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石油ストーブは冬の匂い

いきなり詩人のようなタイトルである。そこまで感受性豊かな人間でもないが。

 某清少納言ではないが、誰しも「この季節といえばこれよね」という、特定の季節を思い起こさせるような匂いがあると思っている。私の場合、春といえば花壇の花の香りである。特にチューリップなど、学校の花壇でよく見かける花の匂いを嗅ぐと、あの4月独特のそわそわした感覚が思い出される。

 夏は日焼け止めクリームの香りだ。日焼け止めクリームにココナッツの香りなどが足されていれば、それを嗅いだ瞬間、一気に常夏の海に飛ばされたような心持ちになる。子供の頃は「ああ、海に行きてえなあ」とよく感じたものだ。
 ちなみに、ある程度成長してからは面倒臭さが勝って、全く海に行きたいと思わなくなってしまった。もう10年以上は行っていない。海水で体がベトベトになるし、水着は砂が入って洗うのが面倒だ。クーラーの効いた部屋でかき氷など食べているのが1番である。

 秋は金木犀の香りだ。春と花被りで少々芸がないが、秋といえば金木犀だと思っているので仕方がない。少し涼しくなってきた頃、ふっと甘い香りが漂っているのに気がついて辺りを見回すと、大抵は金木犀の木にオレンジ色の可愛らしい花が満開になっている。
 高校時代、ある友人から「ウチ、金木犀の匂いを嗅ぐとラリるんだよね」と衝撃の告白を受けたことがあったが、そうなっても仕方ないほど金木犀の香りは心地よい。時期としては夏から秋に移るくらいなので、この花の香りを嗅ぐと「いよいよ秋が迫ってきたなあ」と思うのだ。

 そして、冬は石油ストーブの香りである。石油ストーブをつけると、つけ始めにはガソリンに近い匂いがする。春夏秋に挙げたような香りのように、決して良い香りとは言えない部類の匂いだが、この匂いを嗅ぐと「冬だなあ」と感じて、少しホッとするのだ。

 私は春夏秋冬を代表する匂いの中で、石油ストーブの匂いが1番好きである。これだけでは私が灯油の匂いにハマっているヤバいやつのように聞こえるが、決して「あたしゃ灯油の匂いを嗅がなきゃ何にもできなくてねえ」というような、危険な状態に陥っているわけではない。

 なぜ石油ストーブの匂いが好きなのか、説明しよう。第1に、春夏秋冬の中で1番好きな季節が冬だ、ということが挙げられる。
 たとえば、春は年度始めであり、スタートの季節である。日本全体がなんだかソワソワする季節だが、私はこのソワソワがあまり好きではない。なぜ好きではないか、という点については、まだ言語化できるほどの分析ができていないので、またの機会にお話ししたいと思う。まあ、好きではないものの話はつまらないと相場は決まっているので、ここで書くようなことでもないかもしれないが。
 春がスタートの季節なら、冬はゴールの季節である。春からずっと走り続けてきて、冬になるとようやく休んでも良いような気になる。色々とやらないといけないことが終わって、社会全体が「お疲れ様!」「また今度な!」といった空気に包まれるのも冬である。
 もっと言うなら、仕事から帰ってきて、ゆっくり風呂に入り、「さあ寝るか」と言って暖かい布団に入るような心地よさを冬に感じるのだ。石油ストーブはかなり寒くなってからつけるものだ。石油ストーブを点灯した瞬間のあの匂いを嗅ぐと、その瞬間にこのようなイメージが頭に浮かび、気持ちが温かくなる。

 第2に、冬は子供にとって楽しい行事が目白押しだから、という点も挙げられる。冬の行事といえばクリスマス、大晦日、そしてお正月である。いずれも特別感があるし、特にクリスマスとお正月はご馳走が食べられる上、プレゼントやお年玉まで貰えるという、子供にとってはこの上ない夢のようなイベントである。これらの行事は12月下旬から1月初めという、最も寒さが厳しい時期の行事である。必然的にいつも石油ストーブがついた部屋で行われる。

ケンタッキーを口いっぱいに頬張っているとき、いつも石油ストーブがついていた。

クリスマスプレゼントをもらって喜んでいる時、その時も石油ストーブがついていた。

そして、「あけましておめでとう」などと言いながらおせちを食べ、朝から正月特番を見て、お年玉をもらって喜んでいるときにも、石油ストーブがついていた。

 このように、非日常的なイベントでの楽しい思い出には、いつも石油ストーブが一緒だった。あの灯油の匂いを嗅ぐと、自然とあの楽しかった思い出が頭を駆け巡るのである。
 だから、石油ストーブ自体の匂いが好き、というわけではなく、匂いに紐づけられた「楽しい、心地よい」という感情が思い出されるために、冬といえば石油ストーブの匂いだと思うし、あの匂いが好きなのだと思う。

 ところで、昔は冬の間中、ずっと石油ストーブをつけていたが、最近は「灯油が高い」という理由で本当に寒い日でないと石油ストーブが使われなくなってしまった。
 その代わり、エアコンが1日中ついていることが多くなった。近頃のエアコンは性能がかなり良く、エアコンをつけておけば部屋全体が温まる上、家計にも環境にも優しい。エアコンは便利で快適だが、石油ストーブのあの匂いが少し遠くなってしまい寂しいな、とも感じる、今日この頃である。

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