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末寺の末事 153

 イメージが漠然としてしまう。落としどころとキッカケとか踏み切るタイミングが難しい。これでは共感は得られない。もっと具体的内容を示さねばなるまい。

 要するに、既に終活最前線の尼講のメンバーをロールモデルとして敬い、その暮しを支えるところに仏婦の活動を結び付けて、その意義を自分達の終活に投影していけるようにする。

 たとえば、尼講の『講』とは、いわゆる『ご
法座』の意味があり、更にメインの法座の後に振る舞われる食事『お斎』(おとき)もセットでひとつの伝統行事。

 『お講番』と呼ばれる輪番制の施しで成り立っていたが、高齢化が進み、新規メンバーも加入されず、それでも行き詰まりを認めない前住職(父)と前坊守(母)が続けてきた。正確には母が案内・準備~後片付けまで、全部一人でやってきた。尼講はゲスト、母がホストという関係性。←これが続かない原因なのだが理解はできないらしい。 

to be continued



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