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伊勢貝マモルの終活⑥

【承前】

最悪。最悪だ。

誰にも見られていないと思ったのに。誰にも知られるはずがないと思ったのに。

どうして、今、ここに、他でもない、彼が居るのか。どうしてわたしの名前を呼んだのか。まさか……止めようとしている?いつものように力づくで?

階段はもう使えないはずだけど、彼なら壁をよじ登るくらいは普通にするだろう。彼は間違った事を許さない。誰におもねったりもしない。誰の気持ちを忖度することもない。ただ一人。独りで、自由で……

曲がったわたしを、ゆるしはしない。

階段を駆け上がる。わだかまる影を踏みつけて、『あの、ちょ、待って』という空耳を聞き流して。追いすがる未練を、戸惑いを、振り払って走る。……走る。


◇◇◇


『ん〜、"コレ"っていう決定的な理由が見当たらないんですよねぇ〜。これは本人にも自覚がないということです。両親の不仲によって物心ついた時から崩壊気味の家庭、学校のいじめっ子グループとの付き合い、受験勉強のイヤさ将来への不安……』

階段を埋め尽くす瓦礫と格闘するマモルに語りかけるのは、一時的にコノヨに「つきなおす」事で彼女の心を読んできた女神だ。死神や悪霊よろしく、誰か一人の肉体にとりつく事ができるというシステムらしい。

『誰が悪霊ですか失礼な!……まぁ、生きにくい世の中です。様々な要因が重なって何もかも嫌になっちゃうことってありますよねぇ。そういったしがらみやらなんやらに対する画期的なソリューションを提供するのが私のご提案差し上げる異世界転生というわけで』

「くそッ!」

身の丈を超える瓦礫を押し除けてマモルが毒づく。見たところ2フロア分は崩落している。マモルの力をもってすれば突破は可能だ。外壁をよじ登ることだってできる。しかし。

『ま、マモルさん……マモルさん!ダメです!一生懸命やりましたが……我の力ではとても……!』

コノヨの足止めを頼まれた魔王である。全身にスニーカーの踏み跡が痛々しい。

「今何階だ?」

『じ、10……いや11です!』

いずれの手段も間に合うまい。時間が無い。


「……女神」

『はい?』

マモルの声に上の空で応えた女神は、

『はいィ!?』

その内心を読み取って、喫驚した。

『ちょ、本気ですか!?』

問い掛けた背中は既に走り出していた。南側に面した割れ窓に向かって一直線に。

窓枠を強く踏み抜き、飛び出す。

遥か下界に街並みを見下ろす、断崖に向かって。

【続く】

Illustration by しゃく◆wSSSSSSSSk

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