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(11) 新旧枢軸国のせめぎ合い

ハワイ・オワフ島に滞在中の娘との交信を終えて、庭に出る。               ルソン島のモリ家の敷地に月面やサハラ砂漠等で建設され、使われているチタン製の植物栽培施設が4棟置かれている。その内の1棟を室内プールとして利用している。植物栽培プラントの大きさは25mx15mのサイズで、日本の学校で常設されているプールよりも横幅が数メートル長くなる。大半の子どもたちが小学生に満たない年格好なので、満たされる水も浅く設定されている。毎日、プールの水は入れ替えられる。夕刻になれば、ロボット達が庭や畑にプールの水を撒き、カラになるとキレイに拭き取られて、再び浄水を満たしてゆく。プールを満たす水も含めて、モリ邸では近所のアンモニア製造工場から水を引いている。 

アンモニア製造工場は2種類の製造方法を採用している。一つがサマリウムを触媒として電気で水分解し、水からアンモニアを抽出する方法となる。水分解の元となる水は、スービック湾から組み上げた海水が浄化プラントで濾過され、純水が残る。もう一つのアンモニアの製造方法は、海水に溶け込んだ二酸化炭素を異なるプラント装置を介して抽出する。このプラント装置は、二酸化炭素抽出と同時に塩分等の海水成分も濾過され、純水だけを残す。この2つの浄水プラントから吐き出される膨大な水を、アンモニア製造工場はスービック市の水道局に提供している。アンモニア製造工場を経営する者の特権を主張して、工場からダイレクトに水道管を引いて、この無償の純水を使っている・・と、あまり公にできない事情がある。

アンモニア製造過程の副産物を水道局に提供するだけでなく、ペットボトルに入れてミネラルウォーターとして販売した方がいいとヴェロニカは主張したのだが、あまりこの国で儲けなくとも良いだろう、という判断になったようだ。     

ドイツに居るモリの3男のアユムが、中東の王族達にこのチタン製の栽培棟を売り込んでいるという。アンモニア製造工場と海水浄水プラントもセットにして、売り込んでいる。砂漠に並べて施設の目的通りに野菜栽培に使っても良いし、モリ家のように敷地内に並べて、室内プールや空調の効いた子ども部屋、プレイルームとして利用する。チタンで密封されるので遮音性も優れている。モリ家では1棟を音楽スタジオとして使っており、今は彩乃とあゆみと玲子が篭って、新曲の録音中だった。 1棟は雨天時と暑い日中時の子供達の遊び場として利用している。もう一棟がモリ家の女性陣が「溜まり場」と呼んでいる建屋だ。遮音能力の高さと空調設備を活かして、週末の夜はモリを引き入れて楽しんでいる。この手の話には消極的な玲子の提案だと知って驚いたが、アラブの王族はこんな使い方は流石にしないだろうと、オトナの悪企みに参加したヴェロニカは、一人、苦笑いしていた。    

自然電力と浄水がふんだんに有れば、熱帯圏でもこれだけ快適な暮らしが可能になるのだと改めて理解した。 モリ家の凄い所は自分達でも使って見て、改善点を見出してゆく姿勢が家族中に浸透している点だろう。決して学者任せ、開発設計者任せにしないで、各自で利用しながらアイディアを出し合う。モリ自身がその種の発想の持ち主なので、周囲が自然と感化されてしまったのだろう。尤も、ベネズエラチームはAIが開発を担っているから、容易に変更改善が出来るのだが。

プールとして利用している施設に入ると、プールサイドでロボットと共に子供達を監視している義父と目があった。上着を脱いで準備運動を始めると、更に視線を感じる。想定した通りの反応が得られて、ほくそ笑みながらも、視線を我が子の方に向ける。浮き輪で浮かぶセイラと弟のキャスバルが従兄弟たちに混じって戯れている。笑顔の対象が子供達だと誤魔化して、義父に悟られぬようにしてみせる。               イタリアの2月に比べればよっぽど快適な日々だった。学校が冬休みになったら、また子供たちを連れてまた来ようと思いながらプールサイドに座り、ゆっくりと、でも義父の視線を気にしながら、優雅に入水する。セイラとキャスバルはここでもアユミの子、アオとスイと居る。母親が来ても、素知らぬ顔をしてお構いなしで遊んでいる。仲間に加えて貰えないので、仕方がなく、義父の前まで泳いで行く。平泳ぎから背泳ぎに変えて近づいてゆくと胸に視線を注いでいるのがはっきりと分かる。悪い気はしない、誰かさんの為のビキニなのだから・・              

