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『手を離したとき目をつむっていたのか  それとも最初から目はつぶれていたのか  〜ジャン・ジュネ作「女中たち」より』 (2006)

※上演ご希望ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。著作権はジャン・ジュネ及び田口アヤコに、上演権はCOLLOLに帰属します。


【上演記録】

劇作家師弟ユニット ころがす
#1『バイエルと女中たち』

『手を離したとき目をつむっていたのか
 それとも最初から目はつぶれていたのか 
 〜ジャン・ジュネ作「女中たち」より』    
 
王子小劇場
2006年8月18日(金)〜8月21日(月)

STAFF

音響演出     江村桂吾

劇音楽      大木裕之

照明       木藤 歩(balance,inc.DESIGN)

照明コンセプト  関口裕二(balance,inc.DESIGN)

美術       田口アヤコ

衣裳       小林由香

ドレス製作    京極友重

舞台監督     吉田慎一

原作研究     角本 敦

制作       COLLOL

words&direction  田口アヤコ

制作補     ツカネアヤ 高橋悌 日下田岳史

チラシデザイン 鈴木 順子(PISTOL☆STAR)

WEBデザイン  うさぎ事務所

記録映像     藤田敏正(FOU production)


CAST

ソランジュ……甲斐博和(徒花*)……手が汚れているおとこ
       釘本光(HOTSKY)………姉

       吉田ミサイル……………ソランジュ

クレール………未映子……………………手が汚れているおんな
       大倉マヤ…………………妹
       
       笠木真人…………………クレール


奥様…………………田口アヤコ


ジャン・ジュネ……大木裕之


本日はご来場いただきありがとうございます。
女中たち はたらく おんなの はなしです。
はたらく おんなたちの はなしです。

相手を憎みながら
じぶんをにくみながら
相手を愛しながら
じぶんをあいしながら

どうぞごゆっくりおたのしみください。

Vulgar and vivid;
As warm as blood-heat;
Colorful and aromatic;
Beautiful like lots of dreams

俗でなまなましく
血のかよったあたたかく
色彩ゆたかにかぐわしく
夢みるようにうつくしく

COLLOL
劇作家/演出家/女優 田口アヤコ


*********

『手を離したとき目をつむっていたのか
 それとも最初から目はつぶれていたのか
 〜ジャン・ジュネ作「女中たち」より』 

Les Bonnes   JEAN GENET


登場人物  クレール CLAIRE
      ソランジュ SOLANGE
      奥様 MADAME


●客入れ● (うごきのみ) マヤかさぎ

・ 手袋が欲しい

・田口(奥様イメージ) 椅子と小道具のセットをし 花の首を切る。


●シーン1●1
オープニング(かさぎくぎもと)

くぎもと:
奥様の寝室。
ふんだんに花。
夕方。

クレール:手袋! またその 手袋!
その手袋で 牛乳屋を誘惑するつもり?
ドレスを用意して。早く! 時間がないわ
クレール? クレール!

ソランジュ:お許しください 奥様の菩提樹茶を。

クレール:ドレス。スパンコールの白いドレス。

ソランジュ:赤いドレスです。
奥様は 赤いドレスをお召しになるのです。

クレール:白 って 言ったでしょ あのきらきらの。

ソランジュ:
奥様は 今夜は 赤いビロードのドレスをお召しになるのです。

クレール:ええ いいわ
あたしのことを脅迫したらいいわ

ソランジュ:わたしが何を言ったって
脅迫とお取りになる。
わたくし 女中だ ってことを
思い出してくださいませ 奥様

クレール:オーケー。ドレスを出して!
あんた なんだか けものの匂いがする
きたない屋根裏部屋の匂い。
屋根裏部屋 女中部屋!


●シーン1●2 
(うごきのみ) マヤミサイル

・手袋が欲しい


●シーン1●3
オープニング(マヤミサイル)

マヤ:
奥様の寝室。
ルイ15世様式の調度類。レース。
舞台奥に、真向かいの建物正面に向かって開いた窓。
上手に寝台。
下手にドアとタンス。
ふんだんに花。
夕方。

ミサイル:
ソランジュを演じる女優は 召使い用の黒の短いワンピースを着ている。
椅子の上には、別のもう1枚の黒い服。黒い靴下、靴。

マヤ:
クレール 化粧台に背を向けて、下着姿のまま立っている。
腕をさしのべた彼女の身振りとその声の調子は
おおげさな悲劇調である。

クレール(マヤ):
手袋! またその 手袋!
その手袋で 牛乳屋を誘惑するつもり?
台所から来るものはみんな きたない唾液
つば
あっちへ持っていって!
どうぞご遠慮なく きどっておいで。
時間はあるの。
出て行って!

ミサイル:
ソランジュはがらりと態度を変え、
へりくだって ゴム手袋をつまんで 出て行く。

マヤ:
クレールは化粧台の前に腰をおろす
花の匂いをかぎ、化粧道具たちをいじりまわし、
自分の髪にブラシをかけ、化粧をなおす。

クレール(マヤ):
ドレスを用意して。
(振り向いて)
クレール? クレール!

ソランジュ(ミサイル):
お許しください 奥様。
奥様の菩提樹茶を煎じておりましたので。

クレール:ドレスを。
スパンコールの白いドレス、
それに扇子、エメラルド。
あのエナメルの靴もね。
ほんとに厭らしいわ。
もっとよくかがんで この靴にうつっている自分をちゃんとごらん。
あんたの唾液のヴェールでこの足がべっとりくるまれる
それが気持ちがいいとでもおもうの?
あんたのじめじめした沼地からのあの霧のヴェール!

ソランジュ:奥様に お美しくなっていただきたいんです。

クレール:美しく? なるわよ
花。グラジオラス。
無意味だわ。こんなにたくさん。
死にそう。
あんたがマリオを誘惑するのは このからだでも この顔でもない。
牛乳配達の 若い男
あいつはあたしたちを軽蔑してる。
あんたにコドモをつくらしたって

ソランジュ:いえ わたしは けして…

クレール:おだまり 馬鹿!

ソランジュ:赤いドレスです。
奥様は 赤いドレスをお召しになるのです。

クレール:白 って 言ったでしょ

ソランジュ:
奥様は 今夜は 赤いビロードのドレスをお召しになるのです。
赤いビロードの布の下
奥様のお胸が忘れられないんです。
黒のご衣裳のほうが 
奥様の未亡人としてのご身分を引き立たせるかもしれませんが。

クレール:ええ いいわ
あたしのことを脅迫したらいいわ
あんたが何を言いたいのか ちゃあんとわかってるわ
悪口
はじめから
あたしの顔につばを吐きたいんでしょ
旦那様が監獄にいるのは
あたしのせいだって 言ってしまいなさいよ
ほら 言いなさい
言いたいことを。

ソランジュ:わたしが何を言ったって
脅迫とお取りになる。
わたくし 女中だ ってことを
思い出してくださいませ 奥様

クレール:
クレール
あたし がんばって
ゆっくり 正確に 書き間違いもせず
自分の恋人を監獄に送る手紙を書いたの。
あんたはあたしを助けてくれないの?
未亡人!
旦那様は死んじゃあいないわクレール
未亡人!
白いドレスはね クレール
王様の妃が着る 喪服よ!

ソランジュ:奥様は赤のドレスをお召しになるのです。

クレール:(あっさりと)
オーケー。
ドレス!
(ソランジュ ドレスを着るのを手伝う
 以下ドレスを着ながら)
あんた なんだか けものの匂いがするわ
きたない屋根裏部屋の匂い。
毎晩毎晩 きたないおとこたちがやってくる
屋根裏部屋 女中部屋!
あたしが屋根裏部屋の話をするのはね、
あたしの記憶をためしてるの。
クレール、
(部屋の片隅をゆびさす)
あそこに 鉄のベッドが二つ、あいだに小さいテーブル
あそこには ペンキで塗ったタンス、
そのタンスの上に小さな祭壇。聖なる処女 ってやつの。

ソランジュ:わたしたちは
わたしたちは ふしあわせなんです。
泣けるほど。

クレール:…
あの紙の花!
聖なるつげの枝!
あたしのこの花たちを見なさいよ
あたしのほうがずっときれいな 聖なる処女 だわ
手!
あちこちさわらないで!
あんたの手
気持ちが悪い
あたしは 急いでるの。
クレール 聞いてるの?
クレール、聞いてないの?

ソランジュ:聞いております。

クレール:あたしのおかげ、
奥様が いるっていう それだけの理由で
女中というものが存在してるの。
あたしの怒声と あたしの権力者としての振る舞いのおかげで

ソランジュ:聞いております。

クレール:(大声で)
あたしのおかげであんたがいるのに
あんたはあたしを ばかに してる
あたしはあんたたちが じぶんの役 を演じるための
お手伝いをしてあげてる
あたしが奥様であることをやめたら
あんたもいっしょにさよなら

ソランジュ:ええ ええ もうたくさん!
急いで。
用意は?

