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Shiny,Glory,Sunny Days #5 「皐月賞①」

【前回】   【目次】

 その日からのトレーニングは過酷を極めた。科学的に、効率的に、心身の限界までサニーを追い込んでいく。並のウマ娘ならば確実に音を上げるであろうそれらを、サニーは文句の一つも言わずにこなしていく。この辺りのタフさも彼女の長所の一つなのだろう。俺は自分の心に浮かんでくる不安や恐れを一つずつ潰しながら、サニーを鍛え上げていった。
 もちろん、トゥインクル・シリーズは厳しいトレーニングを積んだから勝てる、というほど甘いものではない。
 年明け初戦、若竹賞は2着に敗退。次のジュニアカップでは見事勝利を飾るも、3戦目の弥生賞では3着に敗れてしまった。だが。
「トレーナーさん! 3着に入れました!」
「ああ。ぎりぎり間に合ったな」
 俺とサニーはハイタッチを交わす。
 GⅡレース弥生賞は、その副称を「皐月賞トライアル」という。このレースで3着までに入ったウマ娘は、皐月賞への優先出走権を得ることができる。つまり、第一関門は突破できた、ということだ。あくまで第一関門だけではあるが、喜ばしいことには違いない。
「皐月賞に向けて、早速トレーニングだな。気持ちを切り替えていくぞ」
「はい、頑張ります! なんでも言ってください!」
 頼もしい返事だ。過酷なトレーニングをこなすことで、彼女にも手応えが生まれてきているのだろう。実際、負けたとは言えレース内容自体は決して悪いものではなかった。彼女は、確実に強くなっている。

「すまない。君も皐月賞に出走する予定なのだろうか」
「オイオイ、なんかヒンソーなヤツだな」
「よせ、失礼だぞ」

 そんな俺たちに話しかけてくる声があった。
 声のほうを向くと、そこには二人のウマ娘がいた。長い髪に理知的な顔の子と、髪を逆立てたワイルドな雰囲気の子。まるっきり正反対の印象を与えてくる子たちだった。
「はい……あの、『君も』ということは、あなたがたもなんですか?」
「ああ、そうだ……自己紹介をさせてもらおう。私はグロスライトニング。こちらは従姉妹のグロスジャスティスだ。それと」
 突然、二人の後ろから小柄なウマ娘がピョコンと顔を出す。驚いた。小さすぎて、いるのに気が付かなかった。
「この子はソーヤジェントル。同じチームに所属している子だ」
「よ、よろし」
「あ、わたしサニーブライアンです! こっちはトレーナーさんです!」
「ひゃあっ!?」
 勢いよく頭を下げたサニー。それを見て、ソーヤジェントルと呼ばれた子が大袈裟なほど驚いた。
「テメエ! いきなり動くんじゃねえ! ソーヤがビックリしちまうだろうが!」
「ひ、ひい〜!?」
 グロスジャスティスの大声に、ソーヤジェントルは可哀想なほどおびえはじめた。どうやら、ずいぶんと気弱なウマ娘らしい。
「わ! 大丈夫ですか!?」
「叫ぶんじゃねえ! オイ大丈夫か?! 平気かソーヤ!?」
「あわ、あわわわわ……」
 ……なんだこれは。
「やめろジャスティス……すまない、騒がしくしてしまって」
「わたしこそ、なんだかごめんなさい……」
 縮こまるサニーを見たグロスライトニングは少し微笑むと、サニーに向けて手を差し出した。
「良ければ握手をしてくれないか? お互いの健闘を祈ってということで」
「あ、はい! 喜んで」
 手を自分のユニフォームで拭いて、サニーはおずおずと握手をした。
 ん?
 握手したほんの一瞬だけ、二人の表情が変わった気がする。だがそれは本当に一瞬の出来事だったので、確かめることはできなかった。
「……なるほどね。ではご機嫌ようサニーブライアン。皐月賞、楽しみにしているよ」
「チッ。ソーヤをムダにビビらせやがって……お前のツラ、覚えておくから覚悟してやがれ。次のレースで叩き潰してやるからよ! ほらソーヤ、お前もいつまでも泣いてんじゃないっての」
「ううう……堪忍なジャスティスちゃん……せやけどジャスティスちゃん。次のレース言うてたけど、ジャスティスちゃん皐月賞には出走できないんやなかったっけ」
「う、うるせー! じゃあダービーだ! そこでぶっ潰す!」
「ひゃあ!?」
 騒がしい連中だ。おれは苦笑しながらサニーのほうを向き、そこで初めて彼女が神妙な表情を浮かべているのに気付く。彼女は、先程グロスライトニングと握手をした手をじっと眺めていた。
「どうした?」
「……なんだか、宣戦布告されてしまったみたいです」
「なんだと」
「さっきの握手なんですけどね。ほんの一瞬、ものすごい力で握られました。ちょっぴり痛かったです」
 サニーはそう言いながら、手をひらひらと振ってみせる。
「だ、大丈夫か!?」
「ええ、平気です」
 焦る俺とは対照的に、サニーはなんだかひどく落ち着いて見えた。いや、むしろ……。
「皐月賞、楽しみです」

