一行の手紙
サンタクロース、実は親だった。ガーン。
それは、誰もが子供の頃に経験する、大人への通過儀礼だ。
先日、「サンタさんって、お父さんとお母さんなんでしょ?」と8歳の息子から言われて「うっ」となったことを記事にしたのだけど、
その中で、息子は、“神秘と現実のはざま”にいて、今年はサンタクロースへの手紙すら用意していないと書いた。
息子の衝撃的な発言から約一週間後。
急展開があったので、子育ての記録的な感じで記しておこうと思う。
クリスマスイブイブの23日のことだった。
本人は直前になって思い出したみたいで、突如、鉛筆とA4のコピー用紙を持ってきてサンタクロース宛の手紙を書き始めた。鉛筆を動かすその眼差しは、好きな人にラブレターを書いているみたいだった。
よかった、まだ信じているんだなと思った。
できあがった手紙を見せてもらうと、ニンテンドースイッチやキャラクターのカードなど、ほしいものが大きな字でいっぱい書いてあった。字の脇には、サンタ、トナカイ、包装されたプレゼントのイラストが添えられていた。
ぼくは、手紙のいちばん最後に小さく書かれた言葉を見逃さなかった。
「ともだちとなかよくなりたい」
息子が8歳ながら人間関係に多少悩んでいるのは知っている。その想いが、ほしいものリストとともに書かれていた。
すごく小さな字だけど、しっかりとした筆圧。
心をぎゅっと強くつかまれたような気がした。その手紙を持ったまま、しばらく言葉が出なかった。
思い返せば、自分がかつて今の息子くらいの歳だった頃、同じように悩んでいた気がする。友達との距離感とか、接し方とか、おしゃべりの仕方とか。
そうなのだ。8歳であっても、想いを言語化して表現するのがまだうまくないだけで、心は大人と同じようにいろいろなことを感じて考えて悩んでいるのだ。
息子が布団で(たぶん)サンタクロースの夢を見ている時、父親であるぼくは隠してあったプレゼントを棚の奥から取り出した。中身を再確認する。ニンテンドースイッチは入っていないが、息子がほしいものは入れたはずだ。
わが家では、サンタクロースからのクリスマスプレゼントは、布団の枕元ではなく、リビングのソファに置く設定になっている。朝起きてリビングに出てきて初めてプレゼントに出会えるのだ。
ぼくは、ソファに置かれた息子の手紙の横に、プレゼントをそっと置いた。サンタクロースからの手紙も一緒に添えて。
サンタクロースからの手紙にはこう書いた。
「ずっと、やさしい子でいてくださいね。Santa Claus」
サンタクロースではなくSanta Clausと書いたのは、難しそうな英語を入れることによるリアル感の演出である。ちなみに、こだわって筆記体で書いた。
翌朝。
いつもよりずいぶん早起きの息子が、心をはずませてリビングにやってくる。ソファに置かれたプレゼントを見た瞬間、漫画みたいに表情をキラキラさせた。
「あ、手紙だ」
プレゼントを触るより先に、サンタクロースからの手紙を手にとって、夢中になって読んでいる。
「お父さん! この手紙、絶対サンタだ。やさしい子でいてくださいって書いてあった! これ何て書いてあるの? 」
「これは、英語でサンタクロースって書いてあるね」
「やっぱり。すげー」
その喜ぶ姿を見ていて思ったのは、サンタクロースからの言葉は、想像以上に、息子の心に響いていたことだ。
この世界で人を苦しめることの大半は人間関係である。息子はこの先の人生できっと悩み苦しむことが何度もあるだろう。いま、父親であるぼくに何ができるのだろう。
ただひとつ言えるのは。
息子よ。友達にやさしい子でいてください。いつまでもずっと。
読んでもらえるだけで幸せ。スキしてくれたらもっと幸せ。