クレール:あんたは?

ソランジュ:用意は万端。
よごれもの扱いはもうたくさん
わたくしも あなたさまを憎んでおります。
ええ 奥様 お美しい奥様。
美しさをひとりじめにして
わたしには分けてくださらない
そしてわたしから横取りした
あの牛乳屋
白状なさい
このソランジュは
あんたのことなんかこれっぽっちも…

クレール:(あわてて)
クレール! クレール!!

ソランジュ:え?

クレール:(ささやくように)
クレールよ、
ソランジュ あんたは
クレールよ

ソランジュ:クレール…
クレールは
あんたのことなんか大事にしちゃいない
いま クレールは史上最高にクレールになってる
透明に 光り輝いてさ!
(クレールの頬を張る)

クレール:許されないわ!

ソランジュ:許されない! ばか
奥様こそ 許されない
動揺して へんなお顔!!
鏡をご覧になったら?
(クレールに手鏡を差し出す)

クレール:(うっとりと鏡を見て)
あたし ますますキレイ
クレール
あんたはただの 暗闇…

ソランジュ:地獄の暗闇ね!
わかってるわ
もっともっとキレイにおなりになって
女中たちをばかにすればいいわ
あんたなんか怖くない。
にごったため息と、労働と、あなたへの憎しみと、
あたしたちはいま どろどろに混ざり合ってる
奥様 笑うの?
あたしが大きすぎる夢でも語ってると思ってるわけね。
笑わないで。

クレール:出て行きなさい

ソランジュ:また お勤め!
奥様
わたくし台所に戻りますわ
流しがごぼっとげっぷをする
奥様には花 あたしには流し
あたしは女中!
でももうおしまい あんた
(のどをふせいでいるクレールの手を叩く)
その手をどけて!
あんたのちっぽけなのどをあたしに差し出しなさいよ
さっとやってあげる…
ええあたし 台所に戻るわ…でも
その前に 仕事を。

(突然 目覚まし時計が鳴る。)


●シーン1●4
オープニング(カイ未映子)

カップルの部屋。夕方。

未映子:奥様の寝室。
ふんだんに花。

カイ:夕方。

未映子:ソランジュ。
黒い服。黒い靴下、靴。

カイ:
クレール 下着姿のまま立っている。化粧台に背を向けて。
腕をさしのべた彼女の身振り 声の調子は おおげさな悲劇調である。

クレール(未映子):手袋! またその 手袋!
ドレスを用意して。
クレール? クレール!

ソランジュ(カイ):お許しください 奥様。
奥様の菩提樹茶を煎じておりましたので。

クレール(未映子):ドレスを。
スパンコールの白いドレス。

ソランジュ(カイ):「(ひざまずき、へりくだって)」
奥様に お美しくなっていただきたいんです。

クレール(未映子):美しく?
「(鏡に向かって 身繕いながら)」
あたしはきれいになる。
牛乳配達の 若い男

ソランジュ(カイ):
赤いドレスです。
奥様は 赤いドレスをお召しになるのです。
赤いビロードのドレス。
…黒のご衣裳のほうが
奥様の未亡人としてのご身分を引き立たせるかもしれませんが。

クレール(未映子):ええ いいわ
あたしのことを脅迫したらいいわ

ソランジュ(カイ):
わたくし 女中だ ってことを
思い出してくださいませ 奥様
奥様は赤のドレスをお召しになるのです。

クレール(未映子):「(あっさりと)」
オーケー。
「(きっぱりと)」
ドレスを出して!
(ソランジュ ドレスを着るのを手伝う)
あんた なんだか けものの匂いがする
きたない屋根裏部屋の匂い。
屋根裏部屋 女中部屋!
あそこに 鉄のベッドが二つ、あいだに小さいテーブル
あそこには ペンキで塗ったタンス、
そのタンスの上に小さな祭壇。聖なる処女 ってやつの。

カイ:え なんて?

未映子:聖なる処女
カイ:え なんて?

未映子:聖なる処女

カイ:だれが?

クレール(未映子):(笑う)悪魔があの匂いをさせてあたしを抱く
地面から足が離れて あたしはいくのよ
(かかとで床を蹴る)

カイ:え なんて?

クレール(未映子):(未映子笑う)でもあたしはいかないの。

ソランジュ(カイ): 奥様の目 きらきらしてきましたわ

クレール(未映子): クレールあんた
自分の役を降りるつもり?
あんたの爪 あんたの憎しみ

ソランジュ(カイ):「(はじめはやさしく)」用意は万端。

クレール(未映子):ゆっくり ね ゆっくり。
(ソランジュを静めようと やさしく肩をたたく)

ソランジュ(カイ):(赤いドレスにつばを吐く)(カップル笑う)
奥様 お美しい奥様。
美しさをひとりじめにして わたしには分けてくださらない
香水
おしろい
赤いマニキュア
シルク
ビロード
レース
そして
あの 牛乳屋

クレール(未映子):クレールよ、
ソランジュ あんたは クレールよ…

カイ:あ こう なってるんだ(交差してるんだ というしぐさ)

未映子:そうそう

ソランジュ(カイ):
クレールは
あんたのことなんかこれっぽっちも大事にしちゃいない
いま クレールは史上最高にクレールになってる
透明に 光り輝いてさ!
(クレール未映子の頬を張る)
奥様には花 あたしには流し
あたしは女中!
(のどをふせいでいるクレールの手を叩く)
あたし 台所に戻るわ…でも
その前に 仕事を。

(目覚まし時計の音 かすかに。)

未映子:わー これ むずかしいなあ なあ?


●シーン1●5 
(現代)利用する カイ未映子

(カイ:A 未映子:B)

カップルの部屋。夜。

A :あれ 手 よごれてるよ

B :うそ

A :え

B :…

A :え
あれ?
え なんか したの?

B :手 洗って来る

A :え

B :え?

A :…

B :ごめん
え なんか 疑ってる?

A :疑ってる って ゆうか
え べつに
あれ?

B :…

A :え?


●シーン1●6 
(現代)比べる くぎもとマヤ

(くぎもと:A マヤ:B)

A :おぼえてる?

B :ん?

A :なんかさあ
海に行ったじゃん

B :いつ?

A :ちっちゃいころ。

B :うん。

A :なんかみんなで
電車に乗ってさあ

B :うん

A :あれ どこの海だったんだろ?

B :電車は おぼえてる

A :うん
え なんかベージュの電車かあ。

B :え ベージュ?
何線?

A :あー 思い出せない。
ね あんときの水着

B :え?

A :キコちゃんのさあ みどりの
すごい可愛くて
あたし すごい うらやましかった

B :え えーーーみどり??
ぜんぜんおぼえてない

A :あんとき キコちゃんのだけ 新しいの買ったんだよ。

B :おぼえてない。

A :おぼえてないの?

え えーーー
B :おぼえてないよ。


●シーン2●1
突然 目覚まし時計が鳴る。(マヤ未映子)

(突然 目覚まし時計が鳴る。
 クレール 目覚まし時計を止める)

ソランジュ:もう?

クレール:奥様がお帰りになる。
(ドレスのホックをはずしながら)
手伝って。
もう終わり。あんたやっぱり最後までできんかったな。

ソランジュ:(手伝いながら)
いっつもおんなじ。あんたのせいやで
ひっぱるだけひっぱって、殺されへん。

クレール:時間がかかるのは準備のせいや、
それに…

ソランジュ: 窓 見張っといて。

クレール:それにもともと 片付けられるよう時間は余裕をとってる
目覚まし時計は進めてあるんですー
(ぐったりと椅子にすわる 鏡を見る)

ソランジュ:あつ。暑苦しいわあ今晩は。
なあ、一日中暑かったわ。

クレール:そやな

ソランジュ:こんな天気の日は死にそうやわ クレール

クレール:そやな

ソランジュ:なあ、ちょうもう時間。

クレール:そやな
お茶の準備しなかんな

ソランジュ:なあ。…なあ、ちょう、窓見張り!

クレール:うるさいなあ時間はあるってゆうてるやろ

ソランジュ:な あんた鏡見過ぎやって 自分の顔。
クレールちゃん 鏡見過ぎ。

クレール:あたしは疲れてんねん。

ソランジュ:鏡はもおええって。
間に合わなかったらどないすんねんな。
こっちはドレスにブラシもかけなあかんねん。

クレール:かけたらいいじゃない(奥様の声の調子を真似して)

ソランジュ:なんやのそれ
もういつものあんたに戻ってええねんで
クレール、あたしの妹に戻り。
クレールさん、女中のクレールさん、奥様が帰ってきはるで。

クレール:あんたさっきからほんまにうるさいな。なんやのこの明かり。
つけすぎちゃうの。

ソランジュ:はあ?なにゆうてんの
あんた まっくらなとこでやりたいんか?
なああんた 目 つぶっとったら?
クレール あんたもう寝た方がええわ

クレール:「疲れた」ゆうただけやん。
あんた姉ちゃん気取りかなんかしらんけど
なんでそんな必死なん?

