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「とほ宿」への長い道 その21:開業準備

宿の名前は「ねこばやし」に

物件も決まり、宿の開業に向けて準備を始めた。
資金は無いし、なるべく早く開業したかった。自分は宿業の経験が無いし、こっくりと計画を立てて初期投資して万難を排して開業するのではなく、まずは開業し当初は本格的な集客を行わず、1人2人と来るお客さんから直接意見を聞いてオペレーションを成熟させていきたかった。
この2年間コロナで旅行業界は大きな影響を受けたが、もうそろそろ終息してもおかしくない。2年後の2024年には北陸新幹線も福井にやってくる。そして、本業の売上がどんどん減っていったので新しいビジネスを早く立ち上げねばいけないという焦りもあった。

これから関係各所に民泊開業の届出のための手続きをせねばいけない。そのためには名前が必要だ。
場所的には荒島岳の麓なので「荒島山荘」など、荒島岳にちなんだ名前を付けるのがいちばんわかりやすいだろう。しかし、大野市内に既に「荒島旅舎」というゲストハウスが営業していた。被るのはよくない。

また、以前からもし自分が宿を開業するのなら「秘密基地」という名前がいいなと思っていたが、調べてみたら隣町の勝山に同じ名前の宿があった。

宿のある蕨生に最初に来た時に、いちばんインパクトがあったのが「山伏岩」だった。大野市の観光案内には「猫島」とか「猫林」と表記してある。

自分の苗字は「小林」だし、「ねこばやしのコバヤシです」と名乗るとウケるのではないかと思った。また、日本マクドナルド創業者の藤田田(デンと発音してください)さんは、米国本来の呼び方が「マクダーネルズ」だったのを、日本人は三七五調が合うからといって「マクドナルド」にしたという話を読んだことがあった。「ねこばやし」はひらがなの五文字で単純明快だ。一度聞いたら覚えやすい。
宿の名前の前につける文言には「空き家」「民泊」というワードを入れたかった。ただ宿を運営するだけでなく、ファイナンシャル・プランナーとして、空き家問題の解決の事例を自ら作りたいという思いもあった。
「空き家を活用した大野の民泊宿 ねこばやし」に決まった。

民泊の相談窓口は保健所

民泊開業は「届出制」であるが、「受理」されないと営業を開始することはできない。福井県の民泊のホームページを見て、問い合わせの電話をかけたら奥越地区の保健所に相談してほしいという。

保健所に行って話を聞いてきた。
民泊には住人がいる「居住型」と、そうでない「非居住型」があり、後者のほうが設備的な要件が厳しい。いわゆる一棟貸切型の民泊はほぼ後者だ。清掃などは管理業者に委託すればほぼ手間をかけずに運営することができる。
しかし自分は「旅宿」をやりたかったので、最初から前者しか考えていなかった。
また、「居住型」の場合でも宿泊客の居室スペースが50平米を超えると設備要件が厳しくなるという。
今回の物件の間取りは以下の通り。

ホームページにも掲載している

部屋は1階に3つ、2階に2つ、あとはリビングとバス・トイレ。
1階は1つは自分の部屋=管理人室にするし、2階の部屋のうちエアコンのある部屋は1つのみ。残る1階2部屋、2階1部屋を合計すると44.6平米。ちょうど50平米内に収まる。
また、1人につき3.3平米の広さを確保しなければいけないことになっている。泊まることのできる人数を勘案すると1階が3人x2部屋、2階が4人x1部屋、合計10人。ゲストハウスとしては小さいかもしれないが、以前ゲストは数開業で相談した北海道追分の「旅の轍」は定員7人だし、1人でオペレーションすることを考えると10人超の定員だったとしても捌ききれない。たまたまだったのだろうが、民泊するのに好都合な物件だった。1階を男子部屋、2階を女子部屋とすることにした。

