団地の遊び 都市伝説と貸し

都市伝説と貸し

 小学四年の頃だと思う。
 不幸の手紙というのが来た。自宅の郵便受けである。この手紙を五人だか四人に書いて送らなければ不幸になる、とかなんとか、そんな文面だった。
 要するに、その文面を書くのである。
 金もないのに、どうやって葉書五枚だか四枚を用意したのか覚えてないが、バカなので、送ったようである。
 なぜなら、学校で隣の席の女子に、「あたしに手紙、送ったでしょ」と文句を言われ、トボけた記憶がある。送ってない、とウソを言ったら、筆跡でわかる、と言われ、コイツ、鋭いな、と感心した。
 ほかにも、細かいことは忘れたが、何かの言葉、そこそこ長い文章を聞かされる。
 それを三人だか五人に話さないと、呪われる、というものがあった。
 クラスの四分の三ぐらいの子供たちが、半ば信じていないながらも、結局は、三人だか五人に話して、危機を回避しようとした。
 自分はバカなので、もちろん誰かに話して、呪われないようにした。
 この手のものが流行ったせいで、一時期、団地内の公園は、イヤな空気になった。子供が減った。
 そして、一緒に遊んでない誰かが、近づいてくると、逃げ出す。
 なぜなら、その手の話を聞かされると、面倒だからである。
 おかげで、公園には、妙に嫌な空気が、いつも漂い、落ち着かなかった。灰色の空気が、モヤーとしていたのを、よく覚えている。
 次は、片足のおばあさんというものが、流行った。流行ったという言い方は、適切ではないかもしれないが、ともかく、流行った。
 細かいことは、忘れたが、学校帰り、片足のおばあさんに会う。このとき、片足のおばあさんに質問され、適切な答えをしないとヤバいことになるというものだった。
 同じクラスに一人の女子がいて、そいつがやけに詳しかった。
 ともかく、いずれ会うらしい。それも順番があり、いつ会う日か、その女はわかっていた。
 何やらノートを広げ、計算する。詳細は忘れた。すると、何月何日に片足のおばあさんに会うとわかるのだ。
 これは、クラスの四分の三ぐらいの奴らが、信じていて、結構、恐慌をきたしていた。
 十字架を手の平に描くと良い、そう言われたら、急いで十字架を描く。いや、それはやはりよくない、今度はそう言われる。すると、慌てて消す。
 こんなことを真剣にやっていた。
 そして、自分が片足のおばあさんに会う日が、ついに来る。百パーセント会うわけではなく、会わないこともあるという。
 一人ではなく、誰か一人つきそいをつけるのは、かまわない。自分は、以前つきそった、何事もなかった。
 今度は自分の番になった。つきそいは探すまでもなく、誰もがいいよと言ってくれる。明日は我が身なので、みんな真剣なのだ。
 下校の時、片足のおばあさんは現れる。
 自分につきそってくれたのは、女の学級委員の山岡(仮名)だった。コイツは自ら立候補したーーー確か。
 ただ、山岡は、この件に関して、おそろしく懐疑的な態度をとっていた。つまり、そんな人いるわけないじゃん、という考えである。ズバ抜けて成績が良かった。将来、慶應にストレートで入る女である。
「いるわけないから、安心しな」確かそんなことを言われ、いつもの団地の中の通学路を歩いて帰った。
 現れなかった。分岐路に来た。左に行くと自分の家、右に行くと山岡のウチだった。
 じゃあ帰るわ、気楽な口調でそう言われたとき、ええっ!と本気で焦った。
 最後まで、つきあってくれ、そう頼んだら、ものすごく大きなため息をつかれたが、なんとか付き添ってくれた。
 左の道に入る。すると、前方から松葉杖をついた白髪頭を後ろで束ねたおばあさんが、歩いてきた。
 うわー!思わず声を出した自分は、山岡にしがみつき気絶しそうになった。遠のく意識の中で山岡の声が聞こえる。
「足がある」
 足よりも山岡を見た。実に冷静な顔をしながら、「包帯してるよ」
 確かに片足は包帯をしている。そして松葉杖をついている。要するに、怪我したおばあさんだった。
 このおばあさんの容姿、特に顔、半白髪、何十年とたった今でも、ハッキリと覚えている。
 おばあさんが横を通り過ぎる。
「今のじゃないの?」自分が言うと、「足あったじゃない」確かに、足は二本あった。なにより、実に優しそうな笑顔を浮かべ、去って行った。
 結局、自分の号棟の前まで来てくれた山岡は、最後に素晴らしくニコやかな笑顔でこう言った。
「貸しができたわ」
 発言の意味が、バカなので、この時はわからなかった。
 ところで、考えてみたら、いや考えてみなくても、片足のおばあさんがそんなにしょっちゅう団地内をウロウロしていたら、目立って仕方ないわけで、見たという目撃情報はあるにはあったがーーーさっきのおばあさんじゃないのかーーーもし本当に子供に何かあったら、問題提議されていたに決まってるといえる。
 その後、この都市伝説めいた話は、なんか消えていった。調べたら似たようなのがあった。多分それの変形版だろう。
 さて。女の学級委員山岡の貸しは、つまり借りは何十年もたってから返すことになるーーーそれ程のものでもないが。
 それにしても、実に弱虫な子供であった。でも、なぜか大人になってからは、スティーヴン・キングが大好きになった。
 なぜなら、世の中には、もっと怖いことがあるのを、知ったからかもしれない。


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