三重に住み、日本のことが更に好きになりました。
こんにちは。相葉です。
月日はあっという間に流れますね。
三重に来て半年が経過しました。
この半年で自分の身に起きたこと。
・ビジネススキルが落ちた気がすること
・より生きることへの感覚が研ぎ澄まされたこと
・そして日本のことがさらに好きになったこと
大きくこの三つが挙げられます。
今この年で、三重に住めてよかった。
そしてWebデザインやマーケティングだけじゃなく『編集者』という仕事をしていてよかった。と強く思う今です。あんま関係ないかもだけど、その瞬間を価値として捉えるようになれたのは編集者をやっていたからかもなと。
本当、凄いよ。日本。
ビジネススキルが落ちた気がするというお話
沖縄にいた時はとにかく仕事しかしていませんでした。
いまだに感じる『デスクの前に座りパソコンを開き作業をしていないと、なんだか生存している実感が湧かない、もっと働かなくては』という強迫観念を元に日々仕事に明け暮れる日々。
若いうちは働けるだけ働いた方がいいと言うけれど、デスクに座ってないと立ち待ち、自分は生きてる価値がないという鬱状態に陥る状況は重症です。
三重に来てからは、その強迫観念が少しマシになりました。
休日は神社へ参拝へ。
そしてマイブームになっている津市の美杉町の自然を感じにドライブ。
見たことないぐらい綺麗な清流。
そして杉の山の香り。
その山には鹿や猪といった獣まで。
そしてそれを獲った猟師さんのお店で食べる。
こんな大自然が自分が住んでいる市内にあるなんて。
いまだに実感が湧かないのです。
仕事のことを忘れることができる。
今この瞬間にこの場所にいることを心の底から感じることができる。
社会人になり、仕事を始めてから、このような感覚は初めてだったかもしれません。
僕も自分のサービスを早くリリースして、そして事業を成功させたいという気持ちはあります。
でもね、この美杉町にいると、そんな仕事という枠だけでは人生は語れないよ。っていう気持ちにさせられるんですよね。
だからきっとビジネススキル、以前より落ちています。というお話。
より生きることへの感覚が研ぎ澄まされたというお話
随分前に、某ブロガーさんが『まだ○○で消耗してるの?』というフレーズが業界では流行っていたりしましたが、
東京→沖縄→三重と経て初めて、消耗しなくなるヒントを見つけた気がします。
生きることへの感覚というのが研ぎ澄まされた感じ。
どうして、僕らは今当たり前のように自分が立っている環境を疑わなかったのだろう。
そもそも生きる上で、ぶち当たる“ルール“や“当たり前“はなぜルール化され、“当たり前“と深く考えることもなく思ってしまっていたのだろう。
もっともっと“生きること“に対して強く感じていたい。そんな気持ちになったのも三重に来てからですね。
綺麗な海、母なる海もいいけれど
山というのは本当に強い力を持っているんだなと。
自然からここまで生命というものを感じたことはこれまでなかったので、
これも三重に来てから芽生えた感覚なんでしょうね。
日本のことがさらに好きになったというお話
三重に住むと、近くには和歌山があり、奈良があり、滋賀があり、岐阜があり、そして愛知があります。
神社好きにはたまらないエリアなんです。
三重を拠点とする神社への参拝旅を繰り返し見えてきたことは、ただ日本の文化だけではないんです。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にも通ずるものはやはりあって、
なぜ日本がこんなにも魅力的なのか、なぜ日本がここまで質素で静かなものに美意識を感じていたのか、
そして、大自然を目の当たりにした時に感じる日本人の自然崇拝と感謝の気持ち。
そして何よりも、そういった中から生まれる伝統的なモノやコト。
それを強く感じたのがこの半年です。
その場所に住み、暮らし、生きることで感じれること。その魅力を純粋に感じ取れるようになれました。
日本ってまじでかっこいいですね。