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21世紀へ #07


 打ち上げは、赤ちょうちんの焼
き鳥屋で行うことになった。
 その焼き鳥屋は、事務所の近所
にある焼き鳥屋で、仕事が終わっ
てから時々、足を運んでいた。

 玄関には、赤ちょうちんが下がっ
ている。引き戸を引いて中に入る
と、狭い店内は剝き出しのコンク
リートの床に粗末なテーブルとイ
スが並べてある。
 仕事帰りの、ガテン系のおやじ
が、一杯ひっかけてから帰るよう
な、安酒を飲ませる店だ。

 仕事が終わって、井上綾香と一
緒にアパートを出て、歩いて店の
前までやってきた。

「井上君。僕は時々、ここへ来て
お酒を飲むんだ」
 店の玄関先で立ち止まって、そ
う彼女に話した。

 彼女は、胡散臭そうに店の看板
と赤提灯を交互に見ている。
「ここですかぁ? もうちょっと、
普通の居酒屋とかに、行きません
かぁ?」
「いやいや。ここのオヤジが焼く、
焼き鳥は絶品なんだ。すごくおい
しいから」
 彼女をなんとか、なだめて、店
の引き戸を開け、中に入った。

 いつものように、店に入ると、
汚い作業服を着た、2~3人の
男達が、安酒を飲んでいた。

 店の壁際にあるテーブルへ行き、
パイプがむき出しの、いかにも安
そうな背もたれ椅子に彼女を座ら
せて、対面に僕も座った。

 中年太りの女性が注文を聞きに
来た。ここの主人のおかみさんだ。
「あらまぁ。今日は一人じゃない
んですね」と、いかにも珍しそう
に聞いてきた。

「あ、彼女はうちの社員なんです」
と言うと、井上綾香は「どうも」
と愛想笑いをした。
「ゆっくり、していってね」
そういうと、おかみさんは注文を
メモして、カウンター兼、厨房の
中へと戻って行った。厨房の中で
は、ここの主人のオヤジが焼き鳥
を焼いている。

 お通しの後に、少しすると、
焼き鳥が運ばれてきた。
「ここの手羽先はすごく美味しい
んだ。ここに来ると必ず、たのむ
んだ。食べてみて」
 開いた手羽先の骨をくるりと回
すと、簡単に骨が取れるよ、と彼
女に説明しながら見せた。
 彼女は同じようにマネをして、
身だけに成った手羽先を箸でつま
んで、口に運んだ。
「おいしい!」彼女は目をまるく
して、手羽先を食べていた。
「でしょう」僕はそれを聞いて、
一安心した。後で、まずい汚い店
に連れて行かれたと言われずに済
む。

 安い日本酒を頼んで、彼女と飲
んでいると、意外にも、彼女は酒
豪だった。
 コップに注がれたお酒を、一杯
めから、凄い勢いで飲み干して
「おかわり」と言った。

 自分の方はまだ、一杯目の半分
も飲んでいない。
「ちょっと、早いんじゃない?
大丈夫?」
「全然。これくらい、水よ」
といいながら、平然としている。

 それを聞いて、これは、ヤバイ
と直感した。
 その後も、彼女は、立て続けに
コップ三杯の日本酒を飲んだ。

「社長、どうやって、あの技術を
開発したんですか? なんで、あ
んな凄い技術を社長は知ってるん
ですか? この世の物とは、思え
ませんよ~」
 酔いがそうさせているんだろう、
立て続けに質問してきた。

どう答えていいか、分からなかっ
た。まさか、僕が未来からやって
来た人間で、あれは未来の技術だ
とは、口が裂けても言えない。

「そ、それは、企業秘密だ」

「えー?なんでー? あたしにも
言えないんですか~~」
 彼女は、そういうと、テーブル
に突っ伏してしまった。

「井上君。ねぇ、井上君」
彼女の肩をゆり動かしたが、顔を
テーブルに突っ伏したまま、びく
とも動かない。

 これには、困った。タクシーを
呼んで、彼女を家まで送り届ける
ことにした。

 タクシーの中で、彼女は僕の肩
に身を預けたままにしている。
 彼女のアパートの前でタクシー
から降り、彼女を抱えるようにし
てアパートの玄関先まで、送り届
けて帰ろうとすると、彼女は僕の
二の腕を引っ張った。
「社長、帰らないで。あたしと
一緒にいて」
 彼女は、とても寂しそうな顔を
していた。


つづく

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