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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#掌編小説

『車窓』(超短編小説/400字)

母は、そわそわしていた。 意味もなく花瓶の位置を変える。目的もなく台所をうろうろする。押し入れで何かを探すふりをする。 今日、僕は東京に行く。 初めて実家を離れることの意味を考えていた。それは母にとって、初めて子供を送り出すことであり、子供中心に生きてきた18年間が終わるということを意味する。 今日、旅立つのは僕だけではない。母も旅立つ。僕という子供から。 「じゃ行くわ。親父にもよろしく」 「・・いつでも帰ってきなさい」 「うん」

『かなでの宇宙』(短編小説)

「あれがカシオペア座だよ」 「カシューペ座?」 「カ・シ・オ・ペ ・ア・座」 「えっと、カシューペア座、どれ?」 「ほら、あのマクドナルドみたいな形の・・」 「あった!」 父が教えてくれたカシオペア座は、奏(かなで)が生まれてはじめて知った星座だった。 奏が住んでいる街は、四方が山に囲まれた高地にある。“星に近い街”というキャッチフレーズの通り、標高が高く空気も澄んでいて夜になれば空には数え切れないほどの星が輝く。 7歳の奏が夜空の存在を意識しはじめた

『校長先生の話』(超短編小説)

温暖化の影響かは分からないが、その年の暑さは、アブラゼミの鳴き声が叫び声に聞こえるほどだった。 7月、小学生たちの夏休み直前に近所の病院で騒ぎがあったらしい。けっこう大きな噂になっているようなのだが一向に具体的な内容が伝わってこないので、情報通のおっちゃんにわざわざ聞きに行った。 おっちゃん情報によれば、にわかには信じられないような話だった。 真夏の炎天下、小学校のグラウンドで行われた全校集会。校長先生が朝礼台の上に立って、ためになる話をたっぷり

『玉森家の一族』(超短編小説)

彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。 視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。 玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。 「!?」 僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。 あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛

『幼馴染』(超短編小説)

「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」 「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」 私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。 転校によって、9歳と9歳の友達関係

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『洋館』(掌編小説/ホラー)

 母からは絶対に近づいてはいけないと言われていた。  突き当たりにある門構えの立派な古い洋館は、かなり前から誰も住んでいる気配はなかった。近所では誰も近寄ろうとはしなかったが、好奇心旺盛な子供たちの興味をひくには十分すぎるほどの存在感があった。  その洋館には、真偽が定かでない様々な噂が飛び交っていた。母は「あそこには一家心中した家族の幽霊が出る」と言い、父は「150歳のお爺さんが住んでいる」と言い、クラスメイトの田中君は「吸血鬼が住んでいる」と言い、小学校の3年2組の先

『熱帯夜』(掌編小説/ホラー)

風のない熱帯夜だった。 冷蔵庫にはマヨネーズと苺ジャムとミネラルウォーターしか入っていない。小腹がすいて仕方なかったので、アパートからちょっと離れた場所にある国道沿いのコンビニに行くことにした。スマホの時計を見ると23時をまわっていた。 私が住んでいるのは年々過疎化が進む地方都市の小さな街。駅前の商店街は深夜でも多少明るいが、駅から少し離れると田んぼや森が広がっていて民家もほとんどない。街灯も少ないので深夜にもなれば、豊かな里山の風景は闇に覆われてしまう

『夜の留守番』(超短編小説)

それは、当時7歳だった僕には大冒険のような時間だった。生まれて初めての留守番だったのだ。 「タカユキ。ごはんはテーブルの上に置いてあるからね。夜9時までには帰ってくるから。お父さんは8時くらいには帰ってくるから留守番よろしくね。大丈夫?」 「うん、大丈夫」 その日、母は高校の同窓会だった。母の化粧はいつもより濃くて顔が真っ白だった。服も箪笥の奥から引っ張り出してきたドレスみたいなのを着ていた。キラキラしている母の姿は、いつもの母じゃないみたいで好きじゃなかった

『動物園』(超短編小説)

「さて、みなさんを動物に例えると何ですか? じゃ、右の人からね」 面接官をしている中間管理職風の垂れ目男は、にやつきながら半分お遊びのような調子で3つ目の質問をした。それを聞いた4人の就活生たちは少ない時間の中で必死に考える。 「私は自分をアリだと思いました。なにごともコツコツとやるタイプで、以前大学のゼミで・・・」 一番右の黒縁眼鏡の男は、優等生っぽい顔をしているかと思っていたが、受け答えも優等生の模範解答みたいだ。全くつまらない。 「私はゾウガメだと思

『余韻』(短編小説)

海の見える草っぱらで、肩を並べるように座っていた。 岡さんとは今日知り合ったばかりだ。民宿の食堂でたまたま席が隣りになって仲良くなった。 * 「ここ気持ちいいですね」 「でしょ?」 「海が目の前にあって開放的で」 「ここに人を連れてきたのは、島田さんが初めてかな」 「えっ、そうなんですか」 「しかし、東京から1泊2日ってかなりハードですね」 「そうだね。ま、慣れたけど」 「本当はもっとゆっくりしたいですよね」 「それがそうでもないんだなあ」 「どうしてですか

『鬼』(超短編小説)

「欠席」として返送するべきだった。こんなことになるのなら。 もちろん、友人の結婚を心からお祝いしたい気持ちはある。でも二次会パーティーに出席しているゲストの中に私の知り合いなど一人もいなかった。中学時代の仲間のグループ、高校時代の部活のグループ、勤め先の会社のグループなど、会場内は不自然なくらいにキレイに島ができていて、どの島にも上陸できない私は、一人孤独に海の真ん中をゆらゆらしていた。 友人の新郎はというと、今日は主役という立場なので、100人近く出席

『コンテスト』(超短編小説)

これまでの人生、特に日の目を見たことはない。自分は取り柄のないどこにでもいる人間だと思って生きてきた。 そんな私が今、とある写真コンテストでグランプリを受賞してカメラフラッシュを浴びている。いろいろな人が入れ替わり立ち替わり私を褒めまくっている。すでに、一生分の「おめでとう」をもらっただろう。 日本で最も規模の大きなコンテストの一つらしい。歴代のグランプリ受賞者には錚々たる顔ぶれが並んでいて、誰もがその名を知っている大御所カメラマンがいれば、女優と浮き名