「お孫さん達、ハワイでも男性人からモテモテみたい」

「だから 止めとけって言ったんだ・・」義父が心の底から心配するような顔をするので、笑う。自身のプライベートは奔放なくせに、孫に近付く男には警戒する・・祖父としての、当然の反応でもあるのだが・・    

「あの子達なら安心よ、まだ異性を求めて行動する年頃でもないし・・」       

「そんなのは、分からんぞ。好みの男が近寄って来れば、コロッと靡いてしまうもんさ」    その3人から、異性として見られているのに気付かない義父が自分の基準でモノを言う・・そりゃあね、パパに迫られたら、大抵の女は簡単に墜ちちゃうだろうけど・・でも、現役ジゴロの1/4の遺伝子を持った孫達だ、異性が靡くのも仕方がない。更に金を持っているのが分かってしまうのか、昨日は4組の犯罪集団が牽制し合いながら、娘達にアプローチする機会を伺っていた。犯罪集団と言うと、義父が余計な心配をするので言わないが・・    

「何でも母親に開け透けに話す娘でよかったね・・何時までバカ正直に話してくれるのかは分からないけどさ」
腰に両手を当てて胸を張る姿は、70代になろうとする男性のソレでは無い。50代に差し掛かろうとしている夫と、兄弟なのではないか?と錯覚する程だ。

入り口の扉が空いて、元首相達に付き添って街に買い物に出ていた杏と樹里の姉妹がワンピースの水着を着て入ってきた。あれ?あなた達、ワンピースなの?とヴェロニカが姉妹に向けて意外そうな顔をしながら首を傾けると、姉妹はビキニ姿のヴェロニカを見て、指を指して笑い始めた。姉妹にはこちらの思惑がバレたらしい・・ 

ーーー                     中南米軍が要人警護で利用している衛星監視システムを、ベネズエラ観光省の元大臣とスタッフが応用した簡易モデルを作成した。志乃 国土交通観光大臣のアイディアを姪の彩乃がシステムとして具現化した警備システムは、ベネズエラの国営ホテルRedStar HotelとPacific Hotelの宿泊客向けのサービスとして、運用されている。太平洋に展開しているPacific Hotel経営責任者のヴェロニカも、システム開発の段階から積極的に関与した。今、現在も、モリ家の上空をドローンが旋回している。家の周囲の人の動き、車両の動きを映像解析しながら、ゆったりと浮遊して監視を続けている。邸宅警備の場合は若干レベルが上がる。近所の交通量や決まった車両のデータ、通りを行き交う人々のデータを日々蓄積してゆく。今まで走ったことのない車両や人物が該当エリアで確認されると「差異」として認識され、AIがフォロー対象に認定する。フォロー対象の人や車両が邸宅に近づいてくると、警備ロボットのアンジェリーナに瞬時に連絡され、保護対象となるモリ家の人々のバックアップ体制を各ロボット間で構築する。同時に邸宅の周辺を担当するバギーロボットが「フォロー対象」と認定された人や車両に近づき、映像と共に監視体制に意向する。ホテルの宿泊客の場合は、宿泊客が外出する際にドローンが宿泊客の上空を舞い、宿泊客に対して視線を何度も向ける人物や、ゆっくりと近づく車両に注目し、警戒態勢へと転じてゆく。  