ソランジュ:必死ってなに?
あたしはちょっと寝たほうがええんちゃうってゆうてるだけやん。
あんたがそんなとこでぼーっとしてるから
こっちも何にも片付かへんってゆうてるんやん

クレール:あたしに説明しやんでいいから、
ちょう、あんたうっとい。

ソランジュ:はあ?もとはゆうたら あんたが始めたんやろ?
牛乳屋のこと持ち出したのも あんたちゃうのん?
あんたかっこつけてるけど
あんたが考えてることくらい あたしにはちゃあんとわかってるねんで
マリオ。

クレール:ちょ、マリオはやめて

ソランジュ:あの牛乳屋が 毎晩毎晩あたしにやらしいことゆうたって、
あんたにもおんなじことゆってる
あんたさっき ちょっとうれしそうな顔してたなあ!

クレール:あんたさっきから
しょうもないことぐだぐだぐだぐだゆうてる間に、
ちゃんと片付いてんのか みといたほうがええんとちゃう?
机の鍵。(鍵を置き変える)
旦那様が言うで、カーネーションやバラのうえに…

ソランジュ:あんたこそなんやの、うれしそうにごっちゃにしてさ…

クレール:カーネーションやバラのうえに
いっつも女中の髪の毛がくっついてる って

ソランジュ:聞きーや!
あんたはあたしらのこまかいしょうもない女中の生活のはなしと
せっかくのあれの話をを…
あんたはいつでも結局ごっちゃにしてまうねん

クレール:はあ?
あたしが いつ なにとなにをごっちゃにしたって?
なにをゆうてんの? だいたいあんたは昔からヒガモやねん
意味がわからんわ

ソランジュ:わかるわ あたしは

クレール:あたしはわからん ゆうてんねん
え ほんで
あたしが何と何をごっちゃにしたって?
あんたべらべらしゃべれる口あんねんから はっきりしゃべれや。
儀式?
あ 儀式のこと ごっちゃにされたんで キレてんねんや。
ここであんたと議論してるひまなんてないねん 悪いけど。
ここでしょうもないこと話してる間に、
なあ、あの女 帰ってくんで。


●シーン2●2 
♪ ジュネの歌

♪ジュネの歌

G E N E T
G E G E
N N。

文字を書き付けることはきらいです。
ひとがすきです。
あなたのことが
好きです。

あなたは
僕の 僕の?
ことが キライ

嫌いでも
愛さえあれば
それでいい
ラララ ララ
ララ

G
J
ジャン
ジャン ジュネ。


●シーン2●3 
(現代)比べる カイマヤ

(マヤ:A カイ:B)

カップルの部屋。昼。

A :ね
あたしと あのこと 比べてる?

B :え

A :どっちが好き?

B :好きだよ

A :…

B :好きだよ。

A :…
うれしい

B :じゃあいいじゃん

A :じゃあいいの?

B :好きだよ。

A :じゃあもっと言って

B :好きだよ。
好き…かも。
好きだよ。

A :もおいいよ。(笑う おとこの手をにぎる。)


●シーン2●4 
♪ ジュネのしゃべることば1

ごっこ ごっこ ごっこ 演じる。

ジュネです。
名前はジャンです。
J-E-A-N G-E-N-E-T

歌をうたいます。

僕の ぼくの?
お姉さんは 女中です。
多分 女中です。
オレは 捨てられた 捨てられた?
捨てられたコドモですので
きょうだいにも 母親にも 父親にも かぞくにも
あった ことが
会ったことが?
多分。
会ったことがない。
パリ。
パリ。
もちろんここは東京で
東京都北区王子の 王子小劇場というところで
パリなんかじゃあない
僕は 僕は?
ジュネですが
フランス語はしゃべれない。


●シーン2●5 
奥様の優しさ 息が詰まる 全員

ソランジュ(くぎもと):クレール
あの牛乳屋が 毎晩あたしにいやらしいことを言ったって
あんたにもおんなじことを言ってる
でもさっきは ひどくうれしそうだったわねあんた…

クレール(かさぎ):ね ソランジュ
でも今度こそあのひとのことをやってやった
旦那様が逮捕された ってきいたときの あの女の顔

ソランジュ(カイ): くたばっちまえ!
(ミサイル)あのきったない屋根裏部屋

クレール(マヤ):あたしは
あの屋根裏部屋 けっこう好きよ

ソランジュ(くぎもと):ばか ヒロインきどりね

ソランジュ(ミサイル):
あたしは大嫌い
きったない
なあんにもない
そう どおせあたしたちは なあんにもない。
しゃれた手つきでもちあげようにも ビロードのカーテンはない
踊るように歩こうとも ふかふかのじゅうたんはない
目に楽しい家具もない
鏡もない バルコニーも!

ソランジュ(カイ):
安心したら、
牢屋の中でだって
あんた マリーアントワネットみたいにして
歩き回れるわよ
夜 部屋で ね。

クレール(未映子):何言ってんの
あたし 部屋の中を歩き回ったことなんて…

ソランジュ(カイ):(皮肉に)
へええ
お嬢様は
お部屋の中を歩き回ったりなんて なさらない!
カーテンやレースのベッドカバーにくるまってね!
鏡の自分にみとれたり
バルコニーでいい気になって歩いてさ!

クレール(未映子):ねえ ソランジュ
(かさぎ)声が大きすぎる!
(マヤ):奥様の帰ってくるのが 聞こえないかもしれない
(窓に走り寄り、カーテンを持ち上げる)

ソランジュ(ミサイル):カーテン! 上げないでよ

クレール(マヤ):
あんたにはつまんないことでも 人殺しみたいに見えてるのね
(かさぎ)あんたすっごく 怖がってる…

ソランジュ(くぎもと):あたしを怒らせようとしてるわけ?
だれもあたしのことなんかどおでもいい
(カイ)だれもあたしたちのことなんか愛してない

クレール(未映子):彼女は
奥様はあたしたちを大事にしてくださってる。

ソランジュ(くぎもと):あの女は
ご自分の椅子とおんなじように好きってこと
(ミサイル)もっと言ってしまえば あのバラ色の便器とおんなじ
(カイ)あの女専用の ビデと。
(くぎもと)あたしたちだってじぶんたちを愛せない
きたない垢は おんなじ垢のことを好きになんてなれない。

クレール(かさぎ):(立ち上がり、泣く)
もっと優しく話して。
お願い
奥様
奥様の優しい話をしてよ

ソランジュ(ミサイル):優しさね!
あたたかく親切で優しいなんて かんたんなことよ
あのひとは キレイで金持ちなんだから
でも女中は女中でしかないわ
優しさ なんて!

クレール(マヤ):やめてもう
息が詰まる
(未映子)息が詰まるわ(窓をあけようとする)

ソランジュ(くぎもと):窓は開けないで。
奥様が帰って来る。

ソランジュ(ミサイル):
奥様は 星と 涙と ほほえみと ためいきとを
持って帰ってくるわよ

ソランジュ(カイ):
そんなふうな甘ったるいいろいろで あたしたちを腐らせてくれるわ。


●シーン2●6 
(現代)逃げる カイミサイル

(カイ:A ミサイル:B)

A :逃げる?

B :逃げる…

A :逃げる。

B :逃げ れないでしょ

A :や にげ たい

B :ほんとに?

A :うーん。。でも


●シーン2●7 
(現代)利用する かさぎミサイル

(かさぎ:A ミサイル:B)

Aの部屋。

A :シューマンが

B :え?

A :あのさ 音楽家で シューマンているでしょ
そのシューマンがね
なんかね ブラームス
ブラームスってのもいるでしょ
音楽家で

B :え よくしらないけど

A :ま いて でね いるんだけど

B :うん

A :で ブラームスが シューマンの 家に来たときにね
ふたりは ともだちで で
「君が来てくれて よかった。
 これで2人で黙っていられるね」
て 言ったんだって

B :え?

