イジメ立国天皇日本。。。まあ消えますは。


より

上記文抜粋
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「いじめられてもう生きていけない」…いじめで人が死んでも加害者は全然変わらない「酷すぎる現実」

学校とはどのような場所なのか、いじめはなぜ蔓延してしまうのか。学校や社会からいまだ苦しみが消えない理由とは。

いじめ研究の第一人者によるロングセラー『いじめの構造』で平易に分析される、学校でのいじめ問題の本質――。

いじめ自殺のあとも

【事例1・虫けら】

2006年10月11日、福岡県筑前町立三輪中学校二年の男子生徒A君が、「いじめられてもう生きていけない」などと遺書を残し、自宅の倉庫で首つり自殺した。

学校では、一年時の担任X教諭を含め、多くの生徒が辱(はずかし)めや加害行為に関わっていた。長年にわたる言葉によるいじめが続いていた。死の直前には、パンツを脱がすいじめがあった。

加害者たちは、A君の自殺を知らされた後でも、「死んでせいせいした」「別にあいつがおらんでも、何も変わらんもんね」「おれ、のろわれるかもしれん」などとふざけて話していた。

ある男子生徒は、「おれがAに『お前の貯金を全部学級に寄付しろ』って言ったけん、もしかしたら、あいつが死んだのは俺のせいかもしれん」といって、笑った。

ある生徒は、A君の通夜の席で、棺桶の中を何度ものぞき込んで笑った。

また、ある生徒は、教室でA君の机に花を飾ろうとしたクラスメートを「おまえは関係ないやん」と追い返した。

A君の親にいじめの内容を話した生徒がいた。すると、どこからか、そのことがいじめグループに伝わった。その生徒は「あいつが死なんで、こいつが死ねばよかった」と言われた。

「Aがおらんけん、暇や」「誰か楽しませてくれるやつ、おらんと?」と言う者もいた。

実際に、A君が自殺した後、彼らは別の生徒をいじめた。

三輪中学校や地元教育委員会は、事実関係を調査するといいながら、有効な調査を怠り、遅らせ、さらに政府から派遣された人員に対しても非協力的であった。三輪中学校父母教師会は全校生徒に「私は取材を受けません」と書かれたオレンジのカードを配布した。事件後、保護者を集めた学年集会で、学校側は会のはじめに「精神的にリラックスしましょう」といって、リラクゼーションのための体操をやらせた。

筆者はある週刊誌記者B氏に話を聞いた。

「地元では取材に応じるなという圧力が強く、取材がたいへんむずかしい。いろいろな人間関係や組織や団体のつながりがからまりあっていて、それが隠蔽の方向に強力に作用しているようだ。A君の親も、加害生徒を告訴すると地元で生きていくのがたいへんになりそうな気がする。われわれも長期にわたって地元に張りついていることができない。このまま、うやむやにされてしまうかもしれない」とB氏は語った。

その後、福岡県警は、A君のパンツを脱がせた生徒三人を暴力行為等処罰法違反(集団暴行)容疑で書類送検、二人を児童相談所に通告した。警察によれば、この五人はいじめの中心ではない。ことばによるいじめには、警察は手を出せない。

それに対して、Y校長は「ぎりぎりまで書類送検されるとは思っていなかった」「捜査は警察の方針でするので尊重するしかない。ただ、警察も健全育成を念頭に置いているようなので納得はしている」と述べた。
(『週刊現代』「西日本新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「毎日新聞」など、および週刊誌記者への筆者によるインタビューより)

これはさして驚くべきケースではない。被害者が自殺して大騒ぎになった後ですら、加害グループの生徒たちが、屈託なく生き生きと学校の群れ生活をおくり、被害者を虫けら扱いするような言動をとったり、他の生徒をいじめたりするのは、よくあるケースである。

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抜粋終わり

いじめで被害者が自殺してしまうと・・・加害者は・・

「自己を守るためにあえて、平然とイジメ続ける」
「そもそも加害意識も無く「いじめ」で周囲に喜ばれるので、変らない」

のどっちもあります。

まあどっちにしても「復讐」が無さすぎるので、延々といじめは続きます。

復讐を推奨するわけではないですが「落とし前」をつけて、自己の苦しみと加害者の病性に「とどめをつける」ことも大事なのですは・・・

まあ大変なら、被害者はさっさと逃げるのがベターです。

話しをして「マトモ」な関係になることもあれば、
話してもそれでなけば「イジメても良い人は、イジメるべき。それが自分やクラスの娯楽」にもなるので、延々といじめるやつは、イジメ続けます。

イジメの加害に対しては、圧倒的恐怖・威力で叩き潰すのが、ベストなのです。残念ながら、、
「対等の人間関係」ってことを理解できないからいじめをする=いじめと言う犯罪をするのですから。この手の愚者には暴力権力で張り倒すしか、いじめ被害者は危険なのです。