あとは、この建屋を新築したときの「建築確認証明」のコピーを取得してほしいとのことだった。大野市内にある「土木事務所」で当時の建築確認証明の台帳の束を見せてもらう。昭和38年築とのことだったので35年頃から見ていく。全て手書きなわけだが、当時の日本人は字が綺麗だった。この頃までに教育を受けた人たちは習字やソロバンなどにスキルを配分してきたのだから、いまどきのDXに着いていけなくても仕方がないのではないかと思う。とにかく新築案件が多い。時代の勢いを感じさせた。未来には希望しか抱いていなかった時代。

しかし、建築した年の前後の年も調べたのに出てこない。うなだれて外に出たが、後ほど担当者から電話があり、当該地域は当時都市計画区域外だったので確認は必須ではなかったという。

また、民泊をやるとしても10時のチェックアウトから16時のチェックインまで昼間は使っていない状態になるため、その間カフェとして使わせてほしいという人がいたため、この建物で飲食業を営業することが出来るかどうか聞いてみたが、民泊と飲食業は別のものであるため、流しなどの設備が個別に必要になるとのこと。

なお、各自治体により民泊が出来ない地域を定めていたり、営業日数に制限を設けていたりする場合があるので注意が必要だ。

金沢市の場合。住宅専用地域では年60日が営業日数の上限となる。
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/eiseishidoka/gyomuannai/1/1/4/6786.html

民泊のマニュアル本は世の中に多く出ているが、民泊の開業を検討する場合にはまずは物件のある自治体の保健所に相談すべきだ。

あとは消防署で、必要な消防設備について確認をしてきてほしいとのことだった。

消防署

普通の家を宿にするといっても、そのまま使えるわけではない。人を泊めることになるのだから消防設備が必要だ。
当宿の場合、具体的には
・火災警報器の設置
・消火器(業務用)の設置
・カーテンおよび絨毯は防炎仕様のものにリプレースする
・避難経路版の設置

このラベルがついたカーテンが必要となる

地域や物件によって異なるので、先入観を与えないために具体的な金額については差し控えるが、想定外の出費となってしまった。また、設置後に消防署の確認検査も入るので時間もかかる。ただ、この大野に限らず宿をやっている人に聞くとどの地域でも消防署が厳しいのは変わりはないという。ある程度は覚悟しておいたほうがいい。
ただ、カーテンについては防炎仕様のカーテンは厚手で断熱性も高く、リプレースしても相応のメリットはあると感じた。

日本家屋なので夏は涼しいが冬は寒く、厚手のカーテンは暖房効果を高めてくれる

地元への説明会

また、可能であれば物件のある地区で説明会を開いてほしいということであったが、この点については蕨生の地区の区長さんが既にセッティングしてくれていた。
かつ、根回しもしていただいていたみたいで、当日は異議が出ることもなく順調に終わった。良い場所を選んだものだとつくづく思う。
翌日、当日参加された方から参考にといって民泊の記事が書いてある農業新聞の切り抜きが郵便受けに入れてあった。連絡先も書いてあったのでお礼の電話をした。応援しているのでがんばってくださいとのことだった。

因みに、少し前に大野市の隣の福井県池田町で、「暮らしの7か条」が話題となり、田舎暮らしは地域とのかかわりが大変だというネガティブな反応がネット上で多くあった。筆者は福井市と大野市の二拠点生活ではあるが、二年経過したので、自分なりの所感を述べていきたい。

池田町「暮らしの7か条」https://www.town.ikeda.fukui.jp/pick/pickjukyo/p002780_d/fil/nanakajou.pdf

まず第2条の「地域行事」だが、集落の人が全員出てくるような機会というのはそれほど多いわけではない。年に数回程度だ。自分などは実家のある二拠点生活で集落の人と接する機会がそれほどないので、地域の人たちと顔を合わせる機会だと考えている。5月に「大野名水マラソン」があり、宿のある地域はハーフマラソンの折り返し地点にあるため給水係を毎回しているが、知り合いが走ってきたりして、自分も楽しんでいる。