A :え シューマンが 言ったんだって。

B :なに? え なんかよくわかんない。

A :え だから ふたりで 黙るの。

B :うん。

A :うん。

B :ああ
うん。

A :うん。
なんかね

B :うん。

A :なんかね
あいつさあ すごい うそついてて。

B :ん。

A :なんかそれはね おれも
ほんとのことばっかり言って生きてるわけじゃない
ないけど でも
ひとを 傷つけたりとか
平気なんだあ
っておもって でも
でもなんか すごい 好きとか
あーでもなんかもうどうでもいいけど
なんか 好きって何だろ
ねえ?
好きって何だろ。


●シーン3●1 
電話のベル 未映子カイ

ソランジュ:
そんなふうな甘ったるいいろいろで あたしたちを腐らせてくれるわ。

(電話のベル。姉妹は耳をひそめる)

クレール:(電話に)
…旦那様?
はい、クレールでございます、旦那様…
釈放 なんて
奥様 きっとお喜びになりますわ
ええ メモを。
旦那様は 奥様を ビボケの店でお待ちになる…
はい…
…では、旦那様。
(受話器を置こうとするが 手が震えてテーブルの上に置いてしまう)

ソランジュ:出て来たの

クレール:判事が 保釈をつけたのよ

ソランジュ:たいしたもんだわ
あんたの密告 あんたの手紙。
…くすり。睡眠薬。

クレール:そうね。
あたしは強いわ
あたし
あたしは クレール
もうがまんできない。

ソランジュ:あたしだってがまんできない
あたしたちふたりが 似すぎてること
この手 黒い靴下 あたまの髪の毛…

クレール:それは 愛しすぎてるってこと。
ねえ!
あたし 覚悟はできた
冠をかぶりましょ
あたしはやるわ

ソランジュ:でも…

クレール:ソランジュ
あたしたち あの永遠の恋人たちになるのよ
罪人と聖女のカップル。
ソランジュ
あたしたち 救われるのよ。
(奥様のベッドのうえに 腰を下ろす)

ソランジュ:落ち着いて。

クレール:ほっといて。
明かりを
少し
暗くしてちょうだい。
(ソランジュ 明かりを消す)

ソランジュ:(ひざまずいて クレールの靴を脱がせ 足に接吻)

クレール:恥ずかしいソランジュ

ソランジュ:眠っちゃったら そのまま屋根裏部屋へ運んであげる。
あんたの服を脱がせて、
ベッドに寝かせてあげる。

(ソランジュ クレールを寝かせる
 沈黙 クレール ソランジュの背中に手をまわす)

クレール:おぼえてる?
木の下で、
ふたりで、
足に日が射して、
ソランジュ、

ソランジュ:眠るの。
あたしは あんたのお姉さんよ

(沈黙。クレール立ち上がる)

クレール:だめ だめ
明かり
明かりをつけてよ!!
綺麗すぎる。
(ソランジュ 明かりをつける)
しけた顔はやめて。
陽気になって
歌ってよ
悲劇的すぎる
窓を閉めて。
(ソランジュは笑いながら窓を閉める)
あの女を森にかついでいってさ、
にれの木の下で、
月明かりで、
ばらばらにして、
花壇の下に埋めてさ、
毎晩毎晩 じょうろで水をやるのよ!

(アパルトマンの入り口で ベルが鳴る)

ソランジュ:奥様。
あの女 帰って来た。
クレール
あんた
ほんとに
やれる?

クレール:いくつ?
入れるの

ソランジュ:10
菩提樹茶のなかに。
10粒。
できるの?

クレール:瓶を持って来る
10 ね

ソランジュ:
10
お茶は濃くして。
いい?

クレール:おーけー。

ソランジュ:うんと 甘くして。


●シーン3●2 
電話のベル マヤくぎもと

(電話のベル。姉妹は耳をひそめる)

クレール:(電話に)
…旦那様?
はい、クレールでございます、旦那様…
(ソランジュは受話器を取ろうとするが、
 クレールが退ける)
はい、奥様に
お伝えいたします
釈放 なんて
奥様 きっとお喜びになりますわ
…はい
旦那様
ええ メモを。
旦那様は 奥様を ビボケの店でお待ちになる…
はい…
…では、旦那様。
(受話器を置こうとするが 手が震えてテーブルの上に置いてしまう)

ソランジュ:出て来たの

クレール:判事が 保釈をつけたのよ

ソランジュ:だけど…
だけど それじゃ
ぜんぶ むりだわ

クレール:あたしたち
できるだけのことはしたわ

ソランジュ:えええ
たいしたもんだわ
あんたの密告 あんたの手紙 みんなすばらしくうまく行ってね!
で なんで 旦那様は
家じゃなくてビボケに行くの?
なんでよ!

クレール:そんなにあんたに能力があるんなら
奥様を片付けちゃえばよかったのよ
こわくなって やめたくせに!
香水の匂いやら なまあたたかいベッドやら…
それが 奥様!
この生活を続けるほかないんだ
また あたしたち 遊びを続けて…

ソランジュ:遊びも危ない。
証拠をのこしてるわ
奥様はみんなわかってる
ベルを鳴らすだけで。
あたしたちが 奥様のドレスを着てたことも、
奥様のしぐさを真似してたことも、
奥様の恋人を奪おうとしてたことも。
みんな あの女のまえで白状するわ
あんたの不手際のせい
なにもかもだめになる!

クレール:それは
あんたに力がなかったからよ
できなかったから!

ソランジュ:なにを?

クレール:殺さなかった。

ソランジュ:まだあたしに力はあるわ

クレール:どこに? どこによ
あんたはなんにも見てやしない
あんた牛乳屋のことが頭をかすめただけで
もうなんにもかんがえられなくなっちゃう

ソランジュ:あいつの顔が見えなかったのよ
クレール
あのとき急に
すぐそばにいることに気づいちゃったのよ
奥様の眠りの すぐそばに。
力が抜けて
のどなんかどこにあるのかわかんなくって
毛布を あのひとの胸の上にふくらんだ毛布をめくらないと とおもって…

クレール:(皮肉に)
そして 毛布はなまあたたかくて
夜は 暗くて。
そういうことはね
まっぴるまだってできるひとにはできるのよ
あんたには こんなおそろしいことはできないのよ
でも あたしは
あたしだったら やるわ
なんだって。

ソランジュ:くすり。睡眠薬。

クレール:そうね。
あたしは強いわ
あんたさっき あたしに威張ろうとしたけど…

ソランジュ:ね クレール…

クレール:(静かに)
あたし
あたしは クレール
もうがまんできない。
蜘蛛、
傘の袋、
きたない
神様も家族もない くたびれた尼さんみたいなのは もうたくさん。
祭壇のかわりにかまどなんて もうたくさん。
あたしはのろわれたおんな、腐ったおんな
あんたの目からみてもそうでしょ

ソランジュ:(クレールの両肩に手を置き)
クレール…
ふたりとも興奮し過ぎだわ
奥様
帰ってこないわね
あたしだってがまんできない
あたしたちふたりが 似すぎてること
この手 黒い靴下 あたまの髪の毛…

クレール:(いらだって)
ああああ
やめて!

ソランジュ:あんたの手助けをしたい
でもあんたがいやがるのはわかってる
あたしもあんたが きらい

クレール:愛しすぎてるってこと。
あたし このおそろしい鏡が耐えられない
あたしの姿を吐き返す
あんたは あたしの臭い息
ねえ!
あたし 覚悟はできた
冠をかぶりましょ

ソランジュ:でも
やっぱり
それだけの理由じゃあ
あのひとを
殺せない

クレール:
これ以上 なにがあるっていうの?
今夜奥様は
どん底にいるあたしたちを ひとごとみたいに見るわ
げらげらばか笑いもするかも。
涙を流しながら でも 笑う。
そして 深いためいき!
あたしはやるわ
あんたはできなかったけど…
毒を。
強いのは あたしよ。

ソランジュ:でも…

クレール:タオルを取って
洗濯バサミ
タマネギ
にんじん
窓を拭いて!
終わり。
終わりだわ!
ああ 忘れるとこだった
蛇口を閉めて。
おしまい。
あたしは 世界を支配するの

ソランジュ:あんた

クレール:手伝うでしょ?

ソランジュ:あんた わかってないわ
もっと すごく たいへんで
すごく簡単なことなのよ
クレール

クレール:あたし 牛乳屋のあの太い腕で支えてもらう。
あのひとなら平気よ
そして左手をあのひとの首にまわして…
手伝ってくれるでしょ?
そして あたしがもっと遠くまで行くことになったら
ソランジュ
もしあたしが流刑場に行くことになったら
いっしょに行ってくれるでしょ?
船に乗ってさ!
ソランジュ
あたしたち あの永遠の恋人たちになるのよ
罪人と聖女のカップル。
あたしたち 救われるんだわ
ソランジュ
そう
あたしたち 救われるのよ。
(奥様のベッドのうえに 腰を下ろす)

ソランジュ:落ち着いて。
部屋まで運んであげる。
眠りなさい。

クレール:ほっといて。
明かりを
少し
暗くしてちょうだい。
(ソランジュ 明かりを消す)

ソランジュ:休みなさい
休みなさい
いい子。
(ひざまずいて クレールの靴を脱がせ 足に接吻)
落ち着いて
かわいいクレール
(クレールをなでる)
足を乗せて
そう 目を閉じて。

クレール:(ためいきをつく)
恥ずかしい
ソランジュ

ソランジュ:(きわめて優しく)
だいじょうぶ
眠っちゃったら そのまま屋根裏部屋へ運んであげる。
あんたの服を脱がせて、
ベッドに寝かせてあげる。
眠りなさい
あたしがついてる。

クレール:恥ずかしいわ、ソランジュ。

ソランジュ:静かに。

クレール:(訴えるように)
ソランジュ?