最近、本田靖春のルポを幾つか拾い読みする機会がありました。
その中に70年代、中東でプラント建設に携わっていた日本企業の社員についてのエピソードがありましてね。
イラン・イラクに赴任して現地人を指揮しプラントを建設する人たち。中でも現場で仕切る土木・建設の監督は、いわゆる職人、技能者です。
こういう職人・技能者たちは現地人に言葉で諄々と作業の手際を説いたり注意するより先に、まず手が飛ぶ。自身も現場でそう「躾けられて」きたのでしょう。
早い話が体罰です。日本でそうしてきたように、序列が下の作業者に体罰を用いた。
しかし、彼らはじきに体罰を止めることになる。
なぜか。
現地人たちは体罰に対して、暴力で反撃してきたからです。現場で監督役の日本人の職人にはたかれたら、高額な重機を故意に河に転落させてお陀仏にする。解雇しようとすれば集団で猛抗議する。
同じく日本人の職人に殴られたら、反撃して腕をへし折ってしまう。倍の暴力でもって返礼してくる。
日本企業は予想だにしなかった現地人作業者からの反撃に震え上がって、現場での体罰を固く禁止したそうです。
体罰が体罰として機能するのは、序列が上位者と下位者の間で共有され、特に下位者に服従の意思があるときに限られるということですね。

暴力で報復といっても、たとえば自殺した体育科の生徒の場合、スポーツ推薦ということで自身の在校条件と将来を共に質草として取られているわけで、暴力に訴えて逆襲するわけにもいかなかったでしょう。
高校時代体罰を忍従して卒業、更にスポーツ推薦で入学するであろう有名私大の体育会で数年間コーチと上級生からの体罰に忍従した者が、その忍従を買われて商社・証券などの企業に「兵隊」として迎え入れられる。
自殺せずにレールに乗っていたらいたで、10代のほとんどを体罰(と称する暴力)に全身浸かったまま過ごすわけです。これで正気でいろと言う方が無理ですわ。

序列を背景にした体罰と称する暴力に対して、これに隷従した花形の同期生達の多くは大企業の重役・上級職に就きました。
体罰に対して力で抗した花形は、表社会の序列からこぼれてアウトローになるしかなかった。
体罰は結局のところ、彼を力を恃む者に仕上げただけだった。
これでは、教育は「力なきものは屈服せよ・征服したくば力ある者たれ」と調教する手段でしかないといわざるを得ませんね。

報復される恐れが無いから、無法な暴力がふるえるとの恐ろしい現実ですが、これは桑田真澄があらためて指摘するまでも無く、全てに当てはまる大人の常識ですよ。
ところが桑田真澄以外では誰も指摘しない。
いくつかの他の記事を読んでみたが、やはり何処にもない。
なんとも情けない話ですが、大人としても普通の常識(経験や最低限の知識)が今の日本人には根本的に欠落しているのですよ。
なにも歴史を考えなくても、今のイラクやアフガン、パレスチナ問題、イランの核問題での欧米諸国の態度を見れば、誰にでもこの『報復されないから無法な暴力がふるえる』ことは分かりそうなものだと思うのですが、自分に直接不幸が降りかからない限りは他人事なので、真実に必死で目をつぶって無視しているのです。

よく考えると、、、いじめと体罰って結構時代的にかぶっているよね。。。

体罰は減ったが「教師が生徒間のいじめに加担する」まであるのが、今ですから。

優しさだけで切り抜けるのなら、「三十六計逃げるを上とする」です。我慢して死ぬか、心が壊れるよりも、


1.劣勢なときに投降するのは徹底的な失敗である。講和を結ぶことは半分の失敗である。
 単に勇敢の二文字に踊らされ、正面から強敵にぶつかるのは卵をもって石を打つのと同じで、智者の行うべきことではない。
 安全に退却し、勢力を温存することは今後の勝利の種を保存することであり、上策である。

2.「逃げる」ことの裏には目的と計画がある。そこには主導的に退却するという積極的な意味が含まれており、単なる消極的な「ずらかる」ではない。「逃げる」ことにより敵を分散、前進させ、戦機を作るのである。
 従って「逃げる」のは一種の計と手段であり、最終目的ではない。

3.力が均衡している局面において、全ての面で全体的優勢に立つことは事実上不可能である。
 従って、攻め、守り、退却を上手に運用することが善戦者の備えるべき素養である。しかし退却の方法には正確さや臨機応変さなど多くの学問が含まれている。

4.力の程も知らず、単に無鉄砲に戦う者は張り子の虎である。実力があっても相手と戦う度胸がなく、チャンスを失う者は腐師鼠将(腐った師、鼠のような将―つまらないリーダー)である。

「天皇」が腐師鼠将ですから、「いじめ」が天皇日本の国技です。

【国民矯正!従属化へのダークパターン】教育、テレビ、新聞、刑務所…。愛と思考脳を奪い、国民に間違った価値観を植え付ける巨大なシステムが、休みなく動いている。-masakazu kaji-

天皇カルトは、死にます。日本人は当然死滅します、天皇在る限りに。


天皇の無い 蒼い空を取り戻す


慈悲と憐みの富む社会になりますように。



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