ハワイ・オワフ島滞在中の、モリの孫娘のケースを参考にすると、娘たちに視線を注ぐ集団が初日だけで3組確認できた。AIに蓄積された履歴データから、好ましくない集団なのか、前科者を含む集団なのか、それとも単に異性に関心を持つ一般者なのか、AIが画像を補正してクリアーな映像に修正した後で、顔の表情、口の動きで発言内容を絞り込み、犯罪者の膨大な傾向データと照らし合わせながら、彼らが取ろうとしている行動の分析に取り掛かる。都度、対象者の目の動きや顔の表情と挙動を見て、娘達に対する関心の度合を推し量りながら分析してしてゆく。一般的に、これから悪事を働こうと企んでいる人物は、総じて落ち着きが無くなり、頭上を除いて絶えず周囲を警戒し、小刻みに震える等の傾向が散見される。その道のプロではなく、まだ犯行に慣れない者であれば、目を何度も閉じて、深呼吸を繰り返すなど、計画着手前の挙動不審な状態がより確認出来る。諸々の条件が重なって「要注意レベル」に跳ね上がった場合や、映像から何らかの特徴が捉えられ「前科者。好ましくない対象の人物や団体」と判断されると、ドローンが降下して、ドローンの存在自体を計画実行者に対して誇示する。前科者であれば、大抵はドローンを見て警戒する。集団や人物の映像が録画されている事をやや大きな赤ランプで知るので、大抵はここで諦めて引いてしまうようだ。
もし、特定の土地を基盤としないプロ集団が、ドローンを物ともせずに宿泊客に近付こうとする場合は、宿泊客の携帯電話にAIが連絡して警戒すべきか、警察官の居る場所までの移動をガイドするかの判断を行う。もし、周囲に観光客保護が可能な勢力が居なければ、ドローンが更に降下して、対象者に対してクラッカー音で警告し、それでも引かぬ場合はゴム弾を放って攻撃に転ずる。・・そこまで至ったケースは未だに無いので、宿泊客は誰かに見られている事すら知らずに買い物し、街を散策するらしい。  

現在スービック市街へ買い物へ出ているヴェロニカの義母一向の場合、政治家なのでレベルが格段に上がる。孫達向けと同じAIドローンの他に、衛星による監視を中南米軍のフィリピン方面部隊が行い、「警備兼 荷物持ち、運転担当」のロボットが元首相ご一向に常に帯同する。トイレであろうが、メイク室であろうがついて行く。警備ロボットのアンジェリーナは武器をボディ数カ所内に内蔵し、各種武術も極めて基本的な戦闘能力を高めており、人間の護衛よりも上回る。しかし、公務時の要人警護の場合は、中南米軍・特殊部隊の隊員が更にSPとして帯同する。周囲を絶えず警戒する表情や動き、必要以上のプレッシャーを相手に与えるのは、強面の表情が出来る人間にしかできない芸当なので、人がチームに加わることでの予防効果を高める。今回は公務では無く、市中に溶け込んで、過剰な反応を避けるので、人間の普段着と帽子を纏ったロボットだけの構成でとなっている。柳井前首相と金森元首相は、日本政府関係者の護衛強化策として、AIドローン警備の追加を、4月からの次年度予算案に計上しようと決断したようだ。
宿泊客向けの警護サービスは好評で、安心して外出が出来るので、サービスを拒む人が居ない。 日本資本のリゾートホテルが、ハワイやニューカレドニア等で宿泊する顧客向けに、採用を検討しているという。ベネズエラ資本のホテルの安全性対策に対する評価が高い、というのもある。実際に本サービスの導入により宿泊客のリピーター率も上がり、ホテルの格付けや評価も上がった。ヴェロニカが娘達を自分のホテルに宿泊させる理由がそれなりにあったのも、余計なトラブルに巻き込まれない為だ。ドローンを見て、pacific hotelの宿泊客だと察したのだろう。族と見られる輩は深追いするのを諦めて霧散したようだ。  

ーーー                  

子供の背丈に合わせた深度でも、70cmほどの水が張られている。ヴェロニカの胸を一頻り揉んだ後で、杏と樹里の姉妹は競争を始めた。急に泳ぎだしたママ達を見て、子供たちが歓声を上げる。2人共、朝トレの習慣があるので大したものだ。フィリピンに来ると朝から泳いでいるそうだ。昨夜はモリとタップリと愉しんだので、今朝は起き上がらずに運動はパスしたのだろう。洗濯物の干し場に、あの水着は無かった・・

