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「白」~『不思議の国のアリス』異聞~

「ハローハロー最低かい? こちらの準備は万事万全万端だ。必要なのは開始のベル、リンゴンリンゴン高らかに!」
「やかましいぞ、きちがいめ」

 耳元でわめくイカレ帽子屋を黙らせて、僕は前方を睨みつけた。一つだけ残された、右の目で。

 眼前に広がるは、風吹きすさぶ荒野。そして並び立つ兵士兵士兵士。

 スペードが黒曜の剣を立てる。クラブが棍棒を振り回す。ダイヤが菱形の大盾を構える。ハートが赤黒い魔力塊を創り上げる。いずれも一騎当千の兵どもだ。

 それがどうした。

 ぼろぼろになった一張羅の懐から、懐中時計を取り出す。僕の愛用品。命の次に大切な品だ。コイツはいつだって、僕に正しい刻限を教えてくれていた――もっとも僕のほうが、それを守れていたとは言いがたいが。

 わすれろ。あの日々はもう帰らない。

 懐中時計を両手で掲げる。ここにいない、誰かに捧ぐように。
 かちり。長針が零時を指す。時計から青い光が走り、宙に図形を――時計を描き出す。

 右手を時計の長針に、左手を短針に。蒼光に手をのばし、掴み取り、数度振るう。その度に、花弁のように光が散っていく。

 微かに残っていた光が散り終わった――両手に残ったのは、長短の双子剣。僕の、得物だ。

「ワオ! キラキラキラキラ綺麗だなあ! 華麗だなあ! 思わず紅茶が飲みたくなるね。ヤマネくん、僕の紅茶はまだ熱々かい? なんだって? もうぬるい? 死んじまえ」

 ……全く困った狂人だ。だけど、考えてみれば彼はそもそも狂っていたのだ。全てが変わり果てたこの世界で、彼だけは何一つ変わっていない。存外、スゴイことかもな。

「さあさあ、ショーの開幕だ! 開演だ! 準備はいいかい? 『白ウサギ』!」

「その名は」僕は駆け出す。「捨てたと言っただろう」

 荒野に、けたたましい鐘の音が鳴り響く。

「今の僕はただの『白』。弱いウサギは死んだのさ」

 僕は右手の剣を振るい、先頭の兵士の首をはねた。

【続く】

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