【読書感想文】小説「果てしなき渇き」
深町 秋生さんの「果てしなき渇き」は、学生時代から大好きな作品の内の一つです。
女優の小松菜奈さん主演で映画化もされており、ご存知の方も多いかと思います。
ある不幸な少女が、たった一人の大切な人のため、復讐に身を捧げた物語です。
今回は、その魅力をお伝えしたいと思います。
主人公である藤島秋弘の娘、藤島加奈子。
17歳の加奈子は、突如失踪します。
元刑事の藤島は必死に手がかりを探しますが、彼女に近づけば近づくほど、そこには深い闇が広がっており、美しく優秀だった娘の印象はみるみる崩れ去っていきます。
実は、加奈子は地元の不良グループや裏社会の人間と繋がりがあり、様々な犯罪に手を染めていたことが判明するのです。
藤島は命がけで加奈子を追い求めます。
そして、優秀だった娘が犯罪に加担することになったその理由を知り、その背景にある悲惨な事実に打ちのめされます。
それすなわち、藤島がずっと記憶の底に封印していた、娘に対する残虐極まりない罪との再会を意味するのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここで少し、加奈子について語りたいと思います。
藤島加奈子とは、大変興味深いキャラクターです。
都内の国立大学を目指す加奈子は、よく勉強ができ、非常に頭の切れる少女です。
とても綺麗な顔立ちをしていて、特に印象的なのは色素の薄い大きな瞳。
細身の長身で、手足の長いモデルのような体型をしています。
また、加奈子は子どもの頃から大人びていて、周囲の人間と群れようとはしませんでした。
そんな孤高の存在であった加奈子の魅力は、それだけに留まりません。
まるでドラッグのように、関わった人々を異様なまでに惹きつける才能までをも持ち合わせているのです。
彼女は相手の求めていること、言って欲しいことを瞬時に見抜き、誘惑し、懐柔し、翻弄し…破滅の道へと誘うのです。
加奈子はそのカリスマ性を最大に活かし、数々の犯罪に加担します。
危険な不良グループでさえも、皆加奈子に憧れ、言いなりなのです。
復讐を完成させるために周囲の人間を容赦なく巻き込み、全てをめちゃくちゃにしていきます。
しかし、もはや加奈子の不幸には関係のない人間までをも犠牲にした結果、新たな恨みを生み出してしまいます・・。
加奈子が何を考え、何を感じていたのか、彼女の本心を知る者は、この作中には存在しません。
また、それは我々読者も知ることができません。
なぜならこの物語は、一切加奈子の視点では描かれていないからです。
しかし、加奈子を追い求める父親を通して、少しだけ彼女の闇に触れることができるのです。
完璧に理解はできずとも、その苦しみを想像し、寄り添いたいと感じるかもしれません。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
最後まで 誰にも心の内を明かさぬまま、17歳の加奈子の復讐は終焉を迎えます。
私は、加奈子の驚異的な行動力に一番驚かされました。
復讐とは、おそらく平凡に、平和に暮らしている人間にとって、想像もつかないほどに精神力をすり減らす行為だと思います。
ましてや加奈子は、不良グループや恐ろしい権力者を相手にしていたわけで、並大抵の気力と根性では達成できなかったでしょう。
次々に人を狂わせ、地獄へとたたき落とす――それを涼しい顔でやり遂げたのですから、本当に恐ろしい少女です。
ただ、加奈子の人生を想うと、本当に遣る瀬無い気持ちになります。
彼女はどんな思いで、毎日を生きていたのでしょう。
人としての尊厳を踏みにじられ、一筋の光とつかの間の幸福を奪い去られ、彼女は絶望の最中、もう失うものなど何もなかったのでしょう。
しかし、加奈子の狂気や闇は、元来彼女の持つ特質のように思えてならないのです。
父親の藤島秋弘は、屑のお手本のような存在です。
酒、薬、暴力、殺人・・。
とても元刑事とは思えぬ、下劣な狂犬なのです。
また、彼女の母親も秋弘同様、自分のことしか考えていない屑なのです。
加奈子と父親は、一見似ても似つかぬ存在ですが、二人の潜在的な狂気に触れると、やはり親子なのだと感じざるを得ません。
勿論、元を辿れば加奈子は被害者であり、特に父親に狂わされたと言えます。
しかし、純粋な被害者であった加奈子の暴走は、無関係な人々にまで及び、彼女を加害者に変えました。その結果、新たな恨みを生み出し、身を滅ぼすこととなったのです。
ただ、復讐を終えた加奈子にとって、世に留まり生き続けることが幸せであったとは思いません。
やっと目的を達成し、やっと楽になれる‥きっと誰しも加奈子の立場に立てば、そう考えるのではないでしょうか。
加奈子の復讐は決して清々しいものではなく、心に鉛のように重い何かを残していきました。
誰も救われない、誰も幸せにならない、そんな作品です。
私はバッドエンドが好きなので、同じような嗜好の方にはおすすめです。
加奈子の狂気の裏側、果たして何が彼女を復讐へ向かわせたのか、気になる方はぜひ読んでみてください。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?