10mほど姉妹が先行した所で構えていたモリが体を潜水させて壁をキックし、潜水したまま姉妹に追い付いていく。「潜水艦だ!」「モビルスーツだ!」と子供たちがプールサイドで騒ぎ出した。モリは25mを息継ぎなく勢い良くターンすると、そこで姉妹に追いついて追い抜いた。子供達は大騒ぎだ。 60後半の人間が、50mをノーブレスで泳ぎ切る?嘘でしょう?と思っていたら、50mもターンして、60mくらいで背泳ぎの体制で浮かび上がった。さすがは現役の戦闘機乗り、鍛え方が違うと思っていたら、本人は浮かんだまま、悔しそうな顔をして天井を睨んでいる。若い頃であればはもっと先まで潜水できたのかもしれない。  夫も含めた第一世代の子供達は、どの程度潜水出来るのだろうとふと思う。クラブのオーナーとして、プロの選手たち、個々の身体能力までは把握出来ていない事に気が付いた。 杏と樹里が浮いたままのモリを、左右で引っ張りながら、子供たちの方へ運んでゆく。父親としてカッコいい所を見せられたんだからいいじゃないと、ヴェロニカは思った。

その杏と樹里姉妹に連れられて街に出た柳井前首相と金森 鮎元首相と里子外相が、スーパーから帰ってくると、プールの隣の音楽スタジオで録音中の模様を見に行った。皆が想像していたよりも本格的な設備が揃い、売れっ子ミュージシャンの専用スタジオらしい雰囲気を醸し出していた。大臣達が入室した際はガラスで仕切られたブース内で、ロボットのアンナがドラムパートを録っていた。プロデューサーがアユミで、アレンジャーが彩乃、玲子がミキサーを弄っている。人間ではないので、突然ギャラリーが増えてもアンナは全く動ぜずに叩いている。  

娘達のバンドの印税等の収益は額面でアジア1、世界では6位にまでになり、その収益の大半を中南米諸国とアフリカ諸国のカソリック教会に献金し、孤児院の運営資金として使うように各国の宗教法人に収支報告書の提出を求めている。布施ではなく、孤児達や老人の公園清掃などの奉仕活動に当てるよう特定しているのも、ベネズエラ大統領も名を連ねているので、各国の司教達も勝手な事は出来ない牽制になっている。       本職の社長業やITエンジニアとしての多忙さが有りながらも、IAが支えてくれるので音楽活動をこなせているようだ。ロボットが叩く、迫力あるドラム音にプレッシャーを感じながらも、その音に何故か温かみを感じ、柳井純子は目頭を抑えた。AIエンジニアでもある2人の影響だと理解しつつも、ドラム演奏だけでここまで感極まった心持ちになったのは、初めてではないかと純子は思った。演奏が終わり、作曲者のクレジットがモリになっているので、純子、鮎、里子が顔を見合わせて驚く。人前ではもう演奏しないと言っていたが、こっちを始めたのかと。純子が何故ウルッと来たのか、理由が漸くわかった。

ーー                      大気圏突入ポッドの投下が週2から週5に増えた。投下されるポッド数量も100から200となった。ブラジル沖の大西洋側にも新たに投下されるようになり、パナマの太平洋沖、フィリピン海沖の計3箇所の投下ポイントに平日の毎日、ポッドが投下されている。昨年までは火星で採掘されていた鉱物が中心だったが、サマリウム以外の火星での採掘を一旦停止し、月面採掘資源を中心に変えた。幸いな事に、月は地球に対して常に同じ面を見せ続ける。地球から見えない裏側で、何が行われているのか分からない。 地球上の天体望遠鏡で月面基地での建設の状況や、中南米軍の輸送船や戦闘機・モビルスーツの訓練風景は垣間見れても、月の裏側での採掘の模様は隠せてしまう。採掘される鉱物は都合の良い事に、チタン、金、ヘリウム、各種レアメタルに加えてポッド自体を構成するタングステンとなっている。3箇所で中南米軍がポッドを回収し、それぞれの中南米軍基地に輸送後、中南米の2箇所では鉄道輸送で各国へ運び入れ、フィリピンでは海上輸送で周辺国へ出荷されている。地球外資源がベネズエラの寡占事業となり、一方で各国は地球に持ち運んでいる資源の全体像が把握できていない。唯一の指標としては、ベネズエラが世銀の宇宙資源口座にこれまで振り込んだ1.3兆ペソ、日本円で約130兆円しか分かっていない。あくまでもベネズエラの自己申告値でしかないので、投下されている資源の内訳や総量の実態が把握できずにいる。

