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他人と知り合いと友達と親友

SNSの普及によって限りなく友達と呼ぶ人のエリアが増えて、知り合いは友達の友達くらいまでを差し、下手したら会ったことがない人すら知り合いに入れてしまう人もいるだろう。


つまりテクノロジーによって、知り合いになりやすく、友だちになりやすくなったわけです。


こんな言い方もできそうです、かつてよりは他人も減っている。
誰と誰が友だちで、誰と誰がつながっているかが可視化されていて、人と人の関係性の可視化というのが人々の願いだったので、フェイスブックは大きな大きな会社になりました。


テクノロジーによって人類は、国境や性別、宗教など関係なく、より仲良くなりやすくなったわけで、とてもとても大きな変化です。


でも難易度が変わらないものもあります。
親友です。


どういうものが、どういう定義で親友かは、具体例が人によって全然違うので、まぁ思い思いの親友で良いですし、たくさんいる人も、あんまりいないなぁという人もそれぞれそれでいいと思います。


テクノロジーが、フェイスブックが、親友にまで手をつけられなかったのは、親友というものが「その人と真剣に時間をかけて向き合ってきたこと」だったからです。

会って、話して、ご飯を食べて、ライブに行ったり、公園行ったり、もしかしたらキャンプにだって一緒に行って、その人のいいところも、いやなところも、ダメなところも、かわいいところも、まぁまぁ知っている。

そこまで知ってしまうと愛着が湧いてしまう。
そんな愛着のことを親友とか呼んでいて、会って話すと気分がいいもんだからまた親友を呼んでしまうのかもしれませんね。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
ただし恋の周辺の親友ということばは、水と油です。



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