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Shiny,Glory,Sunny Days #3 「メイクデビュー!」

【前回】   【目次】

「よし……!」
 秋風の吹く東京レース場の片隅で、俺は人知れずガッツポーズをしていた。サニーブライアンがスタート直後に猛ダッシュ、果敢に先頭に立ってみせたからだ。
 長いポニーテールを後方になびかせながら、サニ―ブライアンは走る走る走る。後続のウマ娘たちをぐんぐん引き離していく。
「さあ、ここからだぞ」
 俺は唇をなめつつ、彼女へのアドバイスを思い出す。

『いいか、サニーブライアン。逃げウマ娘には3パターンある』
『勝つために逃げる子と、勝ち負けに関係なく逃げる子だ』
『3番目? あまりにも速すぎて、逃げになってしまう子だ。要するに天才、または怪物だ』
『君は1番目になる必要がある。勝つために逃げるんだ』

 レースは中盤戦。先頭のままレースを進めるサニーブライアン。だが気持ちよく逃げる彼女のスピードが、徐々に落ち始めてくる。
 無論、失速などではない。完璧に作戦どおりだ。

『まずは、何が何でも先頭に立つ』
『その後で、少しずつペースを落とせ』
『後ろの連中は、君がバテ始めていると思うだろう』
『だが実は、君は最後に備えてスタミナを温存しているというわけだ』
『そのとおり。君自身がペースを握り、レースを支配するんだ』

 最終コーナー。サニーブライアンは依然先頭のまま、最後の直線に入ろうとしている。

『最後の直線に入ったら、あとは全てを出し切れ。後ろを気にするな。そうすれば』

《残り200を切った! 先頭は依然サニーブライアン! サニーブライアンが粘る! 後ろの子たちは間に合うか!》

『――君は勝てる』

《サニーブライアン、今一着でゴール! スタートから先頭を譲らず、見事に逃げ切ってみせました! サニーブライアン、デビュー戦メイクデビュー、見事な勝利です!》

 レースを終え、戻ってきたサニーブライアンを出迎える。彼女は俺を見つけると、小走りで駆け寄ってきた。慌てるなと手で制す。
「わたし……わたし、勝ちました……」
「ああ」
「トレーナーさんの言うとおり、逃げて勝ちました!」
「お見事だった」
 彼女はポニーテールを解いていた。前髪がいつものように顔を覆い、印象的な目を隠してしまっている。やはり地味の一言だ。だが、そんな彼女は今日、見事にデビュー戦を勝利で飾ってみせたのだ。
 言わずもがな、勝負の世界は厳しいものだ。毎年、あまたのウマ娘たちがデビューし、夢に向かって走り出し……その多くが夢破れ、志半ばにして去っていく。それが彼女たちの、レースに臨むウマ娘たちの宿命だ。
 そんな世界の第一歩、夢の入り口の扉を、彼女は自らの手で開いてみせたわけだ。誇っていいことだと思う。
「本当に……本当に嬉しいです。トレーナーさんを信じてよかった」
「そうか」
「トレーナーさんにもほんの少しだけ、恩返しができました」
「それはいい。自分の走りだけ考えろ」
「……そうだ。トレーナーさん」
「どうした」
 サニーブライアンはしっぽをブンブン振りながら、俺に問いかけてきた。
「わたし、これからも勝ち続けたいです。そのためには、何かひとつ、目標となるレースがあったほうがいいと思うんです……トレーナーさん、私の目標、一体何がいいと思いますか?」
 目標。目標か。そういえば考えていなかった。なにせ、まず今日のレースを勝たせることで頭が一杯だったのだから。
「そうだな……」
 ハードルは高いほうがいい。だが高すぎても良くない。彼女に、サニーブライアンにふさわしい目標は……。

――そして2着には■■■■■■! 

 なぜだろう。俺の頭の中で、10年前のあるレースの映像が再生されはじめた。俺にとっては、決して忘れることのできない思い出のレースだ。そのとき感じた達成感と悔しさは、もしかしたら俺をこの道にしがみつかせた原因の一つだったのかもしれない、そういう一戦だ。

「日本……ダービー……」
「え?」
「ん?」
「トレーナーさん、いま、いま……『日本ダービー』って、言いましたか……?」
「あ、いや、その」
 しまった。つい口に出してしまったことに気づき、俺はひどく狼狽する。
「そうですか……目標は日本ダービー……ですか……」
 サニーブライアンは何やらブツブツとつぶやいている。まずい。いくらなんでもダービーはない。勘違いさせる前に否定しなければ。
「いや、ちが」
「……それはつまり、わたしならダービーに勝てる……と、トレーナーさんはそう信じてくれている、ということでしょうか?」

 そう来たか。

 サニーブライアンは、あの太陽の瞳で俺の顔をじっと見つめてくる。ああ、まずい、まずいぞ。
「君は、ダービーというレースがどういうものか知っているのか」
「もちろんです」
「なら、簡単に『勝てる』なんて言えないのはわかるはずだ」
 GⅠレース、東京優駿。またの名を日本ダービー。
 皐月賞、日本ダービー、菊花賞……いわゆる「クラシック三冠レース」の中でも、最も格式高い一戦であり、同世代に数千名いるウマ娘、その頂点を決める生涯一度の一大決戦である。まず、その舞台に立つだけでも至難の業。まして勝利するなど。
 目標はもっと現実的なものであるべきだ。なんとかして誤解を解かなければ。しかしどうすれば。そもそも、俺はよりによって、なぜダービーなどと口にしてしまったのか。

 まさか。

 俺は唐突に気づいた。気づいてしまった。
 俺は思ってしまっていたのだ。彼女なら、サニーブライアンならば、ウマ娘の頂点に――日本ダービーにたどり着くことができるかもしれない。そして10年前の無念と後悔を、この子なら晴らしてくれるかもしれないとも。 

 正直、俺は俺自身の気持ちを掴みかねていた。だが、もしそうであるならば、今ここで俺が言うべき言葉は決まっている。

「だから簡単にではなく、本心から言う。君ならば勝てる、俺はそう信じている。日本ダービー……勝ちに行くぞ」
「はい……はい! 絶対勝ちます!」
「気合だけでは勝てない。明日からのトレーニング、厳しくいくからな」
「望むところです!」
 金の瞳が燃えあがるように輝く。それを見て俺は確信する。この子は勝つ。勝って勝って勝ちまくって、ウマ娘たちの頂点まで駆け上がる。
 やるぞ。サニーブライアンのためなら、なんだってやってやる。
「それでですね。実はもうひとつ、トレーナーさんにお願いがあるんですが……」
 早速か。
「なんだ。俺にできることなら、なんだってやってやるぞ」
「本当ですか」
「二言はない」
「じゃあ……これからわたしのこと、『サニー』って呼んでください!」
 ……なんだって?

【続く】

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