テクに取り組んでいる背景を明かされている。税金が一切使われていない事業であり、表向きになった情報は全て優良事業であると見なされ、文句を言う者は誰もいなかった。

建設工事を請負った企業の親会社の幹部2名は、建設会社の幹部達と共に、資材運搬用エレベーターを何度も乗り換えて、7千メートル頭上の地上に到着した。「大深度地下」を最も実感したのが、実はエレベーターだったというオチとなった。難工事、プロジェクトX的な事業である以前に、ただ「深さ」ばかり痛感した視察となった。

地中深く降りる前に降っていた雨が止んで、今は陽が差していた。9月になったばかりの日差しは強かった。
地上で建設中のコロニーの視察に向かう建設子会社の社長たちと分かれて、樹里とサチは履いていたローカットの登山靴からビーサンに履き替える。地下の床の浸水だったのか、湧き水だったのか、水に気づかずに濡してしまった。靴自体は防水性があったのだが、踝から浸水してあまりの冷たさに2人共叫んでしまった程だった。子会社の幹部達のように長靴にしておけばよかったと後悔したものだ。    
牧場見学中の2人の子供たちと児童引率役の日本製人型ロボット、サクラと合流する。

リーダー役のロボットがサチに近づくと、モリ家のマイクロバスが既に駐車場で待機しているのを告げる。一行はこの後、山を越えた先にある富山南砺市の金森元首相の生家へ向かう。

五箇山から迎えに来たマイクロバスに乗り込む。ベネズエラ製人型ロボット・ジュリアの運転で、国道41号線を北上し、旧富山県境を目指す。

戦後の第一次経済成長期に日本各地で公害が起きたが、先程見た神岡市の鉱山が引き起こし、車窓の隣に見える神通川に鉱毒が流れ込み、下流域の富山市を中心にイタイイタイ病が拡がった。
湾内の汚染された魚や神通川流域で栽培している富山米や農作物中に鉱毒が含まれており、人的被害が広がった。歴史の皮肉とも言えるが鉱山が閉ざされた後で神岡一帯に広がる厚い地盤層が知られるようになり、嘗ての東大と現在の日本政府がエリア一帯の耐震性に注目した。

神岡の過去の歴史は好ましいものではなかったが、カミオカンデから始まった土地の有効活用は、新たに大深度地下に広がる緊急の首都機能を備えた防災都市として生まれ変わろうとしている。メディアが伝えるのは「国内で最も耐震性を誇るデータセンター建設」「畜産業国家プロジェクトのテスト地」といった、ダミーモデルが報じられるだけなのだが。

時代時代で役割が変わる不可思議さを、車の後部座席でサチは考えていた。

ーーー

「極秘プロジェクトはどんなだった?」

五箇山の家に1時間の乗車で到着して、茶飲み話が始まった早々から、家庭内で情報漏洩が浸透している実態が露呈していた。実の姉の問いに呆れながら、プルシアンブルー社 副会長職の樹里が答える。

「私、ヤマトを思い出した。宇宙戦艦のアニメの方よ・・。ガミラスが放射能をたっぷり含んだ遊星爆弾を投下中の地球、地下都市そのものだって思った。ヤマト世代のオジサマ達には・・変なところで盛り上がるのを避けたかったから、ヤマトは持ち出さなかったけどね」

妹の樹里の呆けた表情に、杏が笑う。
ちょうど大和と信濃が東京湾内を航行している最中で、一部の層が盛り上がっている最中にアニメを持ち出して、その場の話題を組み立てようとする妹に姉は呆れる。

「この子は幾つになってもこのまんま。いかなる場でもマウント取り続けるんだろうな」と思いながら。この場に玲子という絶対的なエースであり、リーダーが居ても、それでも自分が話題の中心に成りたがろうとする。そんな協調性に欠ける面があるので、社長職にはあまり向かない。
それ故に、特定の部下を持たさずに単独でグイグイと動き回る会長役には打ってつけ・・だった。