自分の実家のある福井市内のことになるが、コロナの3年間で自治会活動が良くも悪くもかなり簡略化されている場所が多いようだ。班長同士で会合する回数が減り、行事も減った。また、個人情報保護の観点から自治体の住人のリストが共有されなくなった。地域の人間関係が薄くなることでプライバシーは保たれるとは思うのだが、お互い顔を合わせる機会が無くなることで、一人暮らしの人に異常が発生したとしても気付くのが遅れるのではないかと思う。

自然が脅威というのは、地域によっては致し方ない。特にこの大野という土地は豪雪地帯だ。大野の人たちが故郷を語るときには「大野ええとこやざ~ 雪さえ無ければな」と言う。助け合っていかないとどうしようもない。自分は2018年の福井豪雪のときには福井市内に住んでいて、普段は地域のつながりは希薄であったが、この時はお互い車がスタックしたらみんなで救出したりして助け合った。自然災害の時に自分のことだけを考えていたらみんなが苦しんでしまう。

現在実家のある福井市と二拠点生活で、自治会の中で班長をしたり役を持ってるというわけでもないので、完全に移住した人とは状況は違うのだろうが、自治会費払ったり地域活動に参加する自分の労力よりも、地域の人に助けられることのほうが多いように感じている。
この物件は庭も含めると300坪あり、当初は雑草や雑木がジャングルのようであったが、10月のある週末に地域の草刈りがあり、その後近隣の人たちが10人でウチの庭を1時間草刈りしてくれた。完全に草刈りするまでには3年くらいかかると覚悟していたので非常に助かった。

もちろん、地域との関係というのは一様ではない。地域のボスが独裁者のように君臨しているような場所もあるだろう。しかしそれは地方固有の問題とは言えない。都会の会社でも組織に君臨して権力を濫用する人間というのはどこにでもいる。

断捨離

民泊の開業届出に関することはいろいろ手間とお金がかかったが、建物のほうはそれほど問題はなかった。リフォームはせずにそのまま使っているし、DIYというほどのこともしていない。布団を徹底的に日干ししたことと、障子を張り替えたことくらいか。最初に泊まった夜は色々なものの匂いが混ざり合った空気の澱みがあったが、毎週末足を運び空気を入れ替え掃除しているうちに匂いは消えた。
しかし家や倉庫の中に置いてあった家財道具はかなり多く、ある程度捨てていかないと必要なスペースが確保できない。家主さんからはいらないものは処分して構わないという言葉をいただいていたが、ここに思い出が詰まっていたのかと思うと躊躇してしまう。親族でもない自分がそう思うのだから、近親者のものを捨てるというのはなかなか難しいのではないかと思う。
それでも毎週末来ては必要なものとそうでないものを峻別し、軽自動車で10回分運んだ。
再利用できるものは極力再利用した。旅宿といえばマンガスペースがあるものなのだが、実家にあったマンガを持ち込んだ。それを収納する本棚があったわけではないのだが、部屋と倉庫にあった棚に収納した。一石二鳥だ。

当宿のマンガスペース

また、リビングの机は宿の定員10人が食事するには小さかったが、他の部屋にあった机を持ち込んだ。

ソファは他の部屋にあったものを移動

空き家を不動産物件として買ったり借りたりする場合、中のものは全て処分して新たに買い直す。自分の好きなモノを買いそろえてテイストも統一できる。しかしこの家の家具だってウキウキして買ったものだろう。できれば捨てずに使うに越したことはない。開業時の資金も抑えられる。
永平寺町に当宿と同じコンセプトのシェアハウスがあり、名前も「このまん間」。

自分がむかし泊まり歩いた旅宿も、洒落た家具調度を置いてあるところばかりではなかった。むしろ、知人から貰って来たという類の品が多かった。
しかし自分が考えている宿というのは、建物や家具のテイストを味わうのが目的なのではなく、旅人や宿主や地域の人の交流の場であり、「映え」はコア・バリューではない。(続く)

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