「……」
「どうしたんだよライトニング。さっきから黙っちまって」
「いやな。さきほど握手したときに、ちょっといつものやつをしかけてみたんだ」
「げ、マジか。お前のあれ、メチャメチャヤベーんだよな。下手すると骨までイッちまう……ん? おい、ちょっとまてよ」
「気づいたかジャスティス。それなのに彼女はまったく平然としていただろう? なぜかというとだな」
「おい、お前それ……!」
「そうだ。まったく同じことをやり返されたんだ。一瞬でな。おかげで、手がまだ少々しびれているよ」
「あの野郎……」
「ふふ。皐月賞が楽しみだ」

 4月13日。皐月賞、当日。スタート15分前。俺は緊張のあまり震える手でタブレットをいじっていた。
「18人中11番人気、か」
 サニーはまったくと良いほど注目されていなかった。まあ当然だろう。これまで、さして目立った実績を上げてきたわけでもない。しかも逃げウマ娘には圧倒的に不利な8枠18番、大外一番外側からのスタートだ。


GⅠ 皐月賞 芝2000m 晴れ 良

1枠1番 ナイトユーハンドル(13番人気)
1枠2番 グロスライトニング(10番人気)
2枠3番 マウントアカフジ(12番人気)
2枠4番 エノシマカウント(15番人気)
3枠5番 サツマサバス(4番人気)
3枠6番 ソーヤジェントル(8番人気)
4枠7番 テイエムクインビー(18番人気)
4枠8番 メジロプライド(1番人気)
5枠9番 アオノリューオー(9番人気)
5枠10番 フリーストローム(2番人気)
6枠11番 ギガントホリデー(7番人気)
6枠12番 キタサンタカハタ(17番人気)
7枠13番 スピードロード(14番人気)
7枠14番 エアロベルセルク(5番人気)
7枠15番 トカチブライオン(3番人気)
8枠16番 シャドーイオン(16番人気)
8枠17番 テイエムダンシング(6番人気)
8枠18番 サニーブライアン(11番人気)

 コースのほうで歓声が上がる。どうやら、このレースの主役が姿を現したようだ。
 きらびやかな勝負服に身を包み、そのウマ娘は優雅そのものの足取りで歩んでいた。全身にまとう強者の風格は、6戦3勝、2着2回の圧倒的実績からくるものだろうか。それとも名門の名を背負うものとしての矜持か。

 1番人気、メジロプライド。

 メジロプライドは1人のウマ娘に近づき、その子と一言二言交わしていた。相手はフリーストロームか。弥生賞でサニーに完勝した、2番人気の子だ。二人は軽くあいさつを交わして離れる。実力者同士の交流に、場内が軽く湧き上がる。
 サニーブライアンは我関せずといった風に、黙々とウォームアップを続けていた。よし、落ち着いているように見える……大丈夫だ。絶対に勝てる、君なら勝てるぞサニー。勝てるはず。勝てるよな。大丈夫、落ち着け、落ち着いて走れば……。

「おいおい、お前のほうが落ち着かなくてどうすんだ」
「うわっ!?」
 突然の師匠の声に、飛び上がるほど驚かされてしまった。
「師匠、いつの間に……?」
「お前なあ……ただでさえ緊張しちまうGⅠの大舞台だぞ。トレーナーの俺たちがドンと構えてやらねえでどうするんだ」
「す、すみません」
「まったくよ……」
 師匠は俺からサニーに視線を動かし、感心するような表情を浮かべる。
「なるほど、嬢ちゃんのほうは悪くねえ感じじゃねえか。おまえさんより、よっぽど勝負に臨む顔つきになってるぜ」
「そうですか。師匠にそう言ってもらえるのは、正直心強いです」
 俺の師匠は、ことウマ娘に関してごまかしを言う男ではない。いいならいい、悪いなら悪い、その辺をシビアに評価した上で、思ったままを口に出す。
「とはいえ、まともにやったんじゃあ厳しいかもな。なんせ相手は粒ぞろい、おまけに不利な大外枠ときたもんだ。どうだ、嬢ちゃんになんか秘策のひとつでも授けてやったのか」
「秘策、ですか……いえ、ありません」
「……へえ」
「レース前にサニーに伝えたのは三つだけです。『スタートしたら全力でハナを奪え。中盤ではペースを落とし、スタミナを温存しろ。最後の直線では後ろを気にせず、全ての力を出し切れ』」
 俺がそう言うと、師匠は吹き出してしまった。
「いいアドバイスじゃねえか! まさに『教科書どおり』ってやつだな!」
「ええ」
「つまり、お前さんはこう言いたいわけだ――嬢ちゃんは正攻法、小細工無用の真っ向勝負で他の子たちを打ち負かす、と」
「そのとおりです」
「そいつは『王者の走り』だな。真の実力がないとできない芸当だが……嬢ちゃんにできるのかね?」
 俺は師匠から、目をそらさずに言い放つ。
「できます。信じてますから」
「ふん」
 師匠は俺から目を離し、再びスタート直前のサニーを眺めた。
「なるほど、お前さんは嬢ちゃんの力を信じる、と。たぶん嬢ちゃんもお前さんを信じているんだろうな……とくりゃあ、足りないのはあと一つだけだな」
 ……え? 『足りないのはあと一つ』? 
「師匠、それはどういう」
「ほれ、ファンファーレだぞ」
 中山レース場に響き渡る、GⅠのファンファーレ。いよいよだ。俺は慌ててレースに意識を向ける。だが心の奥には、師匠の言葉が引っかかったままだった。
 『一つ足りない』? いったい、なんのことなんだ?

【続く】

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