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エッセイ

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人生の話、フリーランスの話、広告コピーの話まで。TAGOの日々のできごとや考えを綴った文章。
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2019年7月の記事一覧

パンケーキを食べずに死ねるか、と思った「下栗の里」。

天空の里。日本のチロル。日本のマチュピチュ。生きたマチュピチュ。 『下栗の里』には、いろいろな愛称がある。そこは、標高800〜1000m、最大傾斜38度の急斜面に民家や畑がへばり付くように点在する集落だ。長野県飯田市の山深い地域にある人口150人余りの里は、「日本の里100選」に選ばれている。スタジオジブリの短編映画「ちゅうずもう」の着想を得た場所だと言われ、実際、宮崎駿監督が訪れて宿に泊まったらしい。(下部イラスト参照) 好奇心を揺さぶるキーワードだらけの『下栗の里』。

35年後の答え合わせ

“たった一つの景色”だけを覚えていた。 私がまだ小学生低学年だった頃。親に連れられて和歌山県の白浜温泉に行った。初めての家族旅行だったと思う。もう35年近く前の話で、旅先のことはほとんど記憶にない。断片的に、一つの景色だけがずっと消えずに残っていた。 それは、ホテルのロビーの景色だった。 ホテルの名前も外観も全く覚えていない。ホテルのロビーにいた記憶の前と後がバッサリ切られている。どれだけ脳内に潜っても真っ暗で何も見えてこなかった。 ずいぶん前のことだし、その微かな記

書いていると、読みたくなる。

文章を日常的に書くようになると、「読む」ことへの視点や姿勢が変わったりすることはないだろうか。 自分は、ここ最近、小説に対する視点が少し変わった。どう変わったのかと言えば、読み手視点から書き手視点になった。自分なりに“小説的なもの”を書き始めてみて、物語を紡ぐ難しさと奥深さを身をもって感じているだけでなく、読み手として誰かの作品を眺めていた時とは違う感覚がいろいろと押し寄せてきている。 まず、以前より小説を読むようになった。これは単純に、みんながどんなものを書いているのか

たった2年で何ができる?

高校在学中にデビューした小説家、綿矢りささん。 今さらながら、そのすごさを感じている。作品はもちろんなのだけど、私は「デビューまでの時間」の方に着目する。 綿矢りささんは、高校二年生(17歳)の時に文藝賞を受賞した。 生まれてから約17年。文字を初めて書いたのが幼稚園だと仮定すると、4歳くらいで文字に触れてから文藝賞受賞まで約13年ほどである。その2年後には芥川賞を受賞することになる。 小説を書き始めたのは高校生になってからだそうだ。きっかけは太宰治の小説だったという

サハラで出会った一番美しいもの

午前5時30分、腕時計のアラームが鳴った。 暗闇の中、“砂漠の民”ベルベル人のガイドがテントにやってきて出発を告げる。これからサハラ砂漠の日の出をみるために、高い砂丘を登るのだ。 ひんやりした空気の中、僕を含めたキャラバン参加者たちは、ガイドの後を追って足元が見えない砂丘をズボズボ登る。頂上に到着すると、みんなで横一列に並んで砂の上に座った。後はただひたすら待つのみ。 舞台の緞帳が上がるかのように、暗闇に隠れていた世界が少しずつ輪郭を見せ始める。空の色は、数分ごとに、赤

故郷が旅先になる日。

上京してから18年が経つ。 40を越えた今でも年末年始は必ず実家で過ごしている。ただ、最近の帰郷は、18年前の帰郷と比べると、かなり様変わりした。 例えば、家族を連れて帰るようになった。孫が可愛くて仕方ない両親は、すっかりお爺ちゃんとお婆ちゃんの顔になっている。あの頃バリバリ働いていた父は長く勤めた会社を定年退職し、今は趣味に生きている。 一年に一度の帰郷。当初は “地元に戻る” 感覚だったのが、この18年間で少しずつ “故郷に旅する” 感覚に変

夢のかけら

物足りなかった。持て余していた。 大学生活が3年目を迎えた頃、夢もお金もなかったが、時間とエネルギーだけはたっぷりあった。僕は退屈な日々の中にいて、未来につながるような、寝食を忘れて没頭できるような何かがほしくて仕方なかった。 現状を打破するためには、今までの自分では到底考えられないような大胆な行動が必要だ。でも何をすればいいのかわからなかった。そんなある日、「深夜特急」という本に出会う。 海外一人旅なんて不安と怖さしかない。 一人旅どころかパスポートを持った経験すら

たまに、後ろを振りかえる。

人は「節目」になると、旅に出る。 卒業旅行をはじめ、結婚◎年目のアニバーサリー旅行、父親の定年退職を祝う旅行、さらに言えば、失恋旅行っていうのもある。それらの旅に共通しているのは「追懐」だ。節目の旅には、それまで歩んできた日々を思い出して懐かしむ時間が必ずある。 列車の車窓から流れていく景色を眺めながら。異国の大きな空を見上げながら。温泉に浸かりながら。旅という非日常空間の中で、過ぎ去った日々を思って感慨にふけったりする。 ほとんどの人が、わざわざ過去を思い出そうと思っ