ベネズエラは2月から世銀に預けた資金を引き出し、OneEarthに賛同する国に融資を始めている。日本向けでは、原発解体と核汚染物質の月面への輸送費用として提供、中南米向けではアメリカ北部からの移民政策費用として融資、旧フランス領ギニアの宇宙センターでの、シャトル発射台の建設の3つの事業に融資を始めている。元々がベネズエラの預金なので、各国が口出しできない。事業としても「仕方がない」と誰もが認めるものだけに、文句を言えるはずも無かった。資源自体は、中南米諸国、日本連合内で活用しているとされている。実際、鉱物が国際市場に流れれば価格変動の要因となるが、資源需要先としての中南米諸国と日本連合が国際市場で調達しなくなった影響で、需要減となった資源の価格が相対的に下がっている程度で済んでいる。 日本は4月からの防衛予算を大幅に削減して、財政面を強化する意向を見せている。ベネズエラの2040年予算も財源の1/4を国債発行の体を取り、税収の不足分を補っている。世界各国には、ベネズエラ国債は人気商品となっており、国債価格も上昇し、日本国債の2倍近くまでとなっている。しかし、国民一人あたりのGDPは日本の1/4程度となり、ベネズエラ国内の流通品価格は総じて安く抑えられている。中南米諸国のブラジル、アルゼンチン、メキシコ等の国とほぼ同じ賃金体系となっている。 

これらの動きに、地球外資源販売によるベネズエラ内への恩恵が全く見られないので、世銀に申告している数値は事実なのかもしれないと見る向きもあった。最先端の技術立国でありながら、製造業への就職者はベネズエラ労働人口1000万人の1割にも満たない。ロボットが各所で活躍しているが故という背景もあるが、20世紀の人口大国ほど、GDP総額に優位で、経済に貢献するという指標が最も当てはまらない国となった。国際基準がそもそも異なるので、ベネズエラの国力や国際間に於ける競争力が実際どの程度のものなのか、推定するしかないという状況だった。軍事力も規模も世界一とされているものの、戦闘機や空母、潜水艦といった兵器の数値の比較は出来ても、ロボットが兵力となり、ベネズエラが「建設機械」「農機具」と位置付けるモビルスーツが加わり、更に宇宙空間に於ける兵力数をどう分析していいのか分からず、米軍のX倍、人民解放軍のX倍と数値化することが出来ない。「圧倒的」「別次元」といった抽象的な表現で論じられる状況にある。       軍事大国である一方で覇権には一切関心を示さず、国防予算も日本円で7兆円としているが、防衛協定を結んだ各国からの収入は国防に留まらず、各国内の旧自衛隊病院や警備など、医療や警察の分野まで踏み込んでいるので、7兆円喉の程度までが、各国の支払い分に該当しているのか分からない。 そのベネズエラが、ブラジル・アルゼンチンと共にG20への参加を見送り、G7サミットも月面基地建設プロジェクトを理由に断ってきた。北米難民問題で国連への不信感が高まり、大使も引き上げて、国連委託金の支払いを拒否した。国連にすれば、国連軍の中核となるAI部隊を使えなくなり、ベネズエラ政府、中南米諸国連合に転籍する国連職員が後を断たない。一方で国連に対抗する姿勢を見せずに、国際レスキュー部隊や独自の国際融資制度を打ち出して、国際社会への貢献の姿勢は継続している。

昨日のグアム、サイパンへの警備請負もその一環だ。グアム政府、北マリアナ政府と会談したベネズエラのタニア外相は、中南米軍の駐留するソロモン諸島に移動し、今度は国防大臣としての視点で駐留部隊の視察を行っていた。ソロモン諸島とフィジーの旧英国連邦と、バヌアツには、プエルトリコ人、グラナダ人等の英語を母国語とする兵士で構成された部隊が駐留し、隣国のニューカレドニアには、ハイチとギニアのフランス語を常用する部隊を配備している。植民地歴のある中南米軍ならではの人事配置を用いているが、自衛隊ではここまで出来無かった。部隊の大半はロボット兵だが、将校等の役職には、同じ母国語を使う国の人々を宛がった。     

