伊勢崎賢治先生の解説 1



より


上記文抜粋
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ウクライナ危機に国際社会はどう向き合うべきか 緩衝国家・日本も迫られる平和構築の課題 東京外国語大学教授・伊勢崎賢治氏に聞く


ロシアとの戦闘が続くウクライナの緊迫した情勢は、日本を含む国際社会を巻き込み、さまざまな議論を呼び起こしている。本紙は、かつて国連職員や政府特別代表として世界各地の紛争地で調停役を務めてきた東京外国語大学教授の伊勢崎賢治氏にインタビューをおこない、現在のウクライナ情勢の見方や問題意識について話を聞いた。


いせざき・けんじ 1957年、東京都生まれ。東京外国語大学教授、同大学院教授(紛争予防と平和構築講座)。インド留学中、現地スラム街の居住権をめぐる住民運動にかかわる。国際NGO 職員として、内戦初期のシエラレオネを皮切りにアフリカ3カ国で10年間、開発援助に従事。2000年から国連職員として、インドネシアからの独立運動が起きていた東ティモールに赴き、国連PKO暫定行政府の県知事を務める。2001年からシエラレオネで国連派遣団の武装解除部長を担い、内戦終結に貢献。2003年からは日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を担当。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』、『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(共著、集英社クリエイティブ)など多数。


急がれる停戦合意  懸念される傭兵による無秩序化

 ――ロシアのウクライナ侵攻が始まって2週間が経過したが、現状をどう見ていますか?

 伊勢崎 ロシアとウクライナの第3回目の停戦交渉がおこなわれた。双方ともどちらかが全滅するまでは戦いたくはない。だから被害が甚大になる前に、お互いが元気なうちに停戦をしようとする。でも、できるだけ交渉で相手より優位に立つために戦局を有利に進めたい。だから戦いが止まらない。そのジレンマだ。それでも1回目から3回目まで、確実に進歩していると思う。

まず第一に、停戦交渉が開かれること自体が進歩だ。プーチンは、売り言葉に買い言葉で、西側社会に対して「ウクライナの存在自体を認めない」「現政権を認めない」というようなことも言っていた。そこで二つの言葉がひとり歩きした。一つは「Demilitarization(非武装化)」だ。それは国全体の軍事力をすべてなくすことなのか、部分的なものなのかには言及せず、とにかく「非武装」だと。これは結構強い言葉だ。もう一つは「非ナチ化」だ。元首としてのキャッチフレーズとしては、そう言わざるを得ないということだろう。だが実際にここまで戦って双方に被害も出るなかで、何が実現可能なのか、現実路線に落としていくのが交渉だ。当初「存在さえ認めない」といっていたものを、認めて対話をしたというのは一つの前進だ。

 もう一つは「Corridor(人道回廊)」(民間人の避難ルート)を設けることを合意した。次は部分的な停戦合意だ。

 ウクライナ軍とロシア軍では、侵入したロシア軍の方が悪いに決まっている。だがロシア側は、傭兵などの非正規部隊ではなく、予備役を含めて正規軍の軍事侵攻だ。ウクライナのゼレンスキー大統領は世界に向かって「戦闘員来てくれ」と公言している。これは国際法違反だ。国際法には、傭兵の募集や使用を禁止する条約がある。ウクライナはこれに批准している。日本や米国、ロシアは批准していない。

ゼレンスキーは「ボランティア(義勇兵)だ」という。傭兵が報酬目当てであるのに対して、義勇兵は精神に賛同して無償で命を捧げるものといわれるが、その線引きはつかない。それでいうなら、ISIS(イスラム国)もアルカイダもみんな傭兵ではなく義勇兵だ。ムジャヒディーン(イスラム聖戦士)だ。この線引きは、現場で無意味で、そこに条約の限界がある。しかし、傭兵、義勇兵、何と呼ぼうと非正規のものは、国家の指揮命令系統で統率しにくい。正規軍なら軍規があり軍法会議もあるが、外からいきなりやってくる非正規なものを、いかにその強制の下に置くかは、一般論としても、非常にグレーな領域なのだ。

 これを話している現在、ロシア側も海外からの傭兵の募集を公式に呼びかけ始めた。このまま行くと、傭兵と傭兵が戦闘する構図になってゆく。これは混乱の極地である。

 軍規違反、戦争犯罪、そして停戦合意違反は、正規軍の場合、戦況が長期化して指揮命令系統がズタズタに疲弊して狂い始めたときに起きる。この戦争の場合は、それにプラスして最初から国家の指揮命令系統では掌握しにくい非正規の戦闘員が参戦しているのだ。だから停戦という「政治合意」が現場の戦闘員を制御しづらい戦場であり、違反は、ロシア軍、ウクライナ軍の両方に、その可能性がある。どちらかだけ、というのは絶対にない。私も各地の紛争現場でそれを経験してきた。停戦合意違反はこれから何度でも起きるだろうが、それでもめげず五度、六度と、定着するまで何度でも重ねるしかない。それが停戦だ。