ソランジュ:なあに、

クレール:ソランジュ、聞いて

ソランジュ:眠るのよ

(長い沈黙)

クレール:あんたの髪 きれいね
きれいね。
あのひとの…

ソランジュ:あのひとの話はしないで

クレール:あのひとの髪は つけ毛。
(長い沈黙)
おぼえてる?
木の下で、
ふたりで、
足に日が射して、
ソランジュ、

ソランジュ:眠るの。
あたしは あんたのお姉さんよ

(沈黙。クレール立ち上がる)

クレール:だめ だめ
明かり
明かりをつけてよ!!
綺麗すぎる。
(ソランジュ 明かりをつける)
立って
なにか食べなきゃ
台所に…
ねえ
食べなくちゃ!
強く ならなきゃ

教えて
睡眠薬 ね?

ソランジュ:そう

クレール:くすり。
しけた顔はやめて。
陽気になって
歌ってよ
歌いましょ
歌ってよ。
お城で 乞食をしてるみたいに。
歌って!
(二人は声高に笑う)
そうしなくっちゃ
悲劇的すぎる
窓から飛んでっちゃうわ
窓を閉めて。
(ソランジュは笑いながら窓を閉める)
殺人。ことばじゃ いいあらわせないことだわ
歌って!
あの女を森にかついでいってさ、
にれの木の下で、
月明かりで、
ばらばらにしてやるの!
そして歌うのよ
花壇に咲いてる花の下に埋めてさ、
毎晩毎晩 じょうろで水をやるのよ!

(アパルトマンの入り口で ベルが鳴る)

ソランジュ:奥様。
あの女 帰って来た。
(クレールの両手首をつかむ)
クレール
あんた
ほんとに
やれる?

クレール:いくつ?
入れるの

ソランジュ:10
菩提樹茶のなかに。
10粒。
できるの?

クレール:(ふりほどき ベッドを直しに行く
 ソランジュは一瞬クレールをみつめる)
瓶を持って来る
10 ね

ソランジュ:(きわめて早口に)
10
9粒じゃあ足りないわ
多すぎたら吐き出しちゃう
10
お茶は濃くして。
いい?

クレール:(つぶやく)
おーけー。

ソランジュ:(出て行こうとするが 思い直し ふつうの声で)
うんと 甘くして。


●シーン3●3 
(うごきのみ) カイミサイル

・ソランジュの言いたかったこと

ぜんぶ むりだわ

旦那様

家じゃなくてビボケに行くの?

あんたのせい

あの女

ばかにしてる

カーテン

あたしに力はあるわ

気づいちゃった

くすり

黒い靴下

きらい

殺せない

すごく たいへんで
すごく簡単なことなのよ

だいじょうぶ

あたしは あんたのお姉さんよ

奥様

できるの?


●シーン3●4 ♪ 女中の歌

♪女中の歌

善なるもの
善良なるもの

あたし キレイ?
あたし キレイ?
あたし キレイ?
あたし キレイ?

働きます
お勤め
ヨルマデ
アサマデ
ヒルマデ
シヌマデ

しにたああああいとひとりこえにだしてもだれもきくひともなしひとりのへやひとりのへやひとりのへやひとりの

わたしには妹がいます。
わたしには妹がいました。
わたしには姉がいます。
わたしには姉がいました。
親もいたはずです。
父親も母親も
弟も
いたはずですが。


●シーン3●5 
電話のベル かさぎミサイル

(電話のベル。姉妹は耳をひそめる)

クレール:(電話に)
…旦那様?
はい、クレールでございます、旦那様…
はい、
釈放 なんて
奥様 きっとお喜びになりますわ
ええ メモを。
旦那様は 奥様を ビボケの店でお待ちになる…
はい…
…では、旦那様。
(受話器を置こうとするが 手が震えてテーブルの上に置いてしまう)

ソランジュ:出て来たの

クレール:判事が 保釈をつけたのよ

ソランジュ:だけど…
だけど それじゃ
ぜんぶ むりだわ

クレール:(そっけなく)
聞いた通りよ

ソランジュ:
判事もばかなことを!
法律もでたらめ
旦那様
出て来たらきっとすっかり調べる
家の中を探しまわって 犯人をみつけるわ
で なんで 旦那様は
家じゃなくてビボケに行くの?
なんでよ!

クレール:そんなにあんたに能力があるんなら
奥様を片付けちゃえばよかったのよ
こわくなって やめたくせに!
香水の匂いやら なまあたたかいベッドやら…
それが 奥様!
この生活を続けるほかないんだ
また あたしたち 遊びを続けて…

ソランジュ:遊びも危ない。
証拠をのこしてるわ
あんたのせいよ

クレール:それは
あんたに力がなかったからよ
できなかったから! あんたが…

ソランジュ:なにを?

クレール:殺さなかった。

ソランジュ:あいつの顔が見えなかったのよ
クレール
力が抜けて
のどなんかどこにあるのかわかんなくって
毛布を あのひとの胸の上にふくらんだ毛布をめくらないと とおもって…

クレール:そして 毛布はなまあたたかくて
夜は 暗くて。
そういうことはね
まっぴるまだってできるひとにはできるのよ
あんたには こんなおそろしいことはできないのよ
でも あたしは
あたしだったら やるわ
なんだって。

ソランジュ:くすり。睡眠薬。

クレール:そうね。
あたしは強いわ
あんたさっき あたしに威張ろうとしたけど…
あたし
あたしは クレール
もうがまんできない。

ソランジュ:クレール…
あたしだってがまんできない
あたしたちふたりが 似すぎてること
この手 黒い靴下 あたまの髪の毛…

クレール:ああああ
やめて!

ソランジュ:あたしもあんたが きらい

クレール:愛しすぎてるってこと。
ねえ! あたし 覚悟はできた
冠をかぶりましょ
これ以上 なにがあるっていうの?
今夜奥様は
どん底にいるあたしたちを ひとごとみたいに見るわ
げらげらばか笑いもするかも。
涙を流しながら でも 笑う。
そして 深いためいき!
あたしはやるわ
あんたはできなかったけど…
毒を。
強いのは あたしよ。
ソランジュ
あたしたち あの永遠の恋人たちになるのよ
罪人と聖女のカップル。
あたしたち 救われるんだわ
ソランジュ
そう
あたしたち 救われるのよ。

ソランジュ:落ち着いて。
眠りなさい。

クレール:ほっといて。
明かりを
少し
暗くしてちょうだい。
(ソランジュ 明かりを消す)

ソランジュ:(ひざまずいて クレールの靴を脱がせ 足に接吻)
落ち着いて
かわいいクレール

クレール:恥ずかしい ソランジュ

ソランジュ:だいじょうぶ
眠っちゃったら そのまま屋根裏部屋へ運んであげる。
あんたの服を脱がせて、
ベッドに寝かせてあげる。
眠りなさい
あたしがついてる。

クレール:ソランジュ?

ソランジュ:なあに、

クレール:ソランジュ、聞いて

ソランジュ:眠るのよ

(長い沈黙)

クレール:あんたの髪 きれいね
きれいね。
あのひとの…
あのひとの髪は つけ毛。
(長い沈黙)
おぼえてる?
木の下で、
ふたりで、
足に日が射して、

ソランジュ:眠るの。
あたしは あんたのお姉さんよ

(沈黙。クレール立ち上がる)

クレール:だめ だめ
明かり
明かりをつけてよ!!
綺麗すぎる。
(ソランジュ 明かりをつける)

教えて
睡眠薬 ね?

ソランジュ:そう

クレール:くすり。
歌ってよ
歌いましょ
歌ってよ。
お城で 乞食をしてるみたいに。
歌って!
窓を閉めて。
殺人
あの女を森にかついでいってさ、
にれの木の下で、
月明かりで、
そして歌うのよ
花壇に埋めてさ、
毎晩毎晩 じょうろで水をやるのよ!

(アパルトマンの入り口で ベルが鳴る)

ソランジュ:奥様。
あんた
ほんとに
やれる?

クレール:いくつ?
入れるの

ソランジュ:10
菩提樹茶のなかに。
10粒。

クレール:瓶を持って来る
10 ね

ソランジュ:10
9粒じゃあ足りないわ
お茶は濃くして。
いい?

クレール:おーけー。

ソランジュ:うんと 甘くして。


●シーン3●6 
(現代)利用する カイ未映子+かさぎ

(未映子:A カイ:B かさぎ:C)

カップルの部屋。

A :手 よごれてるよ

あれ?
え なんか したの?

B :手 洗って来る

A :え

B :え?
え なんか 変??

A :え 変てゆうか

B :え 手洗って来る

A :ちょっとちょっと え
なになにきになるー

B :え きになるって
なにも ないから。

A :手?

B :手。。
洗って来る。

A :え?

C :手 よごれてるよ

A :え?


●シーン3●7 
(現代)比べる マヤかさぎ

(A:マヤ B:かさぎ)

A:くらべて

B:え?

A:ちゃんと 計って

ちゃんと かんがえてよ

B:え ごめん
もう いいじゃん
え でも うそはついてないよ?

