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伊勢貝マモルの終活⑤

【承前】

――庶民の暮らす灯りを高みから見下ろす、緑のセレブリティをあなたに。

東が丘マンションの在りし日のキャッチコピーだ。地上13階建、郊外の小高い丘から市内を一望出来る景観と、牧場や里山に周囲を囲まれた自然豊かなロケーションが売りであったが、あまりの立地の悪さから買い手がつかなかったばかりか完成直前に施工業者が悪質な違法建築で検挙され、大手ゼネコンも巻き込んだ全国的な社会問題に発展、その陰でひっそりと廃墟化した曰く付きの物件である。

曰くはさらに積み重なる。マモルが連想したような、いわゆる「名所」と呼ばれる程の数の自殺があったわけではない。しかし築2年の間に3人もの飛び降り自殺者を出したとあっては、「自殺マンション」のイメージを定着させるのには十分だった。

これには行政もたまらず重い腰を上げ、数年内に予定されている取り壊しまでの間、管理の厳重化が図られることとなった。今ではすべての出入り口が鎖と南京錠で封鎖されている。侵入者は割れ放題の窓枠を乗り越える事を強いられるだろう。それだけだ。

建築のあまりの杜撰さが解明されるに伴い、溜まり場を求める若者も肝試し目当てのYouTuberもすっかり寄り付かなくなっていった。チャンネル登録者数と、自然倒壊によって人知れず生き埋めになるリスクとは釣り合いが取れないらしい。マモルには春日居コノヨがなぜ今そんなところにいるのか皆目見当がつかなかった。見当のつかないまま、身体は全力で走り出していた。

のどかな牧場の風景を置き去りにして鬱蒼と茂る森を突っ切る。急勾配の荒れ果てた坂道を一足飛びに駆け上がると、見上げる廃墟の6階部分の窓から真っ白な粉塵が噴き出すところだった。息を呑む。数秒後、土埃から逃れるように現れる涙目の顔。見間違いようがない。

「春日居さんッ」

カラカラに乾いた喉から声を絞り出す。しかし言葉を続けることはできなかった。あまりにも見慣れたものがそこにあったからだ。マモルへの恐怖をたたえた顔。絶対的な拒絶の表明。

見慣れていた筈のそれに思いがけない衝撃を受け、マモルはしばらく呼吸すら忘れて立ちすくんだ。彼女の姿はすぐに見えなくなる。奥へ引っ込んで階段を上がり、その先は……自明だ。

何故?わからない。自分が何をすべきなのかもわからなかった。自分は何をしようとしていた?心残りを終わらせて、報われない生涯を閉じることすら視野に入れていたのではなかったか。そんな自分に、彼女のそれを止める権利が?事情も理由も何も知らず、他ならぬ彼女に拒絶されたうえで?わからない。何もわからなかった。

自分は常に"まっつぐ"生きてきた。他に何を顧みることもなかった。何を考える必要もなかった。だが……


『んなるほどなるほど〜。これはこの私、女神様の出番なのでは?』

マモルの背後、いつの間にか追いついていた女神が喜色を満面にたたえながら言う。

『いっそ、二人仲良く転生先でニューライフ!というのもアリなのでは?なんのなんのまだフラれたとは決まっておりませんよぉ今はだいぶん混乱してらっしゃるようですし、新天地でならきっと上手く』

「女神、魔王」

マモルの声に「提案」を中断する女神。ドン引いて後ずさっていた魔王も動きを止め、マモルを見る。

「頼む、手を貸してくれ」

【続く】

Illustration by しゃく◆wSSSSSSSSk

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