「メシ屋には行かないの?」

いつだったか友人に聞かれた質問。何やら私がお酒(及び酒場)については結構なこだわりを見せるのに、その興味が食事には向いていないようだから疑問に思ったらしい。

「なんで自分はある程度お酒に興味をもっている一方で、食には興味があまり向かないのだろうか・・・」と、その場で自問してみたけど答えが思い浮かばなかった。

バー巡りができずに暇なのでちょっと考えてみた。

(1)お酒との距離感

一般的にお酒は、晩酌で缶ビールやチューハイを飲むといったかたちで楽しまれていると思う。もしくは、リキュールやスピリッツを揃えてカクテルメイクして楽しんだり、お気に入りのウィスキーやワインをコレクションして嗜むのを常としている人も少数派ながらいるのかな。

私はそのどちらでもない。まず滅多に自宅で晩酌しない。ビールなどの市販されている類のお酒に昔からハマらなかったし、カクテルメイクするのも面倒くさいし作ってる時間あるならベットに寝っ転がって別の趣味をしたかった。フルーツやリキュール、ワインとかの管理もシンドイし。せいぜいバーで気に入った(もしくは気になった)ボトルをちょっと買って、たま~に映画を観ながら嗜むくらい。

美味くて好きなカクテルをラクに飲むため、また美味しいウィスキーやジン、ラムに確実に出会うためにはバーに行くのが最善手に思えた。バーでしか好きにお酒を楽しめないのだから、晩酌する人たちと比べてお酒との距離感が遠くなった。気付いたらお酒が身近なものではなくて、いざ飲んでみると奥深い高尚なものになってた。

高尚なものには色々興味が湧き、勉強したくなって、沼にハマっていく。だからこだわりが生まれてくるんだと思う・・・。

(2)バーという酒場の魅力

お酒を楽しむために私にはバーが必要だった。そうだと感じた原風景は、10年近く前の学生時代のアルバイト先で「ボウモア」と「グレンフィディック」を飲んで、ウィスキーの中でも色々なものがあって楽しみ方があることを知ったこと。チェーンの居酒屋には「山崎」や「白州」とかのジャパニーズと、「ワイルドターキー」とか「マッカラン」くらいしか置いていなかった。今考えると、「白州」とかの12・18年ものが居酒屋で売られていて、私みたいななんも知らない学生が大人ぶって飲めていたことは物凄く貴重な経験だった(笑)。

「もっと違うウィスキーを飲んでみたいけど、どこで飲めるんだろう・・・バーだ!!!」と思い、新橋のとあるオーセンティックバーに友人と行って「ラガヴーリン」を飲んだり、一人で地元のバーに行ったりでウィスキーを楽しんだ。

徐々にカクテルも飲みだした。居酒屋で作られるものと格が違うと感じた。だって飲み進めていってもしっかりと混ぜてあるんだもの!!!ステアしてあるんだもの!!!・・・これだけで感動した(笑)。

そうしてバー飲みをちょくちょくしているうち、バーそのものの魅力にハマっていった。それまで行ってた居酒屋とはまるで違うこだわり抜かれた内装はもちろん、なんせお酒の「プロ」と直接コミュニケーションをとれることはハマるきっかけの一つになった。どうせお酒を飲むならより良いバーで飲もう・・・となっていった。

(3)食が好きすぎる

上二つはお酒が自分にとってどんな存在かを書いた。高尚で興味深くなるお酒に対して、食は幼いころから自分を常に幸せにしてくれる身近な存在だった。

母・祖母が作る手料理はもちろん、父親の作るインスタント系の料理、たまにする外食も全て美味しかった。和食・洋食・イタリアン・フレンチ・中華・・・全部平等に美味かった。吐き気がするくらい嫌いなものは納豆とあさりの味噌汁くらい。

大人になってもそれは変わらなかった。そんな状態で、特定の料理ジャンルのご飯屋さん・レストランを巡っていくのは不本意で、そして全ての料理ジャンルのお店に行く必要がある気がした。そんなのとても無理で、途方もないことと感じた・・・(笑)。

ついでにいえば、ご飯屋さん・レストランというのはバーと違って、「プロ」であるシェフとお話しできる機会はほぼないと思った。少なくとも、料理人を目指したきっかけや経歴、料理に対するこだわり、しょうもない雑談をのんびりとすることは無理だろうと。せっかく美味い料理を食べたのに、それを作った方と満足にお話しできず、背景の「人」がみえてこないのは惹かれない・・・。

そんなこんなで、食が好きすぎることが原因で「メシ屋」は巡らないし、お酒にしか興味が生まれないのだろうなと。終わり。

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