A:…

B:え なに 計るって?

A:なんかこう 天秤で
計る

B:えーーー そういうもんなの?

A:え それはさあ
どっちもだいじ とか言われて
それで
え あたしどうしたらいいの?

B:ごめん
なんか 考え過ぎじゃない?

A:(大声)かんがえすぎじゃないよ!

B:…えー…

A:あーもうごめん ちゃんとしてほしいの

B:ちゃんと

A:うん

B:ちゃんと

A:うん

B:ちゃんと してるよ


●シーン4●1 
奥様登場 くぎもとミサイル ←大木

(アパルトマンの入り口で ベルが鳴る
 奥様の神経質な笑い声。)

奥様:あいもかわらず すごい 花ね!
いやらしいグラジオラス 気がめいるバラ色 そしてミモザ!
旦那さまは犯罪者扱いされてるってのに
こんなにたくさんの バラ!!
いい? ソランジュ
あたしはもう 希望を失ったの
こんどはもう
旦那さまは確実に 監獄ゆき
(ソランジュは奥様の毛皮の外套を脱がす)

ソランジュ:奥様 考えすぎですわ

奥様:旦那さまは潔白を証明するためにガンバってるのに
あたしはこの花園の中をゆくんだわ!
こなごな。

ソランジュ:手がこんなに冷えて。

奥様:あたしのこころは こなごな!
あんたたち あたしのお墓を用意してるのよ
あたしの部屋に 棺桶用の花を!

ソランジュ:旦那さまが無実だってことは すぐにわかりますわ

奥様:無実よ!
ああでもね 有罪だって!
こんなことが起こって
あたしたちは別れても当然
だけど
あたしたちは もっともっと強くむすばれる!
まえよりも幸福だ ってくらい
怪物的な幸福!
あたしはあのひとの十字架を背負う
牢獄から牢獄へ
流刑場まで 付いてくわ


●シーン4●2 
(現代)利用する マヤくぎもと

(マヤ:A くぎもと:B)

A :シューマンがね

B :え?

A :あのさ 音楽家で シューマンているでしょ
そのシューマンがね
なんかね ブラームス
ブラームスってのもいるでしょ
音楽家で

ブラームスが 家に来たときにね
ふたりは ともだちで で
「君が来てくれて よかった。
 これで2人で黙っていられるね」
て 言ったんだって シューマンが。

B :え?
なに?

A :ふたりで 黙るの。

B :うん。

A :なんかね。

B :ああ
そうか。

A :うん。
なんかね

B :うん。

A :なんかね
あいつ すごい うそついてて。

B :うん。

A :なんかそりゃあたしだって
ほんとのことばっかり言って生きてるわけじゃないけど
でも あ あたしのことを 傷つけたりとか
平気なんだあ
とおもって
でもなんか すごい 好きとか
なんかもうどうでもいいけど
なんか 好きって何だろ
ねえ?
好きって何だろ。なんだろ?


●シーン4●3 
♪ ジュネのしゃべることば2


目をつぶったらきもちよくねむれる

夢はみない

目をあけたら 朝
あたらしいあさ


夜は嫌い
だから
目を
僕の
目を
閉じる


●シーン4●4 
(現代)比べる かさぎミサイル

(かさぎ:A ミサイル:B)

A :おれと あいつと 比べてる?

B :え

A :どっちが好き?

B :好きだよ

A :…

B :好きだよ。

A :…
それは わかってる

B :じゃあいいじゃん

A :…じゃあいい

B :え 比べてるの?

A :比べてないよ

B :…好きだよ

A :…どっちが好き?

B :え?

A :おれと あいつと 比べてる?


●シーン4●5 
ソランジュはしゃべりすぎる 
ミサイルかさぎ未映子

奥様: あたしはあのひとの十字架を背負う
牢獄から牢獄へ
流刑場まで 付いてくわ!
あたしもう着飾る なんてやめるわ
もうあたしだって年だし
ねえ ソランジュ
あたし もう若くないわね?
ねえ 田舎に行く?
あんたたち あたしのむすめ みたいなもんよ
それに
ねえ こんど あたしのもの
みんなあんたたちにあげる
(戸棚に行き ドレスをながめる)
もう上流の生活なんてやめるわ

(クレールがお茶を捧げて登場する)

クレール:奥様 お茶 を。

奥様:置いといて。あとで飲むわ
あら…
受話器。
電話が誰からかあったの?


●シーン4●6 
クレールと奥様
かさぎ マヤ未映子くぎもと

(毛皮のコートを着る クレールに)
奥様:(未) いつ?
(く)(マ) 電話。

クレール:(抑揚のない声で)
奥様の お帰りになる 5分前に。

奥様:(未) すぐ話してよ!
お茶 冷めちゃったわ
(く) ああもうあのひと
(マ) (未) なんて言ってた?

クレール:なんにも。判事が 保釈にしてくれた と。

奥様:(マ) こんな真夜中に
裁判所からでられるもんなのかしら?
(未) 判事 って
(く) そんなに遅くまで働いてるもんなの?

クレール:それは まあ 場合によっては もっとずっと遅くまで。

奥様:(マ) もっと
(く) ずっと
(未) 遅く…
(マ) あんた どうしてそんなこと知ってるの?

クレール:わたくしは よく知っております 探偵雑誌を読むんです

奥様: (く) なあにそれ?
(未) あんたって
(未)(マ) ほんとにへんな子。
(く) 遅い。
(未) あたしのオーバー
(マ) 裏をちゃんと直しに出してね

クレール:あす 毛皮屋へ。

奥様:(マ) ねえ
(未) かけいぼは? 今日の収支。
(く) いま時間があるから見るわ

クレール:それは ソランジュの仕事です

奥様:(く) そうね… それにあたしいま気がおかしくなってるから…
(マ) (未) あした 見るわ
(未) ね。…
(マ) ね あんた…
(く) お化粧してるのね!
(く) (マ) (未) クレール!!
(マ) お化粧してるのね!

クレール:奥様…

奥様:(マ) いいのいいの隠さなくても。
(く) わかるわ
(く) (マ) 生きるのよ
(く) あんたもね 
(く) (未) 生きるの!
(未) それ どこのいいひとのためなの
(マ) 白状なさい!

クレール:すこし おしろいを…

奥様:(く) おしろいじゃあないわ
(マ) ピンクが入ってる
(未) あたしの古い口紅もつけたわね
(未)(く) 「バラの灰」ってやつ…
(マ) あんたまだ若いのよね
もっと キレイに なったらいいわ
(く) ほら いろいろ ね…
(花を取って クレールの髪に挿す)
(未) なにしてんのかしら?
もう12時も過ぎたってのに 帰ってこないわ!

クレール:タクシーが いないんですよ
大通りまで出て 探してるんですきっと

奥様:(未) そうね
(マ) (未) 時間の感覚がなくなっちゃったわ
(く) うれしくて 気が狂いそう!
(マ) 旦那さまが
(マ) (未) 釈放!
(く) 電話
(マ) こんな時間にねえ。

クレール:奥様 お掛けになった方がよろしゅうございますわ
お茶を 入れ直してまいります

奥様:(く) いらない
(未) あたしのどは渇いてないわ
(く) 今夜はこれから 
(く)(マ) シャンパン
(マ) 一晩中ね!

クレール:ええ お茶を すこし…

奥様: (マ) もうすっかり元気満杯だわ
(く) あたしたちを待ってなくていいから。
(未) すぐ休んでていいわ。
(突然 目覚まし時計に気づく)
(マ) えなにこの
(く) (未) 目覚まし?

クレール:目覚まし。これは 台所の 目覚ましなんです…

奥様:(マ) あたしいちどもみたことないわ

クレール:台所の棚の上に いつも ありますわ。
ずっとまえから そうですわ

奥様:(未) そうね
(く) たしかに 台所 って
(マ) あたしにはあんまり縁のないところだわ
(く) あんたたちの部屋。
(マ) あんたたちの領土。
(マ)(く) あんたたちがあそこの王様。
(未) でも なんでここに持って来たの?

クレール:ソランジュが。
掃除のときに 振り子時計は狂ってる って言って…

奥様:(く) あの子は几帳面ね
(マ) あたしは世にも忠実な女中たちをつかってる

クレール:あたしたち 奥様を お慕いしております。

奥様:(窓の方へ行きながら)
(未) そりゃあ当然よ。
(マ) あんたたちのために
(マ)(く)(未) あたしが してあげなかったことなんてある?
(バルコニーに出る)

クレール:(ひとりで にがにがしく)
奥様はわたしたちに
お姫様のようなドレスをくださいました。
奥様は
クレールだかソランジュだかの病気の看病をしてくださいまさした。
いつでも奥様は あたしたちをごっちゃになさってる。
奥様は 
姉と わたしと 姉妹が一緒に暮らせるようにしてくださいました。
奥様は
もうおつかいにならない こまごましたものをくださいます。
わたしたちが日曜日にミサに行くのをお許しになりますし、
わたしたちが奥様のおそばでお祈りを捧げることを
我慢してくださいます。

奥様:(マ) ね 聞いて!

