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伊勢貝マモルの終活④

【承前】

思い切って声に出してみた。思ったよりも響いてびっくりしたけど、悪い気分じゃなかった。

そういうラノベを好きで読んでいることは誰にも内緒だった。佐々木さんグループにはどう考えたって絶対ウケがよくないし、無口な沼田君と笑顔でおしゃべりすることはできても、彼と『ながとに』新刊について感想を言い合うことはできない。

『無気力な俺が最強勇者?美少女女神と子犬系魔王に言い寄られて面倒臭くなったので世界征服します』は本当に面白い。絶対アニメ化されるし、もしかしたら映画も。続きが読めなくなるのは残念だけど、グッズやフィギュアが出てもどうせ部屋に置けなくて諦めることになるから、その悔しさを思えばとんとんかな。

ここに来るのは3回目で、だから下見はバッチリ。優柔不断なわたしはすぐにくるくる回って先に進めなくなってしまうから、今日は前にしか進めなくしてきた。予備校をサボった事がママの耳に入るのは、多分夕方ごろ。どんな顔をして何を言われるのか、大体想像がつく。わたしはなるべく鮮明にその様子を思い浮かべて、瓦礫に根を張ってしまっていたおしりをなんとかして持ち上げた。大丈夫、今日は前に進める。

「ここではないどこかで、わたしじゃない誰かに」

大きな声が出た。元気も出てきた。せっかくだから、もう一つ戻り道を無くしておこう。わたしは手頃な鉄パイプを不安定になっていた瓦礫の山に突き刺して体重をかける。てこの原理だ。ぐらつくコンクリートの塊が階段の方に崩れ落ちて、目の前が煙で真っ白になる。大きな音と揺れは思ったよりも長く続き、チリや埃にまみれたわたしがなんとか目を開けられるようになったときには、下の階へと続く唯一の階段は完全に崩れて使い物にならなくなっていた。

立ち込める土煙から逃れるように窓から顔を出す。涙を拭って息を整える。これで前にしか進めない。前に、進める。

◇◇◇

『貴方が春日居コノヨちゃんにゾッコンなのはよく分かりました。確かに優しくてとても良い子のようですね。しかしマモルよ、貴方には転生先での夢のような未来が待っていることを……そこにはおっきい子もちっちゃい子も、もふもふな子もいるのだということをどうか忘れないでいただきたいのです』

「あの手この手で大変だなお前」

多分、「刷り込み」のようなものなのだろう。マモルはそう自覚している。いつも仏頂面で、気に喰わないイジメや嫌がらせを目に入る端から腕力と眼力で捻じ伏せて回るマモルに対して、目を逸らさずに笑いかけてくれるのは彼女くらいなものだった。いつも友人に囲まれているので会話をしたことすら無いが、誰に対しても変わらず親切に接する様子ははたから見ていても十分好感に値するものだ。もちろん、一般的な感覚において。

マモルがいくら「揉め事を仲裁」したところで傷付いた者はそのまま残るし、怖がられるばかりで感謝されることなどない。マモルはただ己の"まっつぐ"に従っているだけなのだから、それは当然だ。そうしてマモルが「散らかした」後には、しかし大抵彼女がいた。人に寄り添いこじれた状況につき合って、うまく癒して収めてしまうのだ。まるで魔法のようだった。

あんな事はマモルには逆立ちしたって出来っこない。それどころか、彼女にとっての面倒を増やすばかりの自分にすら笑顔を向けてくれるのだから、あれは本物だ。彼女を指して「八方美人」呼ばわりするやつは本当に何もわかっていない節穴だ。彼女はそうした風評すら笑顔で流すばかりだが、そういう曲がったことを許してはいけないと思う。まったくわかっていない奴が多すぎる……

『気持ち悪いくらいゾッコンじゃないですか。思ってたより気持ちが悪いのですねマモルよ』

うるさい黙れ。とにかく、愛だの恋だの飛躍にすぎる。なにせ会話を交わしたことすらないのだから。――だからこそ、一度だけでも、話くらいはしてみるべきだと思ったのだ。

その先のことはなにも分からない。

『あの、マモルさん』

目の前の床が黒く隆起して魔王の姿が現れる。『コノヨさんの現在地ですね!ええそりゃもう是非ともお役に!少なくともそこの殺人女神よりも!』と勢い込んで姿を消してからほんの五分しか経っていない。

「悪かったな、無理しなくていいぞ」

『いえ、ちゃんと見つかりました!そこのポンコツとはモノが違うのでえへへ。ですが……』

続く言葉を口にした瞬間、マモルの全身から噴き出した怒気(少なくとも魔王はそう解釈した)に己の死を確信した魔王は失神し、千々に乱れる思考を読み取り損ねた女神は家から飛び出すマモルをしばし唖然と見送るに任せた。

『……ええと、"東が丘マンション"……跡地?』

女神の問いかけに、失神しながら魔王が頷く。

『なるほどなるほど。倒壊寸前の廃墟にして……自殺の名所、と』

【続く】

Illustration by しゃく◆wSSSSSSSSk

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