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【メモ】チーム・ジャーニー本読み会 第15話

同じものを見れてますか?

これまで「複数チーム間で同じユーザーを見れているか?」、POと開発チームで同じものが見えているか?」など幾度となく登場している。

姿形、状況を変えて登場するこの問いは複数人でものづくりをするにあたり極めて重要な問いであることに気づく。

ここでいう同じものとは「このプロダクトはどこに向かうのか」

私たちは同じものをみることができているのか

チームや職種、立場が異なれば見える世界は違う。

我々はステークホルダーに対して同じものが見れているという前提で動いてしまうことがある。そういったシーンを私自身数多く経験してきた。失敗もしてきた。

ふりかえってみると「そもそも見えているものが違う」ということに気付いていなかったことに気づかされる。

何が違ったのだろうか。視座と視野だった。その上、視座から見える解像度の高さも異なっているように思う。

確かな答えを持っていると思っていた?

私にもどうするべきかという正解があるわけではない

意思決定者が「正解を持っている」と思い込んでしまうケースは思い当たる節があった。私自身、メンバーから「正解を持っている」と思われているのではないか?という気づきがあり最近は「分からない」をいうようになった。だから「一緒に考えよう」と言えるようになった。立場が上だからといって全てを知っているわけではない。

スプリント中止

スプリント中止は経験がなく所属組織でも見たことがないため想像の域を出ていない。スクラムガイドに記載があるため確認しておこう。

スプリントゴールが古くなった場合は、スプリントを中止することになるだろう。会社の方向性や市場・技術の状況が変化すると、スプリントゴールは古くなってしまう。状況を考慮して意味がなくなったと思えば、スプリントを中止すべきである。(スクラムガイドより)
スプリントを中止すると、新しいスプリントのスプリントプランニングのために全員が再度集まる必要があり、リソースを消費してしまう。また、スプリントの中止がチームのトラウマになってしまうこともある。とはいえ、スプリントの中止はめったに発生しない。(スクラムガイドより)

著者によると各プロジェクトで1回くらいは止めにいくことがあるらしい。影響が大きいためケアが必要とのこと。スクラムガイドにもケアが必要そうなトラウマという文言がある。

何のために止めるのか?

スプリントを止めるのがメッセージとなる

ハレーション、感情的なものも含めてスプリントをやってもしょうがない。」といった状況に陥った際に決行されるようだ。

スクラムガイドによればスプリントゴールが古くなってしまうことが挙げられている。著者の解説を聞いてそれ以上の文脈が存在することに気づく。

質問

「スプリントを中止している間、開発メンバーは何をしているのか?」という質問があった。(私の質問ではない)

A: 止めざるをえない理由を突破するためには誰がやるのか?

他の誰かが解決してくれるわけではない。我々(開発チーム)はただ待っているだけなのでしょうか?

変化に適応できないチーム

コメントしました。

いつもと違う状況になった時に「変化に適応できるか」でチームの練度が分かる気がしました。

代表がプロダクトマネージャになったことで状況は一変。目の前の状況に適応するためにいつもと違うことをしてしまい崩れてしまう。チームは自分たちのやりかた(ジャーニー)を忘れてしまう。疲弊してしまう。

特殊な状況下で自分たちのやり方を通しながら立ち向かっていくことは難しいのかもしれない。しかし、その状況でこそチームの真価が問われるのではないか。

そう考えていくとソフトウェア開発チームはアスリートのチームとほぼ同じと捉えられる。

強力な相手を目の前にして我々はどのように立ち向かうのか。

ラグビーワールドカップ2019の試合を思い出した。

視野・視座・視点を行き来するために学ぶと良いこと

ToC(制約理論)

著者の説明によると「ボトルネックが変わっていく、一つの切り口だけだと問題がある。」とのこと。

ToCは少しかじった程度でしっかり学習してこなかった。これを機に学習してみようと思う。

全体最適化を行うためには制約リソースが何であるか特定しなければならない。それが何らかの変化によって替わってしまうのなら複数の見方は必要になるはずだ。


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