クレール:わたくしたちが捧げる聖水を受け、
ときには反対に
わたくしたちに聖水をかける、
奥様の手袋の先で!

奥様:(マ) タクシーが来たわ! ね そうよね?

クレール:(ひどく大声に)
奥様のご親切さをかぞえあげております

奥様:(戻って来る)
(未) 褒めてもなんにも出ないわよ…
(く) でもあんたは自由ね。
(家具の上を手でなでる)
(マ) バラで部屋をいっぱいにするけど、
(未) 家具は拭かないのね!

クレール:奥様 わたくしたちのお勤めに ご不満が?

奥様:(く) 不満なんてないわ
(マ) とても満足よ
(マ)(く)(未) クレール
(マ) あたし行くわ!

クレール:奥様 お茶を一口だけでも。

奥様:(笑って クレールにのしかかるように)
(未) あたしを殺そうっていうの?
(マ) お茶や、
(く) 花や、
(く)(マ) おせっかいで。
(マ) 今夜はね…

クレール:すこしだけ でも

奥様:(未) 今夜はね 
(未)(マ) シャンパンを飲むのよ!
(く) あら きょうのお茶はずいぶんいいカップに入れてあるのね!
なんてすてき!

クレール:奥様…

奥様:(マ) こんな花はかたづけて。
(未) あんたたちの部屋に持ってきなさいよ。
(く) もう休んでいいわ!
(マ)(未) 旦那さまは 自由!
(マ)(く)(未) クレール、旦那さまは 釈放されたの
(く) 会いに行くの!
(未) 奥様は 逃げるわ!
(マ) 花はかたづけてね!
(出て行ったあとに ドアが叩き付けられる)

クレール:(ひとり残って)
奥様 なんてご親切なこと!
そして 奥様 なんてお美しい!
なんてお優しい 奥様!
わたしたちは恩というものを知っておりますから
毎晩 あたしたちの屋根裏部屋で
奥様のために お祈りをしております。
奥様のご命令の通り、
あたしたち 大きな声を出したりはけっしていたしませんし、
奥様の前では あたしたちの間でだって
無作法なものいいはいたしません。
奥様は わたしたちを 優しさで 殺す
親切さという名の毒を盛る。
奥様は 親切
奥様は キレイ
奥様は 優しい
日曜日のたびに ご自分のお風呂をわたしたちに使わせてくださいます。
ときどきは お菓子を分けてくださる。
しおれた花をたくさん くださる
わたしたちの菩提樹茶を入れてくださる。
奥様は 旦那様のお話をいやになるほど聞かせてくださる
胸が悪くなるほど!
奥様は 親切
奥様は キレイ
奥様は 優しい。


●シーン5●1 
奥様逃げる かさぎカイ

ソランジュ:飲まなかったの?

クレール:あんたがやればよかった

ソランジュ:
奥様は 逃げました!
奥様は あたしたちの手から 逃げて…
もうおしまい。

クレール:うるさい 睡眠薬は入れた
でも 飲まなかった
あたし のろわれてるのよ

ソランジュ:行こう 荷物もって。
早く 早く 早く 早く
クレール!

クレール:どこへ?
どこへ?
どおおやって生きてくの?
あたしたちおかねなんてないわ

ソランジュ:どおでもいいわ
どおでもいい 逃げよう。

クレール:もうだめ まにあわない。

ソランジュ:
あしたの朝
ぜんぶ ぜんぶわかるわ
あの女
階段ですれちがったとき
ひどいかおだった
勝ち誇って 幸福で 残酷で
あの女の あの喜び
あたしたちの恥からできてる
あたしたちの恥の色 赤
あの女のドレスの赤も あたしたちの恥の色
あの女の毛皮
ああ あの女 毛皮 着ていったわ!!

クレール:疲れた
もう 疲れた!

ソランジュ:
奥様!
あたしならあんたを
とことんまでやったわ
これ以上生きていなくてもいいようにしてあげたのに!

クレール:クレールだか ソランジュだか
あんたにはむかむかする
あたしたちのふしあわせは
みんな あんたのせい
(観客に正面を切り
 黒い服の上から お気に入りの白いドレスを着る)
ねえ
あんた あたしを侮辱したいんでしょ

ソランジュ:あんたはキレイよ

クレール:最初の手続きはとばして。

ソランジュ:あんたはキレイよ

クレール:とばして。
序章はとばして よごして。
憎しみを
侮辱を
あんたのつばを!
女中なんて
醜くて 卑しいしごと
女中 なんて にんげんじゃあないわ
いやあな匂い
漂って しみこむ
口から入って来てあたしたちを腐敗させる
あたしは あんたたちを 口から吐き出してやる。
(ソランジュ 窓の方へ行こうとする)
動かないで。
女中は世界にとって必要。
墓掘りや 汲み取り屋や 警官が必要なのとおんなじ。
でもやっぱり このキレイな世界を
汚すのね いやな においで
あんたたちの まぬけなかお
しわしわの腕
何年も着てるブラウス
お古のドレスを着るために
ねじ曲がった からだ!
あんたたちはゆがんだ鏡
下水の栓
あたしたちの恥
酒粕!

ソランジュ:続けて

クレール:もうせいいっぱい
ねえ
あんたたちは…
あんたたちは…
ああ もうからっぽ
おもいつかない
侮辱
クレール
あんたのせい

ソランジュ:窓を。
(窓を開ける が クレールが部屋の中に引き戻そうとする)
奥様は
奥様は
歌声も
恋人も
牛乳屋も
自分のものにしていらっしゃいました
朝の牛乳配達、
明け方の使者、
楽しげに響く鐘の音、
病弱そうな男前の夫、
もうおしまい!

クレール:ソランジュ

ソランジュ:(おごそかに)
おしまい。
ひざまずいて。

クレール:ソランジュ…

ソランジュ:ひざまずいて!

クレール:ソランジュ

ソランジュ:ひざまずいて!
あたし じぶんがなにをすべきか
とうとう わかったの

クレール:ころす の?

ソランジュ:(歩み寄って)
そうかしら?
絶望でいっぱい
いまならなんだってできる
やっぱりあたしたち 呪われてたんだわ

クレール:ソランジュ

ソランジュ:動かないで!
奥様に
聞いていただきたいんです。
あんたは奥様を逃がしちゃったわね
あたしはいつもいつもいつも
あいつのことが大嫌いだった
あんた
奥様を逃がしちゃった
今ごろ あいつ シャンパンを飲んでる。
動かないで
動かないで!
死はすぐそこにいて
動かないで。
奥様!
妹を自由にして
同時に あたしは死ぬことができる。

クレール:ソランジュ

ソランジュ:あたし
ひとりで続けるわ
動かないで。
(クレールにのしかかって)
今度こそ こんなばかなおんなとは
お別れ。

クレール:ソランジュ! ソランジュ!
助けて…

ソランジュ:出したいだけ叫べばいいわ
最期の叫び。
奥様。
(クレールを押し、クレールは 部屋の隅にうずくまる)


●シーン5●2 
ソランジュ バルコニーへ 
カイ ミサイル ←大木

ソランジュ:(カイ)これで奥様も死んだ
リノリウムに横たわって…
奥様。
わたしのことを 敬称をつけて
マドモワゼル・ソランジュ と呼んでくださっても結構です。
わたしがこんなことをしたからには
奥様も 旦那様も これからは わたしを
マドモワゼル・ソランジュ・ルメルシエ
と呼ぶようになる…
この 黒い服。
(奥様の声を真似る)
女中の喪に服すなんて。
近所中の召使いたちみんな
行列をつくって あたしに挨拶していくの
まるであたしがあの子の家族かなんかだったみたいに。
あの子は家族同然 なあんて冗談を
ほんとにしちゃったわ…死んでから。
奥様!
わたしは奥様と対等 頭を上げて 歩いていきます…
(笑う)
だめだめ、刑事さん、
あたしのしたことの意味なんて なんにもおわかりにならないでしょう
わたしたちが なにをいっしょにやったか
この人殺しでどんなふうに協力したか…
ドレス?
妹もわたしも、じぶんのドレスは持っておりますわ
わたしはいま 自分のドレスを持っています
あなたと対等。
わたしはいま 女囚たちの着る赤い服を着ている。
旦那様は わたくしと 大きさ で競おうとなさっている
でもわたくしは今 とほうもない大きさの残酷さを手に入れました。
いま奥様は わたしの孤独にお気づきになった とうとう!
そう
(ミサイル)わたしはいま ただひとりの人間です。
おそろしい 女です。
奥様にひどい言葉を投げつけることだってできる。
でもわたしは 女中らしく 奥様に優しく接する
奥様はちゃあんと恐怖から立ち直ることができる。
ご自分の 花や 香水や ドレスに囲まれて
あの白いスパンコールのドレス
そして ご自分の宝石と ご自分の男たちに囲まれて。
わたしには妹があります。
ええ わたくしは妹の話をします。
奥様
わたしはなんだってずうずうしくやらせていただく
私は長い間お勤めを。
そして お勤めに必要な 演技 を身につけました。
奥様にはいつも笑顔。
身を屈めて
ベッドをつくる
床を磨く
野菜の皮をむいて
ドアのそとで立ち聞き
鍵穴からのぞき
身を屈める。
でもいまは 立っています まっすぐに。
ちゃんと。
わたしは人殺しです。
マドモワゼル・ソランジュは 妹を絞め殺した女。
クレール!
あの子は 奥様のことがとっても好きだったんです!
いいえ、
言い訳なんかはいたしません。
この話に関係があるのは わたしたちだけ。
ね クレール
それは あたしたちの あたしたちだけの
夜 でしょう?
((カイ)たばこに火をつけて、不器用に吸う。煙にむせる)
だれにも、
なんにもわからないわ
わかるとしたら
ソランジュが今度こそ最後までやった ということだけ。
ソランジュはいま 赤い服を着ているでしょう?
ソランジュは いま出て行きます。

