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何かを伝えることの根本的な難しさ

1. 相手にうまく伝えたつもりになってないですか?

先日とある患者さんに「パーキンソン病をいかに自力で治すか」について熱弁したことがありました。

かれこれ20分くらいしゃべったでしょうか。その患者さんはふんふんとうなずきながら聞いて下さり、

話を受けて「今日は大変いい話を聞かせて頂き本当にありがとうございました」と深々とお礼をされました。

これで終われば私が患者さんに貢献できたというよかった話なのですが、

その後私が「最後に今日私がお伝えしたことの中で印象に残ったことがあれば是非教えて下さい」と尋ねてみたところ、

「…そう言われると、何が残ったと言われても難しいですね…」と答えられる出来事がありました。

これは人に何かを伝えるということの本質を表しているエピソードであるように私には思えます。


2. 何かを伝えられない時に立ちはだかる「価値観」の壁

人は見たいものしか見ない」という言葉がありますが、

「人は聞きたいことしか聞かない」もまた真なのではないかと思います。

おそらく「話の内容が聞き手の価値観に合っているかどうか」によっても大きく結果が変わったことでしょう。

その患者さんは「このパーキンソン病というわけのわからない病気を先生の見事な知識と技術によって治してほしい」という価値観を持っているとしましょう。

その相手に「パーキンソン病を自力で治す」という内容の話をしてもいまいち響きません。

場合によっては「自分が責められている」と誤解する人も出てくるかもしれません。

例えばもしも私がその患者さんへ話した内容が「最新の医療技術でパーキンソン病を完治させることができる治療法が今まさに一般的に使えるようになってきた」というものであれば、

おそらくその患者さんは身を乗り出して話を聞き、場合によってはその治療が受けられるための方法をメモするなどの積極的な行動へと至っていたかもしれません。

ただ一方で同じ患者さんの中に「医師とは偉く、敬意を払うべき対象あり、とにかく失礼のないようにしなければならない」という価値観が存在していると、

たとえ相手の話がどれだけ自分の意に沿わない内容であったとしても、

相手が気分を害さないように最大限の気を遣い、笑顔を絶やさず、最大限の賛辞を絞り出すように送ると、

その結果として出てきた言葉が「大変いいお話を聞かせて頂き有難うございました」なのだとしたら、

それは本当に単なる自己満足でしかなく、患者さんに何一つ貢献できていないということになってしまうと思います。

一番の問題は私が「何が頭に残ったか」という質問をしない限り、その空虚さに気づくことができないということです。

…考えすぎでしょうか。しかしもしもその存在に気づかなければ、私の仕事は実に空回りしてしまっているということになります。

それにこの構造に気づいていないと、「何をどう相手に伝えるべきか」という工夫を凝らすこともできません。

実質的な効果のない伝達を延々と繰り返すだけの人生となってしまうのは折角与えられた時間の無駄です。

どうせ生きるのであれば、やはり何かを成し遂げられる人生を、少なくともそれを追い求める人生にしていきたいものです。


3. どう伝えるか、どう伝えないか

このような「価値観の不一致に気づかないコミュニケーションの罠」は日常生活の中のいたるところに潜んでいます。

相手に何も響かない情報伝達を繰り返してしまうくらいなら、

価値観が違うとわかった相手には伝えない、あるいはあえて相手の価値観に合わせた伝え方を検討するという選択肢を考えるべきだと思います。

「糖質を制限しましょう」ではなく、「タンパク質をしっかり摂りましょう」はその一例でしょう。

価値観のずれ具合が大きい場合は、場合によっては自分の意に沿わない伝え方が必要となることもあるかもしれませんが、

それでも相手がポジティブな方向に動くのだとすれば、それも一つのやり方だと妥協します。

パーキンソン病を自力で治すという考えにすんなりと共鳴する患者さんは一人もいません。

逆に言えば、そういう価値観でないからこそパーキンソン病を悪化させてきているとも言えます。

そういう相手には、いくら正論であったとしても「自力で治す」と伝えるのではなく、

「薬の力で一旦自分の持つ力を持ち上げて、その間にできるところから自分でできることに取り組んでいく」と伝えてみるのです。

これでもまだ発展途上の伝え方で、うまくいっているとは到底言えません。

結局、相手には無数の価値観が存在しているので、その全てに配慮して伝えるということは至難の業だということなのでしょう。

特に世の中のスタンダードではない価値観を伝えていくという作業には、そうした難しさがあると思います。

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