また、タニアの夫のドラガン首相が、2月から中南米軍の派遣国にベネズエラ大使を配置するようになった。ベネズエラと各国の連絡役を務めるのが、表向きの理由だが、大使は大半が元国連職員なので、政策や行政のアドバイスもすれば、ベネズエラからの無償融資の提案も請け負う。ソロモン諸島、フィジー、バヌアツにはギリシャ人のアレキサンドル・ジラルドが赴任している。

ガダルカナル島の飛行場からタニアが操舵する零式戦闘機が飛び立ち、機上から航空訓練の様を視察する。中南米軍の紫電改と隼は、旧日本軍の塗装を施さず、各パイロットが好きな様に塗装を施している。タニアが借りた機体は標準塗装のチタンの上に透明塗料を塗理、両翼には日本のトンボ、アキアカネの茶色い2本線が施されている。後席のナビ席には護衛として同行しているロボットが乗り、今はタニアの代わりに操縦桿を握っていた。

タニヤの目前でドッグファイトを繰り広げているのは、ジェット戦闘機、プロペラ機ではなく、パイロットの後部座席に居るAIロボットによって遠隔操舵されたAIドローン、小型フライトユニットだ。AIロボットによる操作は初期のテストは必要でも、継続的な訓練は本来ならば必要ではない。AIは飛行状態を「想像できる」が、人間のパイロットは実物を見ないとAIが交戦するイメージが出来ない。戦闘空域からの離脱のタイミング、敗走もしくは空域から逃げた敵機の迎撃活動など、後方で待機しているパイロットに様々な判断が求められる。言わば、人間のパイロットの為の訓練、場数を踏んで、次なるアクションを瞬時に判断できる能力を磨く為の場だった。ジェット戦闘機では一度の飛行後、メンテナンスの為に最低でも数時間は費やさねばならない。ゼロ戦等のプロペラ機はインターバルが短く済む。相手からの攻撃に対して、間髪を入れずに交戦に臨める空軍力を中南米軍は求めていた。    

防御が出来れば、仮に攻撃に転じても絶え間なく爆撃、撃墜し続ける能力を持てる。     「相手を1秒で早く、無力化する能力を兼ね備えた軍隊」中南米軍はソコを目指している。交戦が一度始まり、1ヶ月、2ヶ月と争いが長引く程、軍事費の無駄となり、国庫に重大なダメージを与えるので、短期間で事態が収束するパターンを幾つも考察し続けている。陸海の圧倒的な火砲力や迎撃システムの進化に加えて、飛び道具である戦闘機の空戦能力も昇華し続けるアイディアを絶えず考察する、その為に平日の訓練を繰り返す。 国防大臣であるタニアの発案で、実はこうなったのだが、人間のパイロットの練度を高める以外の、相乗効果も狙っている。演習風景を見ている各国の諜報員に、中南米軍のレベルの高さを知らしめるのが狙いだ。エンドレスで交戦し続ける空軍力を持つ国など、世界中の何処にもない。しかも、訓練の度に内容が改定され、洗練されてゆくのだ。バケモノを相手に誰が戦おうと考えるだろう?と言う発想だった。秘匿とされていた中南米軍の実態を垣間見せる事で抑止力となりうる、とタニアは考えた。 

英霊とされている嘗てのゼロ戦パイロットの亡霊が、玉砕の島となったこのガダルカナル島の海域で同じ名前をしたプロペラ機が飛び交い、前線で小型機が信じられない動きをし続けている様を見て、どう感じているだろうとタニアは思った。感想など聞けるはずもないのだが・・。    

本日の訓練は4チームが2手に分かれて、1時間おきに双方のチームが交代して2時間交戦し続けるという内容だった。交戦を受け持つフライトユニットが搭載している大量の仮想弾薬が、1時間で消費するプログラムが組まれている。大規模な訓練となると2時間ではなく、交代要員としてのバックアップチームを更に増やして、4時間、5時間と続けて交戦し合う。ヒトにはとても出来ない芸当だと、タニアも毎度のように感じていた。