カイ:(ソランジュは窓の方へ行き、開けて、バルコニーに出る。
観客を背にして夜に対面し、次の長台詞を言う。
かすかな風がカーテンを動かす)

ソランジュ:(二人)出て行く。
大階段を下りる。
バルコニーに出て、ごらんなさい
ちょうど正午。
ソランジュのすぐあとからついてくるのは 死刑執行人。
彼女の耳に 彼が愛をささやく。
クレール!
あたしに首切り役がついてくるのよ!
(笑う)
近所中の女中たちぜんぶ、
クレールを墓地まで送った召使いたちが
行列をつくって ソランジュを見送る。
(外を眺める)
捧げる花輪や花束 吹き流し のぼりなんかを手に手に持って。
弔いの鐘。
厳かで麗々たる埋葬。
なんてきれい。
(カイ)先頭は給仕長たち 燕尾服を着て それぞれの手に手に 捧げる花を持って。
(ミサイル)次は下男たち 短いズボンに白い靴下 それぞれに捧げる花を持って
(カイ)そして小間使いたち
(ミサイル)門番たち
(カイ)天国からの使いの者たち。
(ミサイル)あたしがみんなを導いてやる。
死刑執行人が あたしを眠らせてくれる、
(二人)あたしは喝采を受け、
青白い顔で、
死んでいく!
(室内に戻る)
たくさんの花、
あの子のためのすばらしい 葬式
クレール!
(わっと泣き出し、肘掛け椅子に崩れ落ちる…
 立ち上がる)
(ミサイル)奥様。わたしは警察に従います。
わたしを理解してくれるのは 警察だけ。
(しばらく前から 台所のドアの縁にひじをついたクレールは
 観客だけにしか見られず、姉のことばをじっと聞いている)
わたしたちは いま
マドモワゼル・ソランジュ・ルメルシエ
ルメルシエという女、あのルメルシエ、世に名の轟く罪人。
(カイ)(がっくりして)
クレール、あたしたち もうだめだわ。


●シーン5●3 
♪ ジュネのしゃべることば3


どこにも行きたくない
でも ここは
僕の ぼくの?
いる場所ではない
のぼって すべりおりる
のぼって すべりおりる
のぼって すべりおりる…

手を。
手を
手を
つかんで。?
にぎって

てのなかに
なにも ないのかもしれないということにきづきたくないから
めをつぶる

あのひとがぼくの 僕の?
手を離したのは
僕の 僕の?ことを
愛していないから だ ろう か
僕が 僕? 僕が?
あのひとをあいしていないからだろうか


●シーン5●4 
(現代)利用する カイ未映子

(未映子:A カイ:B)

A :手 よごれてるよ

B :洗ったよ

A :うん

B :なんか いくら洗っても 爪とか とれないときとか
あるじゃん

A :マクベス だね。シェイクスピア。
「まだ ここに しみ。」
マクベスは王様を殺すんだよ その 血の しみ

B :「まだ ここに しみ。」
おれは ひとごろしはできないよ

A :「まだ ここに しみ。」

B :「まだ ここに しみ。」


●シーン5●5 
(現代)利用する マヤ未映子

女1:気持ちいい

女2:このままでいたいねー

女1:ん ねー…
あのねー
あたし うそついてた。

女2:なに?
え?
なんの?

女1:あー あーでももう 終わったことだけど。

女2:え

なんで?

まだ 終わってないじゃん

女1:え

女2:いまさら なに?
あたしに あやまる つもり?
え え それはさあ
じぶんが らくになりたいからじゃん
え 聞きたくないよ
え もういいよ

女1:え

女2:え いいわけないけど。
あれ あたしたちって なに?


●シーン5●6 
(うごきのみ) マヤ未映子

・クレールが言いたかったこと

奥様の寝室

ふんだんに花

夕方

手袋

スパンコールの白いドレス

あたしはきれいになる

屋根裏部屋

クレール

疲れた。

旦那様は 奥様を ビボケの店でお待ちになる

そして 毛布はなまあたたかくて
夜は 暗くて。

おぼえてる?

歌って

わたしたちは いつまでたったって
奥様のようにはなれませんわ

奥様のドレス

バルコニーのマント!

奥様 お茶を

奥様は 親切
奥様は キレイ
奥様は 優しい。

あたし
のろわれてる

まにあわない

女中は世界にとって必要

もうからっぽ

窓を閉めて

あたしたち
キレイで
自由で
陽気になる

あたし キレイ?


●エンディング●1 
エンディング マヤくぎもと

ソランジュ:クレール、あたしたち もうだめだわ。

クレール:(悲しげに、奥様の声で)
窓を閉めて、カーテンも。

ソランジュ:もうおそいわ
街じゅう眠ってる。
もうおしまい。

クレール:(手で黙れと合図する)
クレール
あたしに
菩提樹茶をいれてちょうだい

ソランジュ:疲れた。
もう おしまい。

クレール:
手をひける って思ってるの?
もうおしまい。
この最後の瞬間は あたしの好きなようにさせて。

ソランジュ:行こう クレール 早く!

クレール:このまま。

ソランジュ:クレール
あたし すごく弱いの

クレール:おくびょうもの
あたしの命令を。
あたしたち まだ始めたばっかり。
ソランジュ おしまいまで行きましょう
あたしたちふたりぶんの命を支えるのは
ソランジュあんたひとり
いい
じぶんのなかに あたしがいること
忘れないで
あたしたち
キレイで
自由で
陽気になる
ソランジュ
もうじかんがない
あたしのあとに 繰り返して

クレール:(機械的に)
奥様、菩提樹茶をお召し上がりになりませんと。

ソランジュ:言えない

クレール:ばか!
奥様、菩提樹茶をお召し上がりください。

ソランジュ:奥様、菩提樹茶をお召し上がりください…

クレール:お眠りにならないといけませんわ…

ソランジュ:お眠りにならないといけませんわ…

クレール:わたくし 眠らずに 奥様を見守っております…

ソランジュ:わたくし 眠らずに 奥様を見守っております…

クレール:もう一度言うわ
もう一度。
菩提樹茶を。

ソランジュ:で も

クレール:菩提樹茶!

ソランジュ:奥様 で も

クレール:続けて。

ソランジュ:奥様 でも
もう 冷えております。

クレール:それでいいわ。
ここに。
(ソランジュ トレイをもってくる)
あんた いちばんりっぱな
いちばん高価なカップに注いだのね…
(茶碗を取って飲む。
 その間、ソランジュは観客に顔を向けて、
 動かず、
 両手を十字に交差させている。)


ー幕ー
(暗転)


●エンディング●2 
(現代)比べる カイくぎもと

(くぎもと:A カイ:B)

A :あたしと あのこと 比べてる?

B :わからない。

A :どっちが好き?

B :好きだよ
でも 比べてる。

A :やり直したい?

B :わからない。

A :あたし もう若くないわね?

B :好きだよ。

A :あたしのことを 許す?
ぜんぶ むりだわ

B :あたしは あんたのお姉さんよ

A :だいじょうぶ

B :手 よごれてる

A :ね ソランジュは死んだの?
クレールは 死んだの?

B :ソランジュもクレールも ジャン・ジュネも死んだけど
だいじょうぶだよ。


● エンディング●3 
♪ 女中の歌

♪女中の歌

善なるもの
善良なるもの

あたし キレイ?
あたし キレイ?
あたし キレイ?
あたし キレイ?

働きます
お勤め
ヨルマデ
アサマデ
ヒルマデ
シヌマデ

しにたああああいとひとりこえにだしてもだれもきくひともなしひとりのへやひとりのへやひとりのへやひとりの

わたしには妹がいます。
わたしには妹がいました。
わたしには姉がいます。
わたしには姉がいました。
親もいたはずです。
父親も母親も
弟も
いたはずですが。


(終)

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