「見た目はどうあれ、先生より一回りは若いハズ。子会社とは言え、同僚社員をオジサマ呼ばわりだなんて、なんか樹里らしくないぞ」

一緒に地下に降りた社長のサチが、副会長の樹里を茶化す。
30代の副会長と社長と言うのが未だにイレギュラーとされている時代なので、2人は年輩者を軽んじるのは止めようと結束してきた経緯がある。しかし、身内だから樹里は本音を口にする。だからこそ姉妹たちは、イジりやすい樹里をからかいたくなる。

「先生は連中よりずっと若いもん。男はやっぱり、見た目よ。3高は最低限保証されてて、その上、とんでもないイケメンで髪もフサフサ。おまけに、夜もあっちも凄い」

「あんた、まるで先生以外の男を知ってるような口ぶりじゃない?」
実姉からのツッコミを聞かなかったような素振りのまま、次男で3歳の樹を抱き上げる。
長男より次男の方が父親に似ている。とは言え、他人から見ても4人の子供達は「違和感なし、本当の兄弟みたい」と羨まれるほど、良く似ているのだが。

「樹里がさ、ローテーションから抜けたら秩序が齎されるだろうな。私達には良い話だよね?」

何のローテーションなのか説明を省くが、リーダー役の玲子が辛辣な視線を樹里に注ぎながら宣うと、姉の杏が調子に乗った。

「そだね。ルール違反の常習犯で、疲れている大統領に夜這を掛けるのはコイツしか居ないからね。あとはパメラ・ティフィンくらいかな?」
似てる似てると周囲が茶化す。

「ちょっと。夜這だなんて子どもたちの前で失礼じゃない。それと、ルールを破ったって言っても、アユミとサッちゃんの「会」に友情出演で参加する位だよ。それってルール違反でも何でもないじゃないの」

「あれえ、おっかしいなぁ。「ちょっとだけ良い?」って、樹里が忍び込んで来るのは毎度なんですけど・・暗闇でも樹里だって分かる位、すっごく乱れちゃうの。こっちが興醒めしちゃうくらい」

「あ〜、なんだ玲ちゃんとあゆみもなんだぁ。樹里がね、「一人じゃ身が保たないから、助けあおうよ」っていうから、仕方なく受け入れてたんだけど・・先生に「また2人なの?」って最近言われちゃってねぇ」サチが樹里との友情を薄情なまでに切り捨てる。

「サッちゃんにまで・・裏切られるとは・・くっ、殺せ!」

玲子と杏、そして幸が真顔で樹里を囲いこむ。

各人で身に覚えがあるものを含めれば、かなりの頻度であり、数回どころの話ではない・・とは言うものの、養女達が集まれば毎度のように繰り返される寸劇であり、余興の一つに過ぎない。

ひとり、あゆみだけが片手でお腹を抱えて笑い続けて、一方の手でソファーをバシバシ叩いていた。

ーーー

「玲子さんの銀行、今は欧州の方が忙しいんでしょう?社長をほっぽり出して、大丈夫なのかしら?あゆみちゃんだって、下の子は1っ歳にもなってないでしょう?」

「パシフィックバンクは欧州本部の台湾人社長に任せちゃうので大丈夫なんだそうです。玲子ったら・・まぁ、あゆみちゃんもですけど、4人目を作る気なんでしょうね。娘っ子達はそれぞれが5人産むのを目標にしてるらしいです。サッちゃんも綾乃ちゃんもですよね?」

平壌政府で外相、国防相を担当する櫻田が、柳井純子前首相の問いに答えながら最後はサチと綾乃の母である幸乃に話を振る。

「そうみたいね・・娘たちの子供だけで30人になっちゃうプランなんだけど、本当にそうなったら、あの人はどうするのかしらね。異母兄弟50人超えは確実でしょうね・・」

「私も負けないように頑張らないと」
46歳になった櫻田が決意をしたような生真面目な顔をして答えるので、医師でもある幸乃が驚く。まさか櫻田が迎合するとは思わなかった。
確かに翔子と里子は51で3人目を、正妻の蛍は50で5人目を産んだ。幸乃の妹の志乃も40代の総決算として第4子を産む気でいる。40年代になり高齢出産が当然となったとは言え、モリ家の夫人達は競争しているかのようにモリの子を生んできた・・。