チリでの軍事演習で夫のドラガンが冗談混じりに言った話を思い出す。           「ボスは地球人相手の交戦は想定していないのではないか。それこそ、アンドロイドを操るエイリアンからの襲来に備えているのではないか」と。交戦を見ていると、確かにそんな気もしないでもない。こんな訓練や実戦は世界中の空軍を見渡しても、過去の歴史を紐解いても出て来ない。そもそも、燃料タンクを落としてドッグファイトを始めたら、30分でタマ切れ、燃料切れとなるのが地球上の戦闘機だ。中南米機のように1時間ぶっ続けはとてもではないが出来ない。 後方の支援機が交代しても、前線で交戦中のドローン機は暫く交戦を続ける事が出来る。もしくは、応援部隊のようにドローン機を一時的に増やして、空戦を継続させながら、弾切れ、燃料切れとなったドローンが支援部隊に援護されながら、戦闘空域から離脱してゆく。 これを絶え間なく繰り返せば、確かにいつまでも交戦し続ける事が出来る・・  

「アンドロイドを操る、異星人か・・」   

「エイリアン、ですって?」

後席のジュリアがタニヤの発言に反応してきたので、笑う。他の空軍にすれば、中南米軍はエイリアン部隊に見えるのかもしれない、と考えて、ふと口から漏れた。タニアは笑い返すしかなかった。

訓練を終えてタニヤが首都ホアニラに戻り、ソロモン政府の主催する晩餐会に参加していた時だ。津波注意報が南太平洋全域に発令された。ソロモン諸島の東に位置するクック諸島に属するマニヒキ島の火山が爆発したという。レバノン人のタニヤは知る由もなかったが、2021年にトンガのフアパイ火山が火山性爆発を伴う噴火をし、太平洋全域に津波被害を齎した。太平洋諸国よりも離れたフィリピンや日本沿岸の津波の方が津波が大きくなり、チリ沿岸では石油積載船が転覆し、海洋汚染を引き起こした。

ソロモン政府も災害級の津波を警戒して、市民に島の高台に避難するアナウンスを徹底した。津波の第一波が到達した際には70cm程で済み、事なきを得て安堵する。

爆発したマニヒキ島自体は、島と言っても環礁で無人の為、人的な被害は生じないのだが、問題はそこでは無かった。クック諸島は事実上ニュージーランドが統治している。クック諸島の西部で隣国となるサモアは、独立したサモアと米国が統治するサモアの2つに分かれている。このアメリカ領サモアが厄介なのだが、アメリカはクック諸島を国として認定していない。クック諸島を挟んでサモアの丁度対局にある、タヒチ島を抱えるフランス領ポリネシアを統治するフランスは、クック諸島を国家認定している。          南太平洋諸国が諸島国であり、その大半が火山活動で隆起した島で構成されているからこそ、アメリカはクック諸島を意図的に認定していなかった。アメリカ政府のスポークスマンは、「マニヒキ島はサモア領だ」と主張し始める。歴代のアメリカ政府が用意していたマニュアル通りの声明だと言うのが、後に明らかになるのだが、このアメリカの発言が波紋を引き起こす事になる。 

日本の硫黄島の隣で噴火して隆起した西之島は明らかに日本の領土だが、南太平洋で統治領を幾つか所有するアメリカはそれなりの思惑を隠していた。クック諸島を国として承認して来なかった理由が初めて表ざたとなる。

タニヤは想定していなかった事態を大使のアレキサンドルから知らされ、舌打ちをする。仲裁に入る組織はおそらく国連となるだろう。アメリカの言い分が極めて有利に働く。フランスがアメリカ側の言い分を後押しすると、サモア領になってしまう。諸島国家では領土面積が増えるのは些細なことでしか無い。領土ではなく、島の周辺の海域が増えることの方が意味を持つ。  

グアムの沖合での事故もそうだ。領海域が増えれば、主張できる範囲も拡がる。南太平洋で台頭している中南米諸国の存在が、問題をクローズアップさせてしまう。 英仏米、そして中南米に取って重要なのは、南太平洋諸国の海底にある地下資源だ。月面から資源を運び続けるベネズエラの状況が、海洋地下資源確保へ各国の視線を集めてしまう。

ルソン島の西部は津波警報の対象からは外れていた。 モリの就寝中にアメリカが領土を主張したと知り、計画の矛先が変化するかもしれないと、舌打ちする。   

噴火という形で生じた「誤差」を修正する為のプランをモリは練り始めた。

(つづく)

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