【ラブ・ビデオテープ】…幼稚園

能天気という言葉がぴったりな何も考えていない6歳の僕にも、能天気ではいられない日があった。

テレビっ子だった僕は、気に入ったテレビ番組はほとんど録画してもらっていた。
今とは違い数十年前までは、録画といえばビデオテープにするのが当たり前だった。
録画した番組名をラベルに記入してビデオを保存するのだけど
【ドラえもん〜冬のスペシャル〜】
とラベリングされたビデオを再生すると、なぜか【東京ラブストーリー(第4話)】が再生されたりすることもあった。
「僕のドラえもんが消えてるし、なぜこんな中途半端な話数を録ってんだ」
なんて感じたりした。

今みたいに見逃し配信もないので、大好きな番組が収録されているビデオは僕にとって一生ものだった。CMがはさまるタイミング、早送りして飛ばすCMの順番、再生する場所、全てを覚えるくらいに観たビデオがいくつもある。

そんなにも、ビデオを愛していた僕を困らせる出来事が突然やってきた。
28歳の僕なら、その困難は易々とクリアできたけれど、6歳の僕は、今よりも、無知で、愚かで、ザコだったから、可愛そうな結末になった。

当時、僕はアニメ『ちびまる子ちゃん』の映画が録画されてるビデオを毎日のように観ていた。
このビデオは、3歳はなれた兄と一緒になって何度も何度も見た、兄弟の思い出のビデオでもあった。

ある日幼稚園から帰宅した僕は、1人でいつものように、そのビデオをデッキに入れて再生した。
オープニングが流れて、いざ本編開始、というところでビデオデッキがキュルキュルと激しく鳴いて、映像が止まった。
僕は一瞬何が起こったか分からず、ボーッと
静止したまま笑顔のまる子とタマエを観ていた。
なんのことかわからないまま取り敢えず、ビデオを取り出すボタンを押した。
ウーーンと音を立ててビデオを吸い込んでいた口が開いて、
【ちびまる子ちゃん 映画】と書かれたラベルが見えた。
しかし、ビデオは頭1センチを飛び出したまま、そこから微動だにしなかった。
僕は何の疑いもせず、ビデオを力任せに指で引っ張り取りだした。
するとキュキュルキュルキュル!!と音を立てて、テープ部分が伸びてデッキに飲み込まれたままのビデオが出てきた。
「なんだこれはっ」
慌てた僕はさらにビデオを引っ張った。
しかし、テープだけがシュルルーーと伸びて、何の意味もなかった。

大好きなまる子ちゃんを観ようとしただけなのに。ウキウキがどこかに消えて、
「誰のせいでこんなことに」
と悲しみが残った。

なぜか、この惨事を家族に見られたら怒られると思った僕は、引っかかっているテープ部分を救出するために、筆箱から取り出した鉛筆や定規を使ったが全く歯が立たなかった。
今思えば、デッキの上蓋のネジを外してパカっとやれば多分取り出せた。
プラスドライバーさえ筆箱に入っていればそのことに気づけたのかもしれないけど、その時の僕に残された道具はハサミしかなかった。

「…やるしかないのか」
長い葛藤ののち、僕は繋がれたテープ部分をサクッと切った。

無事にビデオは取り出せて、ビデオデッキは通常運転に戻り、親に怒られることもなくなった。
その代償として【ちびまる子 映画】のビデオを失った。
兄との思い出のアニメは、もう一生観られない。そのことが何よりも悲しかった。
僕はそのビデオを捨てられなくて、そっと勉強机の引き出しにしまった。
ビデオを引き出しの1番上の薄い部分にしまったので、とてもかさばった。

最近そのアニメを見たくなり、通販サイトで探したらDVD版を見つけた。
しかし、中古商品でさえ6,480円とそこそこ高額だったので諦めた。
「君の思い出のアニメの価値は6,480円より低いんだよ」と言われてるようで、また少し悲しくなった。

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