 そこで俎上にのぼるものは、今は人道回廊だが、次は原発の管理だろう。そこにIAEA(国際原子力機関)や国際監視団がどうやって入っていくかという話がこれから出てくるだろう。例えば、原発の半径何㌔㍍以内は必ず非武装化することなどを決めなければ、原発災害が起きれば取り返しがつかない大惨事となる。敵味方関係なく被曝するわけだから。

 原発の危険性は正規軍であればあるほど染みついている。とくに福島原発事故の後、事故の当事国でありながら戦時における原発対応を考えてこなかったのは日本だけで、国際社会ではこれが常識になっている。直接建屋を攻撃しなくても電源喪失だけで爆発してしまうことが証明されたのが福島事故だ。その危険性は、ロシア、ウクライナを問わず正規軍には十分に刷り込まれている。

 だが非正規戦闘員は別だ。だから、それが戦場を混乱させる前に停戦合意を進めなければいけない。そこに「プーチンが悪い(悪いに決まっているが)」とか、「戦争犯罪をどうするか」とか、「クリミアや東部2州の帰属をどうするか」などと外野が不必要に騒ぐのは、これから現れるであろう仲介者にとっては、雑音でしかない。それは次の段階でやればいいことであって、それらを一時的に棚上げにしてでも、まず戦闘を止めることだ。それは確実に前進している。楽観視はまったくできないが、停戦合意違反はどの戦場でも必ず起きるものであり、それを乗り越えて粘り強く交渉を続けていく以外にない。とにかくこれ以上の犠牲者を出さないために、戦況の凍結。その一点のみに国際社会の焦点を絞るべきだ。

――第三国の仲裁がいないもとで停戦合意が実現する見通しは?

 伊勢崎 今回は仲裁役の第三者がいない。停戦調停にはいろんな力学が必要だ。特定国の元首が仲裁者になるケースでいえば、フランスのマクロン大統領がそれを試みたが、今の空気のなかにあってはEUの中で完全に孤立して行き詰まってしまった。この熱狂の中で、フランス世論の支持を得られていない。中国は? ロシアと中国は、歴史上、領土紛争を抱えてきたし、第三国での覇権競合など、側で見るほど“お仲間”ではない。一方で、地球温暖化の影響で激変する北極圏の「一帯一路化」を含め、そして今回の欧米による経済制裁により更に緊密になる両国の経済の一体化が進む中で、プーチンへの影響力を期待されている。

 または、ゼレンスキーと深い関係にあるイスラエル。首相のベネットは既にプーチンを訪問している。そして戦時の地中海と黒海の通行の実権を握るトルコだ。ウクライナとロシア双方と深い関係がある。
 トルコはNATOの一員だが、EUの一員にはなれていない。NATOは軍事同盟だが、EUは経済連合だ。人権の保護、また、少数派の保護を保障する安定した制度など、厳しい条件がある。それをクリアして初めて、関税の撤廃・規制緩和、移動の自由などが得られる。加盟希望国が、EUが設定する条件を達成するのにだいたい10年くらいかかる。トルコは今も条件を満たせていない。ゼレンスキーもウクライナのEU入りをアピールするが、現状では不可能だろう。

 そしてウクライナがNATOに加盟すれば、米国+欧州vsロシアが交戦するという構図になる。NATO事務総長は、「NATOはこの紛争の当事者でない」と言い続けるしかない。なぜなら、それは欧州全体が戦場になることだからだ。だから、NATOはウクライナにノーフライゾーン(飛行禁止空域)の設定すらしない。

 NATOがロシアと交戦すれば、それは実質的に、軍事力の突出した、米国vsロシアの衝突になる。そうなると今度は欧州全体が米国とロシアに挟まれた緩衝地帯になってしまう。だから、戦場となる緩衝地帯はウクライナだけにとどめておこうというのが現在のNATOの対応だ。卑怯と言えば卑怯である。「自由と民主主義のために戦え!」というだけで、自分は戦わず、ウクライナだけに戦わせている。


 いま「ウクライナ頑張れ!」の掛け声で一番元気がいいのが、米国のバイデン大統領とイギリスのジョンソン首相だ。バイデンは、昨年のアフガン敗走の失策で外交政策の評価が地に堕ち、再選は難しい。ジョンソンも、パーティー疑獄(パンデミック対策中に頻繁にパーティーを開いていた問題)で自分の所属政党からも解任を要求されている。2人ともレームダック(死に体)だったのに、ウクライナ危機が起きて一番元気がいい。

 2001年9・11テロ事件を契機に、米国+NATOは、勝てると思ってアフガンまで攻めて行って、20年間戦った挙句、敗走したのが昨年8月だ。だから米国民はウクライナに兵を送ることを支持しない。厭(えん)戦気分がまん延している。それでも彼らは「自由と民主主義」の面目躍如のため、ウクライナを利用するしかない。「腰砕けの熱狂」に終始している。

 その間、犠牲になるのはウクライナの一般市民だ。アフガンから敗走した米国・NATOが、アフガンに仕掛けたのと同じ「自由と民主主義の戦争」を、今度は、自分たちは戦わず、NATO加盟国でもないウクライナに戦わせている。これが、この戦争の構造だ。

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抜粋終わり

続きます。




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