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日本で起業することは“特に”リスクが高いという話

令和元年版情報通信白書では、日本のICT産業が平成時代に停滞あるいは凋落したこと、そして日本からはGAFAのようなグローバルに存在感を持つICT企業が出てきていないことについて書いています。

このような話は、もうあらゆる所でさんざ言われているので、今更感があると思います。それでも、それではなぜそうなってしまったのか?ということは、意外と冷静に分析されていないように思います。この問いには、当然ながら起業というテーマが大きく関係しますが、リスクを避けがちな日本人といった日本人論や精神論で語られることも多いように見受けられます。私個人としては、このような議論も嫌いではないのですが、そうであるならば、日本はこれからも変わらないのでしょうか。政策で何かを変える余地はないのでしょうか。

白書では、「我が国において起業活動が低調なのはなぜか」として、この点の分析を行っています。そして、注目すべきことの筆頭として、日本で起業することは、特にリスクが高いということを挙げています。起業に高いリスクがあるというのは当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、ポイントは「特に」の部分です

自分語りになってしまいますが、今から20年前、私はシリコンバレーのエコシステムに組み込まれているとされる大学院の一つに留学していました。所詮は一人の留学生という立場ではありましたが、シリコンバレーとはどのような場所で、何がシリコンバレーを支えているのかということは、やはり身をもって感じられたと思っています。

そこで出会った教官の方で、何回かの起業を経て、今は大学院で教えているという方がいらっしゃいました。ちょうどドットコム・バブルが崩壊に向かおうという頃でしたが、その方は今は起業をするタイミングではないと感じているので、大学院にいるということをおっしゃっていました。

この話を聞いたとき、私は最初非常に不思議な感じがしました。起業あるいは起業家というのは、ビルゲイツのマイクロソフトのように、起ち上げたスタートアップ企業を大きしていくものだと思っていたからです。逆に言うと、何回も起業して大学院にいるということは、要するに何回も起業に失敗しているということなのではないか?と思ったわけです。

この教官をはじめ、スタートアップ企業を起ち上げた方々と話をする機会があった中で、私が完全に誤解していたことがわかってきました。つまり、起ち上げた会社は他の会社に売っており、それをもって成功と捉えているいうことです。

日本でも昔、ある主婦の方が、洗濯機の中で糸くずを取るためのネットを発明し、大手メーカーに採用されることで数億円の特許料を得たという話が(少なくとも昭和を知っている世代には)有名ですね。このように、何か発明をして特許を取得し、それでお金を稼ぐということは、日本人にもなじみの深い話としてよく知られています。

シリコンバレーでは、糸くず取りの特許のようなものとして、起ち上げた会社を売るんだ、むしろ会社を大きくしていくことよりもその方が普通なんだということが、私にとっては驚きとともに大きな発見でした。

ここで本題に戻りますが、日本では起ち上げた会社を売ることはどのぐらい普通なのでしょうか。スタートアップ企業が上場/株式公開(IPO)を行って更に成長を目指すのか、それとも他の企業に売られるのか(M&A)について、日本と米国を件数ベースで比較したしたものが次のグラフです。

あくまでも3年間の数字ですが、米国では圧倒的に「他の会社に売る」(M&A)が多く、「上場/株式公開」(IPO)は例外的というのが分かります。その一方で、日本では「他の会社に売る」(M&A)のは少数派です。「上場/株式公開」(IPO)の件数でみると、むしろ日本の方が多いぐらいです。

これが何を意味するかというと、日本では、起業の「出口」が「IPOか失敗か」の二者択一となってしまうということになります。つまり、M&Aという出口もあり、むしろその出口の方が広い米国に比べると、日本での起業は「特に」リスクが高いといえます。

また、このことは、起業を取り巻くエコシステム全体がうまく機能かどうかという点に大きな影響を与えることになります。何回も起業する人のことをシリアル・アントレプレナー(連続起業家)といいますが、その中には、上で例に出した教官のように、大学院で教えたり、コンサルティング会社やベンチャーキャピタルに移ったりすることにより、起業を支える側に回る人もいます。このようにして、起業を取り巻くエコシステムは更に発展していくことになります。

もっとも、それではなぜ日本の企業はスタートアップ企業を買わないのでしょうか? このことについては、白書では少し書いていますが、また改めて記事にしてみたいと思います。そして、大きく関係する日本のメンバーシップ型雇用を巡る課題についても、深掘りしていきたいと考えています。

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