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空想色彩日記#1/タバスコの「赤」編

ふと、好きだった人が好きだったものを見かけると、心臓がきゅっと小さくなる。懐かしい日々が押し寄せてきて、少し立ち止まる。

一緒に暮らしていた街に行くと、そんな瞬間がよく訪れる。よく待ち合わせ場所にしていた時計台とか、路地裏のパン屋さんとか、こだわっていた食器屋さんとか。

この前は、ふらっと立ち寄ったピザ屋さんのタバスコが過去を引き連れてきた。そう、あの人は「赤」が好きだった。

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「また、靴下脱ぎっぱなしにしてる」
そう言って深いため息をつく。後ろでパソコンに向かっている彼に気づいてもらうためだ。だが、彼はパソコンから目を離さない。

諦めのため息をついて、靴下を拾う。また彼の方へ振り返ると、あることに気づいた。

「本当に赤ばっかりだよね」彼のパソコン、マウス、筆箱、部屋着のジャージ、全てが赤色だった。「そう?」と彼はやっと顔を上げてこちらを見る。

「そこまで好きになれるものがあって羨ましいぐらいだよ」
私はなかなか好きという気持ちが長続きしない。「あるじゃん。俺、でしょ?」と、ニヤつく彼。思わず笑ってしまった。この人には敵わないなあ。

彼は赤が大好きだったけれど、部屋のカーテンやソファも赤いわけではなかった。あくまでも自分の私物だけ。共用のものを赤くすることはなかった。私も影響されることはなく、彼の周りだけが赤かった。

彼の好きなものは、一緒に暮らすようになっていろいろ分かるようになった。彼の恋人になって1年が経とうとしていた。

ある日、大事な話がある、と部屋で夕飯を食べ終わった時に言ってきた。何も想像がつかなかった。女の勘なんてものは私には無いし。

「大切な幼なじみがいるんだ。近所の女の子で、小さい頃から毎年、誕生日にはプレゼントを贈り合っているんだ」どうやら彼は、今年もプレゼントを贈ることの許しを得たいらしい。これは想像できなかったよ。友人同士の恋話にもこんなケースは出てきたことがない。

何が正解か分からなくなって「いいよ」と言ってしまった。その後、無事に渡せたらしい。彼から何も報告はなかったが、予想外の人から聞いてしまったから。

その人は部屋に私を訪ねてきた。どうしてここを知っているんだろう。どうして私一人の時間を知っているのだろう。

白い肌に赤いリップが似合う人。「赤が好きなんです」と彼女は微笑む。
ああ、なるほどね。ベージュ系でまとめられたファッションと白い肌に、赤い唇だけが主張している。彼女なりの宣戦布告なのだ。

売られた喧嘩は買わない主義。それから1か月もしないうちに私の負けが決まった。

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染まってくれる子が好きだったんだ。私も赤く爪を染めて、平手打ちでもしてあげれば良かったかな。

「何ぼーっとしてんの?ほら、ピザ冷めるよ」
現在に戻ってきた私は、慌ててタバスコを取ろうとする。

「俺、緑のタバスコ派。こっちにしなよ」掌に緑色のビンが載せられる。恐る恐る振りかけ、口に運んだ。思ったより美味しかった。

染まるって、少し良いものかもしれない。

2020.02.07

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