モリとの間で子宝に恵まれなかった幸乃は、櫻田の発言を羨みながらも決断する。前夫との間の次女である綾乃に、まずは3人目を産んでもらおうと。

ーーー
北朝鮮・新浦港の中南米軍ドッグに到着すると、海上自衛隊では憲法上「護衛艦」カテゴリーの扱いとなっていた一般的な軍では「強襲揚陸艦」となるミニ空母とヘリ空母の2艦が停泊している。佐世保基地でメンテナンスされ、高麗軍に帰属となる。他にも海自のイージス艦やディーゼル潜水艦、フリゲート艦5隻がメンテナンス終了次第、北朝鮮で新設される海軍の艦船となる。

ミニ空母からベネズエラ国防相のタニアと、北朝鮮を含める東アジアのベネズエラ大使に就任するパメラ・ティフィン前科学技術省副大臣がタラップから手を振りながら降りてくる。

「えっ?なんで2人が出雲から降りてくるの?」
手を振りながらも、柳井が櫻田に答えを求める。しかし「ちょっと待ってて下さい。スミマセン」と、この先の展開を察した櫻田が何故か両足で踏ん張り始めた。ダッシュで駆け下りて来たパメラが櫻田の胸に飛び込んでゆくのを、幸乃が笑い、柳井は呆然と見送る。
櫻田の後任者でもあるタニアはタラップをゆっくりと下りながら、右手を後頭部に廻してドックの桟橋上の出来事に苦笑いをしている。

柳井純子は2人がパイロットスーツを着ている事に気がついた。「まさか、出雲の甲板に着陸したのかしら?」と幸乃に問いかけると、
パメラが次は前ベネズエラ厚労大臣の幸乃に抱きついていて離れようとしない。

「初めまして、ヤナイさん、モリ・ サチノさん。ベネズエラ外相と国防相を兼務しているタニア・ボクシッチです。お会いできて光栄です。また、我が国政府へのお二方のご参加に厚く御礼申し上げます」と敬礼してから握手を求めてきた。幸乃はパメラが抱きついたままなので、右手を伸ばしてタニアと握手して英語で挨拶を交わしている。そう、第二次モリ政権からベネズエラ大統領府の共通言語は国連と同じで英語となっていた。

「丁度、2時間前ですがご子息様とサカモト首相と、東京湾上でご挨拶して参りました。目的はパメラ・・彼女の大使就任の初顔合わせです」

タニアが柳井に言うのだが、柳井には何がなんだかさっぱり分からない。

「東京湾? 二時間前ですって・・」 

「つい先程まで、ベネズエラから海自にレンタルした大和と空母信濃のメディア向け訓練を東京湾でやってたんです。タニアはライセンス持ってますから信濃にタッチダウンしたんです。どうせ、あなたが操縦してたんでしょう、タニア?」

「Sure」とタニアが櫻田に向かって頷く。

そういや、そんなイベントがあったっけな、と柳井が思い出す。

「空母に着艦出来るのね。信濃なら甲板広いけど、この出雲だと自衛隊でも限られたパイロットにしか出来ないって聞いていたんですけど・・タニアさんって実は凄いパイロットなの?」パメラから解放された幸乃がタニアに尋ねる。

「シナノには普通に着艦しましたが、超音速機の重量ではイズモにタッチダウンできません。新型機だから着艦できたのです。どうです?デッキに上って機体を確認して見ませんか?」

タニアが説明を終える前に、櫻田が先行してパメラが追いかけながらタラップを駆け上がり始めていた。
ドッグ上に残された格好になった3人と護衛役の女性自衛官2人は、タニアに先導されながらタラップをゆっくりと登り始めてゆく。

些細な事だが、出雲は海上自衛隊艦として就航し、北朝鮮にレンタルされたミニ空母だ。故に、ベネズエラの大臣に紹介される艦ではない。

(つづく)

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